民の苦しみ
魔王が倒され、全世界で勇者をたたえる祭りを行ってから、わずか数日。
シャングリラ世界は、突然現れた大魔王により、まさに滅亡の危機を迎えていた。
「村から逃げ出したものの……どこにいけばいいんだ」
逃げ出した人々は、あてもなくさまよう。
もともとこの世界の町や村は、女神イホワンデーの加護が強い場所に作られていた。なぜなら、そのパワースポットの周辺なら不慮の死を遂げても神殿で復活することができ、またその周辺では作物が良く実り、飢えも乾きも知らない平和な生活ができていたからである。
しかし、安住の地は触手により侵され、土地ごとすべてのものが吸い上げられていく。
村から追い出された人間の居場所は、もはや無くなったも同然だった。
すんでいた村を追い出され、人々はあてもなくさまよう。
「くそっ……あの大魔王のせいでこんな目に……あの時、殺していれば……」
大陸北西の地、メルダ村の村長は、そんなことを思いながら雪道を進む。大多数の人々は、彼と同じような考えを持っていた。
「荷物もちのくせに、大魔王になるなんて……」
「俺たちの住める場所が、どんどん無くなっていく。これからどうしたらいいんだ」
人々は大魔王に対する怨嗟を上げるが、現状では無力である。
しかし、中には違った考えを持つ者もいた。
「もっと彼に優しくしてあげればよかった」
「あんな勇者たちも、罪も無い少年を犠牲にした女神も最低だ。俺たちは彼らを崇めた報いをうけているんだ」
そう考える人々は、すべてをあきらめて自殺するか、あるいは自分からダニ人たちの捕虜となっていった。
自殺した者たちは、もはや女神の加護もないので生き返らない。
ダニ人たちに連れ去られたものは、二度と姿をみせず、どうなったかわからない。
人々の数はどんどん減っていき、世界は荒廃していった。
「お母さん。寒いよう。疲れたよう。メルダ村に帰ろうよう」
「ごめんね。きっとこの先の山を越えた町だったら、暖かい食事にありつけるから……」
今まで飢えも寒さも知らずに生きてきた子供は、体が弱く。少し歩いただけで倒れそうになる。泣き出す幼子を抱え、疲れた足を引きずって避難場所を求める民衆だったが、儚い希望はすぐに絶望に変わる。
もう少しで次の町が見えるというところで、その町から逃げ出した避難民の集団とであったからであった。
「そんな……ゴルゴダの町も……」
「ああ。町はあのダニ人と名乗る者たちに占領されてしまった。多くの者が捕まって、やつらにつれさられてしまい……その後、町ごとあの大魔王に貪り食われてしまった」
彼らが振り返ると、大地に巨大なクレーターが作られている。
そこには以前、城壁に囲まれた壮麗な町があったはずだが、今ではすべてが失われていた。
「私の娘も……あいつらに……」
ゴルゴダの町の避難民を率いていた貴族が泣き出す。彼も娘を失っていた。
「くそっ!あの大魔王め!ただの荷物もちだった分際で生意気な!」
その呪いの声を上げる貴族に、メルダ村の村長が聞く。
「あなたも……大魔王である田村良樹を知っているのか?」
「ああ!ワシの館に勇者一行が泊まったとき、やつもいたんだ。ワシはあの男を勇者として扱うように命令されてはおらんかったので、使用人部屋をあてがってやったのだ。そんな下僕が思い上がって、ワシのゴルゴダの町を……」
そんな貴族に対して、村長が怒りの声を上げる。
「そんな……じゃあ、彼が怒って大魔王になったのは、あなたのせいだったのか!どう責任をとるつもりだ!」
ただの平民から罵声をぶつけられ、貴族の顔が歪む。
「なんだと!ワシを誰だとおもっておるのだ!その名も高いゴルゴダ伯爵家の当主で……ぶっ!」
貴族の男が威張って胸を張った瞬間、村長に殴り倒される。
「ふざけんな!大魔王様、この者の命をささげますので、なにとぞ我々はお目こぼしを……」
そんなことを言いながら殴り続ける彼を見て、貴族を護衛していた騎士たちがあわてて杖を掲げた。
「無礼者。ファイヤーボール!えっ」
炎の魔法によって村長は火達磨になる。
しかし、村の男たちはひるまず騎士たちに襲い掛かった。
「うるせえ!もう世界は滅ぶんだ。貴族も平民も関係ねえ!やっちまえ!」
たちまち人々の間で血で血を洗う抗争が始まる。
あちこちで血しぶきがあがり、人々が倒れていった。
「やめて!もう死んでも、誰も生き返らないのよ!」
まだ理性を保っていた少女の叫び声が響き渡るが、誰も耳を貸さない。
「食料と女をよこせ!」
「うるせえ!死ね!」
ついに残り少ない食料をめぐって争いが始まり、人々は生きるために争う。
理想世界だったシャングリラは、まるで地獄のようになっていった。
「えーん。えーん。怖いよぅ」
「女神様……お助けください。どうしてこんな世界になってしまったのでしょう。あなたの加護の元、人々は争いをせず、平和に暮らしていたのに……」
森の中におびえた幼児の泣き声と、女神に祈る母親の声が響き渡るが、女神は何も答えてくれない。
永遠に続くかと思われた戦いをとめたのは、意外な存在だった。
「ダニ人たちが来たぞ!」
そんな声が沸き起こると、人々は争いを止めて空を見上げる。
ゴルゴダの町がある方面から、銀色の円盤が飛んで着ていた。
「逃げろ!」
人々はすべての荷物を捨てて、一目散に逃げ散る。
しかし、空を飛べるダニ人たちから逃れられる訳もなく、一人ひとりとつかまっていった。
「美味いなぁ」
「ああ、ジューシーだぜ。一千万年もダニをやっていて良かった。神の血肉とはまた一味ちがった味がする。美味だな」
ダニ人たちは、捕まえた人々から血を吸い、歓声を上げている。
その前には、幼い子をつれた母親が涙を流して哀願していた。
「お願いします。私はどうなってもかまいません。この子だけは!」
しかし、ダニ人たちは情け容赦なく親子を捕まえた。
「ふん。今更そんなことを言っても無駄だ。神の怒りは深く激しい。お前たちは、身も魂も神に捧げて償いをするのだ!」
こうして人々は連れ去られていくのだった。




