勇者の誤算 土御門学
同じころ、最後の英雄の少年も自分の得た力にふりまわされつつあった。
彼ら英雄達が住む町の外れ、小高い丘の上に立派な神社がある。
陰陽道の名家、土御門家の分家がある瑞穂神社だった。
「学。一年も修行をさぼって、いったいどこにいっていたんだ?」
鋭い目をした神官服の宮司が、線の細い学者風の容姿をした少年をギロリとにらみ付ける。
「異世界に召喚されて、人々を苦しめる魔を討伐してきたのですよ。父上」
この神社の息子で、異世界シャングリラでは魔術師として活躍した土御門学が自信満々に言い放った。
「そのような寝言を……」
「寝言?何もしらぬ一般人ならともかく、この国を裏から守る陰陽師の家である我々からしてみれば、よくあることなのでは?」
学は父親の目を見据えて返事をする。
それを聞いて、彼もしぶしぶと頷いた。
「……確かに、我々の一族はこの世に仇をなす「妖」から民を守る使命を持つ陰陽師の家系だ。その力を見込まれて、別の世界の民に召喚されることもある。だが……お前のその禍々しい気はなんなのだ」
父親は学を見て、ため息をつく。彼からは以前の清浄な「気」ではなく、何か禍々しい「気」を感じていた。
「お気になさらず。異世界で新しい力を身につけて戻っただけです」
「……愚かな。我らは、この世を守る天津・国津の神の力をお借りして妖を祓っておるに過ぎぬ。異世界で身に着けた禍々しい力などで、この世を守れるか!」
そうしかりつける父親を、学はふんっと鼻で笑った。
「力は力でしょう。古臭い神の力など借りなくても、俺は自分で身に着けたこの「魔力」で立派にこの国を守ってみせますよ。ふふふ……やがて僕は多くの人を救い、崇められ、死後に神となるんです」
学は暗い笑みを浮かべていた。
「貴様は……」
父親がどなりつけようとしたとき、神官服を着た数人の宮司が入ってくる。
「申し上げます。黒飢坊の封印が解けました」
「なに!すぐに行く!」
父親は白木の棒で作った祓串を持つと、宮司たちと駆け出していく。
「いい機会です。僕の力を認めさせて、この新しい力で土御門家を支配下に治めれば、やがてはこの日本を裏から操れます」
学は暗い笑みを浮かべると、自分の体を闇に包んで後をつけていった。
近くの山にひっそりと祠が祭られており、その鳥居から黒い子供のようなものが次々と飛び出してきていた。
「ハラヘッタ!」
「クエクエ!」
黒い子供のようなものは、叫び声をあげながら町に向けて走り出している。
しかし、その周囲を取り囲む宮司たちが張った結界に跳ね返され、取り囲まれている。
「よいか。なるべく刺激せず、祓串から清浄な「気」を出して押し返すのだ」
「はっ」
リーダーである学の父親の指揮の元、宮司たちは着実に黒飢坊を押し返している。
「しかし、どうして奴らの封印が解けたのでしょう?」
「わからぬ。もしかして一年前の天界シャングリラからの干渉によって、妖を封印している結界にほころびができているのかもしれぬ。まったく迷惑な話だ。だが、時間がたてば結界も回復してくるだろう。我らはこの世界を守るのみだ!」
「はいっ!」
宮司たちは力強く返事をする。
彼らに押されて、黒飢坊たちは出てきた鳥居の穴に押し返されようとしていた。
「よし。あいつらが完全に穴に戻ったら、結界を張って再封印を……」
そこまでいった時、父親は後ろからすさまじい闇の力を感じる。
「な、なんだ?」
「ダークトルネード!」
その声と共に、黒い竜巻がいきなり発生して、黒飢坊たちを巻き込む。
振り向くと、ニヤニヤ笑いを浮かべた学がいた。
「学!なんだこの力は!」
「再封印などまどろっこしい。こいつらなんて完全に殺してしまえばいいんですよ!」
学は胸をそらす。確かに彼が作った黒い竜巻の中で、黒飢坊たちは人間の形をたもてず、バラバラになっていった。
「ばかな!なんてことを!」
宮司が叫ぶと同時に、バラバラになった黒飢坊の体が飛び散る。
それは黒い霧となって、街のほうに漂っていった。
「え?何で?」
思いもしないことが起こって、学は動揺する。
「ばかもの!「妖」とは無念を抱いて死んだ人間の魂が変異したものだ!魂だけになった者が死ぬわけがなかろう!」
宮司は学を怒鳴りあげる。
学は異世界シャングリラで戦ってきた魔物たちと違う結果になったので、呆然としていた。
そんな息子を軽蔑した目で見ると、宮司は弟子たちに命令する。
「逃げ出した黒飢坊の欠片は人間に取り付いて、人を襲うようになる。本家からも応援を頼め!それから政府にも連絡して、マスコミ報道されないように話を通し、パニックを防げ!」
「はっ!」
宮司と弟子たちはあわただしく駆け出していき、学は一人取り残されるのだった。
一週間後
瑞穂神社に多くの白目を剥いた人間が集められていた。
「グルルルル……」
「クイモノ……」
彼らはすでに正気を失っており、涎をたらしてうなり声を上げている。その腹は膨らみ、まるで餓鬼のようだった。
「皆、よくやってくれた。不肖の息子が起こした不始末の後始末、ご苦労だった」
宮司が弟子たちに労わりの声を掛ける。彼らはこの一週間取り付かれた人間を探して街を走り回り、つかれきった様子だった。
その中の一人が問いかけてくる。
「彼らはどうなるのですか?」
「政府が用意した精神病院に収容し、長い時間を掛けて祓うしかあるまい。まったく……学のせいでいらぬ犠牲を出してしまった!」
宮司は忌々しそうに学をにらみつける。彼は部屋の隅で小さくなっていた。
「学。お前は我が土御門家から追放する。二度と我が家の門をくぐってはならん!」
「そんな!」
学は抗議の声を上げるが、周りの弟子たちからも冷たい目で見られて沈黙した。
「親としての最後の情で、高校卒業まで捨扶持はくれてやる。家から出てアパートでも借りるがいい。以上だ」
処分を言い渡すと父親と弟子たちは去っていき、学は一人とりのこれるのだった。




