千年一夜 開放日
1000年後
「ああ……あと少しで元の世界に戻れる……」
勇者たちは砂時計を見て、この永遠の地獄から開放される日を夢見ている。
あれから互いの顔を見ることもなく、ひたすら砂時計だけを見続ける年月は想像以上に辛く退屈なものだった。
しかし、その苦しみも終わる時が近づいている。
「落ちた!」
最後の砂粒が、ゆっくり、ゆっくりと落ちていき、ついにすべての砂が下段に落ちきった。
それと同時に、勇者たちは優しい光に包まれる。
「やった!」
勇者たちの姿は闇の世界から消えていった。
「はっ!」
星輝の目が覚める。いつの間にか彼は自宅のベッドの上にいた。
「……なんだ。夢だったのか」
あの苦しい闇の世界での経験がただの夢だって事をしって、
星輝はほっと胸をなで下ろす。
「星輝。いつまで寝ているの。起きてきなさい」
「わかったよ」
一階から母親の呼ぶ声がして、着替えて降りていく。
家族の様子も変わったことはなく、いつもの日常の風景だった。
そのまま星輝は朝食を食べ、学校へと行く。
クラスメイトたちと挨拶しながら、自分の席につく。少し離れた席では良樹とダニエルもいて、こっちをニヤニヤしながら見ていた。
「あいつ……何見ているんだ。ムカつくな。また苛めてやろうか」
夢の世界でさんざん彼を苛めたことを後悔し、謝罪したことも忘れてそんな気持ちが湧き上がってくる。
その時、ほかの仲間たちも教室に入ってきた。
「おはよう」
『……おはよう」
仲間たちも挨拶を返す。彼らの顔もどことなく暗かった。
「どうしたんだ?暗い顔をして」
星輝があえて明るい顔で聞くと、夢美はぎこちない笑顔を向けてきた。
「なんでもないの。ちょっと変な夢をみちゃって」
「変な夢?」
星輝が聞き返した時、不快な声が響いた。
「よう。不景気な面しているな。勇者サマともあろう方々が、まるでゾンビみたいだぜ」
そうからかってきたのは、本来自分たちより下の存在でずっと苛めていた男-田村良樹。
「てめえ!」
それを聞いた敦が激怒して殴りかかるが、良樹はすっとパンチをかわした。
「まだ反省してないみたいだな」
「反省って何だよ。俺たちは何も悪いことはしてない」
星輝は少し怯えながらも、気丈に言い返す。
「そ、そうですよ」
学も同調してきた。
「お前たちもそう思うのかな?」
良樹は冷たい目で女勇者たちを見渡すが、彼女たちは気弱そうに目をそらした。
「女たちは少しは反省しているようだな。だが、謝罪は形を持って示さないと意味がない」
「……形って?」
さやかが恐る恐る聞き返すと、良樹はとんでもない要求をした。
「簡単なことだ。全裸になって土下座しろ。クラスメイトたちの目の前でな」
「なっ!」
無茶なことを言われて、さやかは絶句する。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!」
「そうよ!そんなことできるわけないじゃない!」
夢美と恵は真っ赤になって首を振った。
「いいのか?最後のチャンスなんだぞ」
「チャンスってなによ。あんたなんかに何ができるっていうのよ!」
闇の世界に閉じ込められたのが、ただの夢だったと思った、女勇者たちは、良樹に与えられたチャンスを袖にする。
「やれやれ。バカは死んでも直らないとはよくいったものだ。あんなに後悔してます許してくださいと謝罪していたのに、のど元すぎればこのざまか」
良樹は心底見下した目をして勇者たちをあざ笑った。
「ふざけんな!」
「はいはい。時間をそんなことで浪費していいのかな?この時間はお前たちにとって千年待ち続けた貴重な解放日だぞ」
「千年?解放日?いったい何のことだ?」
星輝が聞き返そうとした時、教師が入ってくる。
「何をしているんだ。ホームルームをはじめるぞ」
良樹が星輝たちに取り囲まれているのを見て、あわててとめに入る。教師の顔にはおびえが浮かんでいた。
「なんだというんだ。全く」
教師に止められ、星輝はしぶしぶ追求をやめるのだった。
「結局、今日は奴を捕まえることはできなかったな。まあいい。明日またやってやろう」
あれから良樹を捕まえて締め上げようとしたのだったが、昼休み、放課後となぜか教師が見回りにきてタイミングを失ってしまった。
放課後に呼び出そうとしても良樹は無視してダニエルと帰ってしまい、空振りに終わってしまう。
「明日こそ、どうやって地球に帰ってきたのか聞き出してやろう」
星輝はそう思いながら、眠りについた。
星輝の意識が目覚めると、見慣れた風景が広がっていた。
「なんだよこれ!」
目の前には他の五人の勇者の顔。周囲には無限に広がる闇の世界。
その世界で、彼らは指一本動かせずにただ立ち尽くしていた。あるのはお互いの姿と、中央に存在する大きな砂時計のみ。
「夢じゃなかったのか!」
「そんな!あれで終わったと思ったのに!」
また再び千年もこの世界に幽閉されるのかと思い、彼らは絶望の涙を流す。
ひとしきり絶望した後は、彼らはお互いを非難し始めた。
「星輝君!なんで田村君に謝らなかったのよ!」
「敦君!あんたのせいよ!田村君に殴りかかったりするから!」
「うるせえ!お前たちだって見てるだけでとめなかったじゃねえか!」
勇者たちの罵り合う声は、果てしなく続くのだった。
その様子を、俺は電脳世界の外-円盤のメインコンピューター室で見ていた。
「なんていうか、進歩がありませんね。同じことを繰り返しています」
一緒に見ていたダニドクが呆れたようにつぶやく。
「ふふ。そこがミソさ。やつらは同じことを延々と繰り返すだろう」
「というと?」
ダニドクが首を傾げるので、俺は説明してやった。
「奴らは闇の世界に落とされた。ここまでは俺と一緒だけど、それからが違う。俺は生と死を繰り返すことで「変化」し続けることができた。しかし、奴らは千年たっても何もかわらない。ただ仲間同士の顔をみつめあっているだけだ」
俺はモニターに浮かんだ勇者たちの姿をあざわらう。彼らはむなしく闇の世界に立ち尽くしていた。
「なんら変化がないから、進歩することもない」
「なるほど」
ダニドクはただボーッと突っ立っているだけの勇者たちを見て納得する。
「でも、さすがに千年も時間をかければ、多少は内面も変化するのではないでしょうか?新たな力に目覚めたりしたら」
「ふふ……だから千年ごとにリセットするように、一日だけ元の肉体に魂を返してやるのさ」
俺は残酷に笑った。
「せっかく時間を掛けて精神に負荷をかけ、修行しているのと同じ状態になっても、その一日の解放日であらゆる肉体的な欲望を解消しようとするだろう。それで積み上げた精神感覚はリセットされる。第六覚以降に目覚めることはない。それに」
俺はダニ人たちを見渡して告げる。
「俺が本物の神になれたのは、俺だけの力じゃない。俺の体に存在していたすべての存在-お前たちダニを含めた微生物たちの声なき声に気づけたからだ。同時にそのおかげで、孤独を感じなくてすんだ。感謝している」
「神よ…もったいないお言葉でございます」
俺の言葉を聴いたダニ人たちは、涙を流して喜んだ。
「やつらが闇の世界にもっていけているのは、あくまで精神のみだ。肉体にとりついている微生物は元の体に置き去りにしているから、やつらは自分たち以外の何者も存在しない空間に放り出されることになる。まあ、じっくり味わってもらおう。俺が体験した以上の孤独地獄をな」
勇者たちが陥った地獄を想像して、ダニ人たちの間にも恐怖が広がるのだった。




