03.二度目の人生を
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい。狼に気をつけるのよ」
ある村に住む、赤いずきんをかぶった女の子――赤ずきんちゃんは、お母さんからバスケットを受け取って歩き出しました。
これから、森向こうに住んでいる病気のおばあさんのところへ、お見舞いに行くのです。
狼が出るという森を巡回する猟師と挨拶を交わし、赤ずきんは道を急ぎました。
「おばあちゃん、こんにちは! ワインとケーキを持ってきたわ」
「いらっしゃい。いつもすまないねぇ」
家に着いた赤ずきんは、いつも伏せっているおばあさんが、立ってお茶の準備をする姿に驚きました。
「おばあちゃん、寝ていなくていいの?」
「心配してくれてありがとうね。今日は調子がとてもいいから、可愛い孫のためにお茶の一杯くらい、何てことないさ」
お母さんのくれたケーキを半分こにして、楽しいお茶の時間です。
ところが。
「おばあちゃん、私、何だか眠くなっちゃった」
ケーキを食べ終わった当たりで、赤ずきんはうとうとし始めました。
「そうかい? きっと疲れたんだね。遠慮しないでゆっくり休むといいよ」
おばあさんは彼女にベッドをすすめ、しばらく待ってよく眠っているのを確かめると、はじけるように笑い出しました。
「……あぁ、やっと来た! あたしの新しい人生が始まる日が!」
床からじゅうたんをはがすと、現れたのはおどろおどろしい文様です。
血のように赤黒い線が、同心円と放射線を描き、細かい文字もびっしり書き込まれています。
おばあさんは眠り込んだ赤ずきんを文様の中心に横たえると、大きな瓶を持ってきて、真っ赤な液体を丁寧に振りかけました。
すると、文様はまばゆく輝き、生き物のようにびくびくと蠢いたのです。
「あぁ、いいねぇ……このすべらかでシミ一つない肌……もう、私のものだよ」
おばあさんは赤ずきんの頬に指をすべらせました。
次に、ベッドの下から狼の毛皮と頭蓋骨、錐と鉈、狼の毛を取り出します。
鉈を振り下ろしてティーセットをたたき割り、枕と毛布を引き裂きます。家中を傷だらけにした後は、狼の毛も散らして。
「さぁ、最後の仕上げだよ、赤ずきん」
おばあさんは狼の頭蓋骨で自身を傷つけると、それを頭にかぶり、上から狼の毛皮を纏いました。
「永遠にお眠り」
赤ずきんの胸に、光る錐が突き立とうとしたその時。
ぱぁん、という乾いた音が響き。
「が……」
永遠の眠りについたのは、おばあさんの方でした。
「大丈夫かい、しっかりするんだ!」
赤ずきんが目を覚ましたのは、猟師の腕の中。
「……あれ……私、どうして……おばあちゃん?」
すぐ隣に倒れている狼の毛皮から、おばあさんの寝間着と手足が覗いています。胸を撃たれて死んでいる様に、赤ずきんは言葉が出ません。
「申し訳ない……君が狼に襲われていると思って……助けに入ったら、おばあさんを殺してしまったんだ」
若い猟師は悄然とうなだれました。
周りを見ると、赤い文様の上に寝かされていたのが分かります。赤ずきんは、この文様をどこかで見たことがありました。
「確か昔……おばあちゃんが読んでいた本に……」
部屋の隅の箱に、隠すようにしまってあった分厚い本。そこに書いてあったものは、身の毛もよだつおぞましい儀式でした。
おばあさんは赤ずきんに眠り薬を飲ませ、文様の上で殺し、自分も死ぬことで魂を赤ずきんの体に乗り移らせようとしていたのです。若く美しい体で第二の人生を歩むために。
「もし、儀式が成功した後で僕がこれを見たら……おばあさんが狼と戦って、赤ずきんちゃんを守ったんだと勘違いしたかもしれない」
荒らされた部屋を見回し、嘆息した猟師はそう言いました。
「じゃあ、私に入れてくれたお茶には薬が入ってたんだ……」
赤ずきんは認めざるをえませんでした。いつも見舞いを喜んでくれていたおばあさんが、悪魔のような計略をめぐらせていたことを。
「赤ずきんちゃん、僕は罪を償うよ。事情はどうあれ、人を殺してしまったからね」
「で、でも! 狼の毛皮をかぶっていたんだから、間違っても仕方ないじゃない」
「そんな事を言ってはいけないよ。僕が撃ったのは狼じゃない。君のおばあさん……人間なんだ」
村に戻った二人は、一部始終を報告。
赤ずきんは、おばあさんが企んでいた儀式、狼の毛皮をかぶっていたこと、猟師は命の恩人なのだと必死で訴えました。
嘆願の甲斐あって、猟師は死刑を免れ、罪を償うことに。
赤ずきんは足繁く牢に通って、献身的に猟師を支えました。命を救われたと感謝する赤ずきんに、罪悪感から背を向けていた猟師もいつしか心を開くようになり。
二人の間に愛が芽生えるまで、そう時間はかかりませんでした。 務めを終えた猟師と赤ずきんは結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。