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田村良樹

一万年後

荷物もちの体表は、さまざまな形をした生物であふれていた。

丸い粒が連なっている物体が蛇のようにのたくっていたり、様々な節や触手がついた生物が、互いに食い合ったり争っていたりする。

まさに生物のカオスといった様子だった。

「これは……きもい」

上空からその様子を眺めていた荷物もちは、ちょっと吐き気を覚えてしまう。

これらはすべて、彼の体内に存在していた微生物や細菌から進化したものだった。

「……でも。何もないよりはマシだな」

いずれも気持ち悪い形をした生物だったが、彼らは確かに精一杯生きていた。

「これほどの数の生物が、自分の体内に生息していたなんてな」

呼吸と共に体内に取り込んでいた、各種の微細生物。植物の胞子。

胃や腸に生息する、数百万種類の細菌たち。

彼らは人間の体内という安全地帯に生きていたので、闇という何もない世界に放り出されても、しぶとく生きていた。

そして、荷物もちが自らの体をベースに世界を創造し、環境を整備したおかげで、いっせいに地表-彼の体表面に出ようとしていた。

「面白い……僕は、最初から一つの生態系を内包していたのか……こいつらを利用して」

荷物もちは彼らを受け入れ、積極的に彼らに進化を促す環境を作り出していた。


そして、10万年が過ぎる。

あるいは混ざり合い、あるいは戦いあって、生物たちは急激に進化しはじめる。

やがて荷物もちの体表は、細菌や植物の胞子、ダニなどから進化した多種多様な生物が満ち溢れる楽園と化すのだった。

この頃から、彼に一つの目的が生まれる。

「孤独から開放されたい……人間が欲しい」

ここ10万年の生物の創造・進化の作業は、彼の退屈を紛らわせてくれた。

しかし、神に進化したとはいえ、彼の心は人間である。自分以外の「他者」を求める生物だった。

「やっぱり、虫とか細菌とかじゃだめだな。仕方ないか」

彼は、最初はかなり頑張って体内生物が進化できる環境を整えていた。

しかし、彼らは所詮は虫けらである。

安楽な環境を与えられたら満足して動かなくなり、厳しい環境を与えられたらすぐに死ぬ。

どう頑張っても、環境に抗って自分から何かを作り出そうとする知的生物には進化しなかった。

「しょうがない。俺の肉体をベースに『人間』を作ろう」

ダニや細菌に肩入れするのをあきらめ、自分のコピーを作ってみる。自らの体内細胞に刻まれたDNAを参考として、なるべくそれに近付けるように生物の進化を調整していった。

「人間って、本当に複雑なんだな……」

いくらコピーといえど、「人間」を成立させるためには解決すべき無数のハードルがある。人間の体に必要な物質を作り出すところから始める。数億回の試行錯誤の結果、ついに荷物もちは「人間」に近い生物を生み出すことに成功するのだった。

「やっとできた。こいつらを合成人間「デグレーション」と名付けよう。ぐふふ……」

ついに人型生物を創造した荷物もちは、満足の笑い声をあげる。

しかし、それはすぐに失望に変わった。

「なんだよこいつら……馬鹿のままか」

彼らは姿形こそ人間に似ているが、知能が低くで学習能力が足りなかった。

そのくせ繁殖欲求と破壊欲求のみが強く、むやみに他の生物を狩りつくし、破壊の限りを尽くす。また分裂によって際限なく増えていく。

最初の人型生物は、一から世界を創造し、もはや森羅万象を理解している彼の目から見ると、愚かでどうしょうもない生物であった。

「だめだこいつら。死ね!」

彼が少し管理を怠ると、すぐに増えすぎて彼の体表に作り出した生態系を破壊しかける。

そのたびに絶滅させ、また改良して作り出す。その繰り返しを続けるのだった。


そして、100万年が過ぎる。

荷物もちの体表には、いくつもの都市ができていた。

巨大なビル。電気の光に溢れた町。地面を覆うコンクリート。

それは、かつて荷物もちといわれた存在が生きていた日本を彷彿させる文明だった゜。

人々は彼の体の上で生まれ、成長し、愛し合い、また憎しみあい、そして老いて彼の体に戻ってくる。

既に人々は、科学の発達により、神など非科学的なものだと否定するようになっていた。

そして、そんな都市の一つに存在する、とある学校では……

「てめえ!きもいんだよ!」

多くの少年が、一人の小太りの少年を囲んで暴行を加えていた。

奇妙なことに、殴っている少年も殴られている少年も、ほとんど同じような顔をしている。

「もっと泣けよ。このデブが!」

「オラ!金だせよ!」

思うさま弄ったあと、財布を取り上げて去っていく。

「ほんと、きもいわね。視界に入るだけで気分が悪くなるのよ」

散々殴られ、全裸に剥かれて放置された少年を、同じクラスの幼馴染金髪ツインテール少女がゴミでもみるかのような視線で見ていた。

ちなみに彼女も同じような顔をしているので、まるでオカマのように見える。

他の生徒たちも彼をみてあざ笑うか、気持ち悪そうに顔をしかめるだけ。

長い間地面に伏せて沈黙していた少年は、静かに立ち上がると、一言つぶやいた。

「なんでこうなるんだろうな」

彼がそうつぶやいたとき、校舎にの壁面に設置されている巨大テレビが映る。

「国民の皆様、わが国は、K国の挑発を受けて、宣戦布告をすることを決定しました」

引きつった顔のツインテール女性アナウンサーがニュースを告げると、画面が切り替わった。

そこには、多くの発射寸前のミサイルが並んでいた。

「わが国の科学技術の結晶。「原子分解弾」です。我々の勝利のタウントダウンです。ご唱和ください。10、9、8…」

テレビの液晶に数字が浮かぶ。

「やった!いよいよ憎いK国を滅ぼせる!」

「それ! 7、6、5……」

少年の周囲にいた生徒たちも、興奮して合唱する。

それを詰まらなさそうに見て、少年は一言つぶやいた。

「駄目だな。やり直そう」

次の瞬間、地面から巨大な触手が生えてきて、女性アナウンサーに絡みつく。

「こ、これはなんでしょうか!だ、だれか!助けて!」

アナウンサーの絶叫が響くが、誰も聞いていない。

なぜなら、世界中で同じことがおこっていたからであった。

「きゃーーーーー!」

「助けて!!」

周囲の生徒たちもいきなり地面から出てきた触手に絡みつかれ、地面に引きずりこまれていった。

「お、おい、お前……なんでお前だけ……平気なんだよ。助けてくれーーー!」

さっきまで、少年をいじめていた生徒たちが、一人だけ無事な彼の名を呼ぶ。

「田村良樹!!」

しかし、彼は冷たい目でみるのみだった。

「どうしてだって? それはな……」

良樹と呼ばれた少年の顔に悲痛が浮かぶ。

「俺がこの世界を創った…愚かな神だからだよ。正直すまないと思っている。お前たちみたいな中途半端な生き物を作ってしまって。次こそうまく作るから……」

「そ、そんな……」

衝撃の事実を聞いた生徒たちは、驚愕にゆがんだ顔をしたまま、地中に引きずりこまれる。

たった一分で数億人もいたこの世界の人型生物は、一人を除いて全滅するのだった。

「……くそっ……くそっ……」

世界に一人生き残った、転生して実体を持った創造神である荷物もち-田村良樹の魂を受け継いだ少年は、地面をたたいて涙を流す。

「……どうして、何度やっても……この文明の段階まで来たら、勝手に戦争を引き起こして滅亡してしまうんだよ……」

涙を流して悔しがる。

自分の望みをかなえるため、彼らデグレーションに文明を発展させるように仕向けた。

彼自身も文明の発展を速めるために、何度も何度も生まれ変わって、指導者として世界を導いた。

しかし、ある段階までくると、勝手に戦争で滅んでしまう。それだけならまだしも、彼の本体である大地まで滅ぼしかねないような兵器まで作り出してしまった。

今回のようにリセットしたのは初めてではない。もう3回目であつた。

「いつになったら、うまくいくんだろうな」

彼は無限の悲しみをもって。空を見上げるのだった。


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