3話 だからもう少し
朝の教室って、あったかい。
ガラガラとドアを開いてみると、そう、かんじる。
いつもの席に。
いつもの隣には。
井上くんがニヤニヤしてる。
きもち悪いなぁ、あの人。
優しいし、良い人なんだけどなぁ。
「はよっ、塚本さん。」
「はよー井上くん。・・・・ねー、昨日の話。」
「んん?」
「からかってないよね?」
問うと、彼は困った顔した。
だよなぁ。だって結構話したもんなぁ。
野球や、得意な教科、悩みとか、そうゆうの。
・・・でもきっと、お互いに全部を話すことはできない。
それはとっても「痛い」事だ。
「え、昨日のどれ? あ、オレが巨人ファンて、それ?」
「じゃなくて、帰宅っての。嘘じゃないの?あっきらかに、・・・・見えない。」
「あー、・・・・それ? マジだよ。オレは帰宅、ただの野球好きな帰宅男子。」
井上くんの表情が曇る。
あぁ、絶対この人は嘘を吐いてる。
わかってしまう。
短い付き合いだけど、簡単に読み取ってしまう。
わたしのクセ、こうやって人の深いところを見つけてしまう。
目の動き、手の動き、足の動き、口の動き、声の高さ・低さ・大きさ・小ささ。
きっとこの人は理由があって、「所属部活なし」なんだ。
でも、わたしはこの人に聞くことはできない。
深く入り込むには、わたしではまだ駄目なんだ。
井上くんは頭をぼりぼりかいた。
「・・・せんせ、来たぞ。」
バツの悪そうな顔して、わたしに席につくことを促す。
井上くんはゆるくあくびをする。
「・・・まあ、いいじゃんかよ。そういうの気にすんな。」
ははっ、と自嘲気味に笑いながら言った。
笑うとこじゃないよ。
それに、なんでそんな笑い方すんの。
そんな・・・辛そうな痛そうな、我慢した顔。
あの時、ソレやめたじゃんよ。
もう面つけるのやめたはずでしょう?
「そっか。・・・よね。分かった。」
ほんとは全然、分かってない。
食い下がってやりたい。減らず口叩いてやりたい。
そのうすっぺらな笑顔を破って、素顔を見つけて、たくさん向かい合ってみたい。
こうやって人の哀しさに触れると、全部を理解したいと思う、
そんな「欲のうねり」に飲まれそうになる。
けれど。
けれど、この人は、別。
知りたいとする「欲」よりも、「今」の方が愛おしい。
もう少しだけ仲良くなりたい。
だってこんな男友達は他にいない。
たくさん触れてしまわない程度にお互いを分かり合って、
時々一緒に話をして、楽しく何も考えずに笑いあう。
それが一番楽で、傷つける事無く過ごせる方法だとこの人も知ってるんだ。
あの頃、ひとりだったから。
「どしたん?」
「中日のファーストとセカンドのプレイは、むしろ異常だよね。
・・・ね、井上くん?」
「は?」
「こんなたくさん野球の話したの、久しぶりなんだ。
だから、井上くんと話すの楽しいっす。おもろいっす。
・・・んんと、野球繋がりで、改めてよろしくね?」
再び面で隠しかけた顔。
彼の目が笑った。
光を瞳に浮かべて、とても綺麗に。
そして後ろ頭を掻き毟る。その時一瞬伏せた視線が再びわたしに向けられる。
「オレも、女子とこんな話できるモンだと思わんかった。
正直超うれしいわ。楽しいしさ。
こっちも改めて、よろしくっす。」
だから、もう少しだけ知ってみようか。
そしてもう少し、話してみようか。
だって初めて話したのは、この2・3日前だし。
もう少し、
この人に触れてみようか。
この人にとっての野球に。
触れてみようか。
この人の笑顔や、心に。