8話 幸せ願い合い。
gdgdで。
それはまぁ、簡単なことだった。
わたしと青嗣くんは仲良しなんだ。
後姿を見つけると、話しかける。
お互い分かる科目を教えあう。
マンガの貸し借り。
お節介のやりあい。
色々な時間も共有している。
けれど、
なにかしら黒っぽいものが腹の底でぐるぐるしてる。
とはいえ、青嗣くんと話してるとそんなことは無い。
やっぱり青嗣くんは、千尋を抑えてくれる。
特別な存在。
「おーい。千尋ちゃ〜ん?」
「・・・ん?なに。」
彼はわたしの耳元で呟いた。
くすぐったい。
けれど慣れた。
「今日ね、オレと一緒に帰ろ。」
聞き慣れない言葉に、ちょっとびびった。
特別とはいっても、彼氏彼女じゃない。
ふたりで帰るっていうと、
ふたりっきりで帰るってことじゃないか!
楽しいじゃん!!
「良いけど、どしたん?逆じゃなかったかな、家。」
「うんまぁ、逆なんだけどな。
病院行かんと駄目だからね、そっち方面だろ、病院。」
苦笑いして青嗣くんは言った。
病院になんの用があるのか、気になったけど。
怒らせるのは怖いから止めておこう。
けっこうすぐに、放課後はやって来た。
皆がユニフォームに着替えてグラウンドに駆けてく中で、
千尋と青嗣くんだけはさっさとチャリ置き場に歩いて行く。
「ばいばいちぃ、青嗣くんもー!!」
後ろから大きな声がして、ふたりして振り返る。
声の主は絵梨ちゃんだった。
サックスを抱えて、けれど片方の手でぶんぶん手を振って。
普段は静かでクールな印象で通っている絵梨ちゃんだけど、
ほんとは絵梨ちゃん、かなり感情的になる人なんだ。
けどきっとそれは、わたしと青嗣くんしか知らない。
「ばいばい絵梨ちゃん、がんばってねー!!」
「先輩を蹴落としてやれなー!!」
青嗣くんは不穏な言葉を絵梨ちゃんに向けて、再び前の方を向いて、歩き出す。
「テメーでやってみろばかぁーっ!!」
「キシシ、怒ってるよ内井さんが。」
「あんまし、怒らせて貰っちゃ困るよ。怖いんだから。」
「そうなん?そりゃ、ゴメン。」
「何、変に素直だな?」
「うん。」
てきとーな話ばかりを繰り返しながら、歩いた。
チャリなのにわざわざ歩いた。
時間がかかった分、笑いが絶えなかった。
やれやれ、楽しいものだよ。
今はこうやって、笑ってられる。
時々あの人は何処へ行ったのか気になるけど。
『もう』どうでもいいのだ。
今が楽しければ、それで。
あんな人は、青嗣くんとの日常で埋もれてしまえば良いんだ。
「青嗣くん、なんかさぁ。」
「んん?」
「青嗣くんって、好きな子とか居るのかな?」
問うと、はっ?と短く疑問を突きつけてきた。
「なんで?突然訊いてくる?」
「いや、ちょっと気になるなぁと。」
気になる?
コレで合ってるのか?
ただ、知らないから『知りたい』だけでしょう?
そうです、知りたいなと思っただけです。
なんとなく、彼のことを理解できるようになれたらなって思っただけです。
結局そんなに深い意味は無かった。
「・・・うん。当ててみ?」
きゃー、と可愛い悲鳴を上げながら、千尋の目をちらりと見た。
にやっとしてしまうわけである。
青嗣くんは困らせると可愛い。
可愛いなぁと思いつつも、少し考えてみた。
少し、それだけで良い。
答えなんて出ていて、からかうために訊いたようなものだから。
「浅田夏帆ちゃんだろ?」
青嗣くんの顔を見ると、そりゃもう真っ赤になっていた。
千尋に対する「疑問」の文字がはっきりと浮かんでいる。
「え、・・・は?何で分かんの?」
「噂ですよ♪」
「噂、て、誰がぁ?」
「みんなが言ってるー♪」
「みんなって・・・。まじでか!!」
青嗣くんは、もう恥ずかしくて死んじゃいそうです、みたいな声を出した。
わたしはソレを楽しんで、もう可愛いなぁーっと笑えてくる。
けれど、青嗣くんは本気だろうし、
あんまり可愛いとか言うと怒ってきそうだから止めておいた。
「大丈夫だろー。青嗣くんかっこいーからね。」
「そか?部内じゃめっちゃキモがられてるけど。」
「部内と部外じゃ違うよ、大丈夫。」
「・・・んー、有り難うございます?」
「信用してないね。・・・あー、病院見えましたよ。」
白いおっきな影、病院が見えた。
おー、と短く青嗣くんは発して、頭の上で手を組んだ。
すると西日が彼を後ろから照らして、くっきりと目が出来上がる。
「ちっひっろっさーん♪見てや、目ぇ〜★」
「うあ、すげっ。じゃ、わたし右目やります!」
みたいな。
しょうもない会話の後、分かれ道で青嗣くんと別れた。
じゃあまた明日な。
気ぃつけて、事故あわんよーにな。
青嗣くんは心配性で、何度も念を押して手を振った。
わたしもソレに合わせてふわふわと手を振った。
わたしは彼の幸せを願う。
どんなことがあったのかは、知りえることじゃないけれど。
青嗣くんは恩人であって、大事な人。
わたしの幸せも願ってくれる彼はとてつもなく優しい。
だからわたしも願ってる。
はっきりと。