ありきたりな勇者召喚
どこまでも続く、暗い闇が広がる虚無の空間。ただ何もない無限の虚無のみが広がっている。
その闇の中に煌く星のように輝いているのが、命が存在する「世界」である。
その闇の中に、「世界」から追放された、一つの巨大な物体が漂っていた。
「……」
それは、ただひたすら存在し続けようとあがいていた。
「…僕は…死なない……いや、死ねないのか」
物体の一部に切れ目が開く。それは白い歯が生えた、大きな口だった。
その口が開くと、大きな音と共に周囲のエネルギーが吸い込まれる。それは体内で生命を維持する栄養と変化し、物体はさらに巨大化していった。
「死ねないのなら……奴らに……復讐する……」
物体の口の上部に、巨大な目が開かれる。そこからは滝のように水が噴出し、物体の表面を潤していった。
「たとえ……この身が……何に成り果てようとも……」
その物体……巨大な人間は、怒りと共に過去のことを思い出していった。
私立弥勒学園
元華族大財閥の子女が通う高校である。
豪華な設備が整った名門高校と評判が高いが、この高校に通うのは二つの階層があった。
カーストの上流に位置するのは、推薦で入った上流家庭の子女。彼らはあらゆる面で優遇され、教師たちからも手厚く扱われていた。
そしてカーストの中層部は一般試験で入学した生徒たち。
彼らは学園の偏差値を維持するために招き入れられた者たちであり、それなりの待遇だった。
そして最底辺に位置するのは、厳しい特別な試験を潜り抜けて入ってきた学費免除の特待生。
彼らは試験の難しさもさることながら、もうひとつだけ条件があった。
いわく「低所得の世帯」であること。
母子家庭や生活保護家庭の生徒の救済を名目に作られたこの特待生は、全国からなんとかして学校に通おうとする向上心のある生徒たちが集まってくる。
しかし、彼らは入学後も厳しい試練に直面するのだった。
その日、「彼」はいつもどおりの日常を過ごしていた。
「ようデブ。今日も金貸してくれよ!」
がっしりした少年が、胸倉をつかみながら要求してくる。
「も、もう金なんかないよ……」
「ああん?」
そう気弱に返したとたん、腹を殴られて蹲る。
しかし、それを見ていたクラスメイトたちは、とめるどころかあざ笑っていた。
「さっさと出せばいいのにね。まだこの学校の身分制度を理解できないバカなのかしら」
「いや。あいつの家は貧乏らしいぜ。出したくても金はないんだろう」
そう笑う生徒たち。さらには軽蔑の視線を向けるだけで、我関せずと友達同士で話している者もいる。
「あー。練習疲れちゃった。今から授業受けたら、眠くなっちゃう」
「寝てればいいじゃん。ま、別にそれでも進級させてくれるしね」
陸上部の朝練を終えて、すがすがしそうに汗を拭いている少女と
友達と仲良くファッションについて話している派手な少女が笑いあう。
さらには、同じく友達が少ないながらも,孤高を保つ者もいる。
「この学校はちょっとぬるすぎますね。私は将来日本の裏面を支える立場になるので、勉強しておかなければ」
真面目に授業の予習をしている少年は、教室の騒ぎを無視していた。
「なんだか、かわいそう。普通の学校にいっていればよかったのに」
そして、ちょっと「彼」に同情の視線を向けている、保険委員の少女がいた。
その時、端整な顔をした美少年が立ちあがって、脅していた少年の肩をつかむ。
『それくらいにしておけよ。ほどほどにな。どうせこいつは特待生なんだから、金なんてもっているわけないんだから」
「わかっているよ。だから困っているのが面白いんじゃねえか」
乱暴な少年はニヤニヤ笑いながら無理やり気弱そうな少年の財布を奪って中を見るも、舌打ちする。
「はは、なんだよ。小銭しかはいってねえじゃねえか!貧乏人め!」
大笑いしながら財布を少年にぶつける。
周りのクラスメイトたちからも笑い声が巻き起こった。
このクラスは上流階級の生徒たちがかよう特別クラスである。その中に放り込まれた特待生の彼は、全員からサンドバッグにされていじめられていた。
その時、教師が入ってきて教壇に立つ。
「ホームルームをはじめるぞ……なんだ?なにかあったのか?」
太った少年を見つめてわざとらしくきく。
「あいつが女子生徒に痴漢しようとしたんで、俺が止めたんです」
殴られてぼろぼろの太った生徒を指差して、乱暴な生徒が自信満々に告げた。
「そうか。あいつが悪いということだな」
「ええそういうことです」
教師と乱暴な生徒は一緒になってニヤニヤ笑う。
「しかし、まあ、ほどほどにしろ。自殺でもされたら迷惑だからな」
「はい」
乱暴な生徒は素直に返事をして、席に座る。
教室は再び生徒たちの笑いに包まれた。
そのとき、いきなり彼らの足元に巨大な魔方陣が浮かび上がる。
「な、なんだ?」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
突然教室にあいた空間の穴に、七人の生徒たち吸い込まれていった。
気がつけば、三角形の魔方陣が地面に描かれており、それぞれの辺に、男女二人ずつの人間がぽかんとした顔でたっていた。
その中央にも一人の太った少年が倒れており、全部で七人である。
全員が一糸まとわぬ裸状態である。
「な、なにが起こったんだ?」
動揺する彼らに、威厳たっぷりの男が声を掛けてきた。
「よく来てくれた。天界を救う勇者たちよ」
こうして、「彼」を含む七人は世界の救世主として、異世界に召喚されたのだった。
「い、いったい何が……?ここはどこだ?」
美少年が声を上げると、多くの美しいメイドが駆け寄って、綺麗な服を着せた。
七人が服を着ると、メイドたちの後から輝くような金髪をした美少女が現れて一礼する。
「人界の勇者様。私からお話しさせていただきますわ」
少女はにっこりわらって説明をはじめた。
「改めて挨拶させていただきます。私はアイリス。この天界であるシャングリラ世界を治めさせていただいております。六人の勇者と、荷物もちの方々よ」
「荷物もち?」
三角形の中心にいた気の弱そうなメガネの少年が声を上げる。
それを聞いて、少女はうなずいた。
「そうです。まず美しき勇者と、可憐な鞭使いを」
美少年と、派手な少女に目を向ける。
「次に、彼らを補佐する者として、強き戦士と、活発な盗賊を」
動揺して暴発しそうな様子の乱暴そうな少年と、スポーツ少女に目を向ける。
「そして、賢き魔導士と、心優しき聖女を召喚したのです」
賢そうな少年と、優しそうな少女に目を向けた。
「勇者たちよ。我らを苦しめる、悪の魔王を倒してください」
部屋にした貴族や騎士たちは盛大な拍手を向ける。
ここまで呆然としていた少年少女たちも、だんだん何が起こっているのか理解しはじめた。
「な、なんで俺がそんなことを……」
抗議しようとした、勇者扱いされた美少年の手に、赤いルビーがついた剣が王から渡される。
「すまぬ。だが、わしらは人界のお主らに頼むしかないのじゃ。その礼はする。望むままの富をそなたたちに与えよう」
「お金をくれるの?」
鞭使い扱いされた派手美少女が目をキラキラして聞いてくる。
「ああ、もちろんじゃ。我らは人間界とはくらべものにならぬほどの富を持っておる、報酬は思いのままじゃ」
王が合図すると、キラキラとかがやく水色の宝石がちりばめられた豪華な鞭をもったメイドがやってきて、少女に渡す。
派手目の少女はその服の美しさにうっとりとなった。
「断る。金なんかいらねえよ。帰してくれ」
「そうよ!」
乱暴な少年とスポーツ少女が暴れだしそうになるが、貴族たちに押しとどめられる。
「はっはっは。元気がいいな。だが、ちゃんとお礼はしよう。金以外のな」
パチンと指を鳴らすと、かわいらしい少年少女がやってきて、乱暴な少年とスポーツ少女を取り囲む。
「お兄ちゃん。お願い。私たちを助けて」
乱暴な少年の手に、小さな美少女がそっと黄色い宝石がついたナックルを渡す。
「あ、あの、お姉ちゃん。なんでもするから、僕たちを助けて」
幼い犬耳の美少年が、緑色の宝石がついた短剣をスポーツ少女に渡した。
「ちっ……仕方ねえな」
「わかったわ」
乱暴な少年とスポーツ少女は、可愛い幼児と動物のコラボレーションにすっかれその気になってしまった。
「ちょっと待ってください。僕たちは納得できません」
「……こわい。お家に帰して」
賢そうな少年は口を尖らせ、優しそうな少女はおびえて泣き出す。
しかし、王女はニヤリと笑って、少年に黒い宝石がついた本を差し出す。
「この本を使えば、魔法が使えるようになりますよ」
「魔法だって?」
それを聞いた賢そうな少年が、目を輝かせる。
「ふふふ……魔法とは世の理を捻じ曲げる禁断の知識。それを手に入れて、神に近づきたいとおもいませんか?」
王女のささやきに、賢そうな少年は少し考えてうなずく。
「……いいでしょう。異世界の未知の魔術を学んで力をつければ、僕が後継者になれるかもしれませんからね」
すっかりその気になって本を広げる賢そうな少年。
「ま、まってください。私は、その……」
優しそうな少女が抗議したとき、一人の傷ついた騎士がその場に入ってきた。
「ほ、報告させていただきます……魔王の軍勢が近くまでやってきて……我々も必死に抵抗したのですが……力及ばず……」
そこまで言って、力尽きて倒れる。
騎士の頭から出た血が、魔方陣をぬらしていった。
「だ、大丈夫ですか?」
心優しき少女は、あわてて騎士にかけよる。
その騎士は少女の手を握ってつぶやいた。
「勇者様……何卒お助けください。魔族に攻められて、多くの人が傷つき苦しんでいます」
そうつぶやくと、苦しそうに目を閉じる。
少女の心に深い同情心が沸き起こった。
「だ、だれか、彼を助けてあげてください」
少女がそう叫んだとき、王女がやってきて、白い杖を渡す。
「心を沈めてこの杖と同化なさい。新たな光の聖女となるべきあなたなら、この光の杖が使えるはずです」
杖を受け取った少女は、頭の中に治療魔法の知識が入ってくることを感じる。
無意識のうちに杖を掲げ、呪文を唱えた。
「ハイヒール!」
杖から白い光が発せられ、騎士を包む。
すると、彼が負った傷がどんどん癒えていった。
「奇跡だ……」
集まった王侯貴族たちは、目の前の奇跡に感動して祈りをささげるのだった。
「え、えっと……それで、俺は?」
三角形の魔方陣の中央にいた気弱そうな少年が声をあげると。初めてそこに彼がいたことを気づいたように王女が視線をむける。
「忘れていましたわ。あなたは彼らの従者として、荷物を運んでください」
神官の美少女は、つまらなさそうに茶色い宝石がついた小汚い袋を投げ渡す。
それを見た勇者たちは、思わず笑い声を上げた。
「荷物もちって……」
「プッ、何だかお似合い」
ひとしきり笑ったあと、彼らは気弱そうな少年に関心を無くして、自分に与えられた伝説の武器をうっとりと眺める。
「そ、そんな……」
「さあ、パーティをはじめましょう」
王女の言葉により、盛大なパーティが開始される。
勇者となったクラスメイトたちは、王侯貴族たちにかこまれ、ちやほやされる。
しかし、荷物もちとなった少年だけは無視されてしまうのだった。
ちよっと変わった異世界シリーズです。召喚される勇者ではなく、召喚する世界そのものが主人公となります