死のない世界
「だけど、僕たちだけで魔王を倒せって、さすがに無理なのではないですか!」
袋を受け取った気弱そうな少年は、パーティ会場で王に不満を漏らすが、すげなくあしらわれた。
「袋の従者よ。そなたは何もしなくてよい。戦うのは他の者の仕事ゃ。そもそもおぬしは勇者ですらないのじゃからな」
王からそうなだめられても、袋の少年はなおも言い募る。
「俺は嫌ですからね。途中で死ぬかもしれない戦いに赴くなって真っ平ごめんです」
王はそれを聞くと、やれやれとため息をついた。
「まったく。従者だけあって臆病じゃのう。仕方ない。安心させてやろう」
王が合図すると、騎士たちが黄金の女神像を運んできた。
「それは?」
「このシャングリラを創った女神、イホワンデーの像じゃ。この像に祈ると……。おっと、その前に実演してみないといけぬな」
その言葉を受けて、一人の騎士が前に進み出る。
「王よ。私の身でお試しください」
「よかろう。そなたの忠誠心を褒めてつかわす」
そういうと、王はいきなり剣を引き抜き、一気に騎士に向かって振り下ろした。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
騎士は苦痛の声を上げて倒れこむ。パーティ会場の床に血しぶきが舞った。
「うぇっ」
「い、いきなり何を!」
目の前で殺人を見せられて、さすがに驚く勇者たち。
次の光景を見て声を失った。
「女神イホワンデーよ。忠実なる信徒を蘇らせたまえ……」
女神像から黄金の光が発せられ、騎士の死体を照らす。
すると、すでに死体となっていたはずの彼の体が起き上がった。
「い、生き返った……」
「ごらんのとおり、この世界には「死」というものがない。定められた寿命が過ぎ去るまで、どんな目にあっても再生するのじゃ」
王は誇らしげにそうづける。生き返った騎士は黙って一礼した。
「すげえ!これなら絶対に魔王を倒せるぜ!」
はしゃぐ勇者たちと裏腹に、袋の少年はもっと渋い顔をする。
「マジか……まさにゲームの世界じゃないか。待てよ。なら、どうして僕たちを呼んだんです?死なないなら、時間さえかければ、あなたたちでも魔王を倒せるはずでしょ?」
袋の少年の鋭いツッコミに、王は渋い顔になって答える。
「その疑問は最もじゃ。だが、こちらにも事情がある」
それから王は魔王の正体と目的について語りはじめた。
「実は、魔王は元々この国の王である我が父なのじゃ」
渋い顔をした王は、魔王が生まれた経緯を話し始める。
元々このシャングリラ世界の人々は女神の祝福を受けて、身分によって定められた寿命を迎えるまで何度でも生き返るのだが、それでも老衰による死だけは避けられない。
100歳を迎えて体が老い始めた先代王は、老衰死を恐れて暴走を始めたという。
「暴走?」
「そうじゃ。他者の命を奪い始めたのじゃ」
先代王は自ら編み出した魔術を使い、他者からその寿命を奪っていく。
最初は身分の低い平民や奴隷とされている亜人族たちだったが、次第に貴族にまで手を出し始めた。
困った王と貴族たちはクーデターを起こし、彼を辺境の地に追放したが、完全に血迷った彼は死の恐怖から逃れるため、ついに動物や植物から生気を吸い取るようになってしまい、その影響で完全に理性をなくしてしまった。
命を吸い取られた動植物は、生命の健全な在りようから外れた、死んでも動く存在-魔物になってしまい、人間を襲うようになる。
そして、彼ら魔物は生物を食らい尽くそうと、襲い掛かってきたのだった。
「頼む。我々が戦ったのでは成すすべもなく生気を吸い取られ、奴に操られる魔物となってしまう。だから存在が根本から違う、別な世界の勇者てあるあなた方を呼んだのじゃ。我々にできる報酬はなんでも払おう。もちろん、魔王を倒したらきちんと元の世界にも返そう。だから、我々を助けてほしい」
「あなたがたの勝利は確定しております。生気を吸い取られることもなく、何度でも生き返えらせることができるのですから。どうか、魔王を倒してください」
王と王女に頭を下げられ、勇者たちは気分が良くなる。
「……まあ、それならいいか。どうせ死なないんだしね」
「困っているみたいだから、助けてあげようよ」
そういって、勇者たちは手を貸すことにした。
しかし、ただ一人だけ荷物もちの少年は疑問に思う。
(待てよ。死なない世界ということは、魔王だって死なないはず。そんな存在を、どうやって倒すんだ)
彼の疑問は、それから大きな災いとなって彼を苦しめるのだった。