02.悲しき母親
昔々のおはなし。ある村に、赤いずきんをかぶった女の子と、その母親が暮らしていました。
「赤ずきん、洗濯は終わったのかい! 薪割りは!」
「ごめんなさいお母さん、水くみが終わったらすぐにやるから」
「あたしが帰るまでに終わらせておきな」
母親は、夫を亡くした後猟師の男と恋仲になり、今日も逢瀬に向かうところです。
「行ってらっしゃい、お母さん」
見送りで振られる手には目もくれません。なぜなら、猟師と一緒になりたいと願っている母親にとって、付き合いにいい顔をしないおばあさんと、夫の血を引く赤ずきんは邪魔者でしかなかったからです。
毎日朝から晩まで仕事をさせて、少しでも遅れれば食事は無し。風邪でもこじらせてくれないかと願っても、なかなか死んでくれません。森の奥に住むおばあさんも同じでした。
「あの二人がいる限り、私たちは一緒になれないわ……どうしたらいいの」
森の逢瀬でため息をつく彼女に、猟師が一つの提案をしました。
「ここに狼が出るって噂は知ってるだろ。ばあさんの見舞いってことにして、赤ずきんを森に行かせたらどうだ? 万一食われなくても、狼のせいにして殺せるだろう」
「まぁ! それは思いつかなかったわ。毒入りの見舞い品でも持たせれば、ばあさんも始末できて一石二鳥ね」
数日後、母親は毒入りのケーキとワインを赤ずきんに持たせ、おばあさんへのお見舞いを言いつけました。
「行っといで。必ず食べてもらうんだよ」
「うん。お母さんの手作りケーキ、きっとおばあちゃんも喜んでくれるよね」
赤ずきんを送り出した後、母親もこっそりおばあさんの家へ向かいます。窓から覗く彼女の前で、赤ずきんの差し出すケーキを食べたおばあさんは倒れて動かなくなりました。
「悲鳴が聞こえたぞ、何かあったのか!」
赤ずきんを尾行していた猟師が、決定的瞬間に家に入ります。森の奥ならば、人目を気にすることは何もありません。
「まさか、君がおばあさんを?」
「ち、違うの、話を聞い――」
銃声が懇願をかき消し、赤ずきんは血しぶきをあげて倒れました。
「あぁ、やっと死んでくれた。これで私たち、一緒になれるのね!」
「もちろんだ。お前も手伝ってくれよ」
二人は協力して赤ずきんの死体から銃弾を摘出し、おばあさんの死体と供に、狼の頭蓋骨を使って食い殺されたかのように偽装しました。
村に帰った二人が事の次第を伝えると、住人たちは騒然となりました。涙ながらにお祖母さんと赤ずきんを弔い、狼を恐れた女子供は家にこもり、男達は見回りです。
そんな状況ですから、二人はおそるおそる周囲に結婚を明かしました。ですが、めでたい知らせに飢えていたのか、村の皆は盛大な宴を催して祝ってくれました。
「こんなに簡単にいくなら、もっと早く結婚してもよかったわね」
「今まで我慢していたのが馬鹿みたいだな」
結婚式を終え、新居に引っ越しも済ませた夫婦が向かっているのは森の奥、おばあさんの住まいです。さすがに人を殺した家には住めませんが、未使用の生活雑貨は使いようがあると、運び出しに来たのです。
――ところが。
「ねぇ……なんで明るいの?」
誰もいないはずの一軒家には明かりがともり、話し声も聞こえます。
「そこにいるのは誰だ!」
踏み込んだ二人が見たものは――確かに殺したはずの、おばあさんの姿でした。
「よくも私と赤ずきんを殺してくれたね」
おばあさんは首に巻かれた包帯をほどき、狼の咬傷をあらわにしました。
「毒で動けなかったけど、悪巧みは全部聞かせてもらったよ。生き返って残念だったね」
「ふざけるなババァ、あたしはこの人と一緒になるんだ、何度だって殺してやる!」
逆上した女がおばあさんに掴みかかろうとした所で、ドアが開いて村の女性たちがなだれ込み、数に任せて夫婦を拘束。
実はお祖母さんは、あわや埋葬というところで息を吹き返していたのです。村の皆に事情を話し、家々にかくまわれながら、復讐の機会をうかがっていましたが、ついに念願がかなったという訳です。
赤ずきんの墓前で事の次第を報告するお祖母さんは、さみしげにつぶやきました。
「私は母親失格だったのかねぇ……娘を殺す母親に育ててしまうなんて」