気がついたら
ある日の朝。ふと我に返ったら俺の名前はタイクになっていた。苗字なんて無い。ただのタイク。一般庶民の農家の次男。
しかもいつの間にか六歳だった。
いや、タイクとしての記憶はあるよ。三年分くらいだけど。だからここの言葉も、魔力の使い方もわかってる。
俺の日本での記憶と、ここに生まれる前の会話を思い出してちょっと混乱したけど。
ここはヤーファという村で、大きな港町であるカシャの近隣村。海へは村二つ分離れているから(徒歩だと一泊二日くらいはかかる。馬車だと丸一日くらい)、漁師はいない。農民だけの村だ。
カシャや、カシャに入港する船が買い入れる農作物を供給する村の一つ、という位置付け。代わりに干し魚や塩漬け魚を買って戻る。
作っているのは小麦と大麦、野菜色々。
どこの家でも馬と牛を二、三頭は飼っているから飼料としてエン麦とカブ、人参、牧草は必ず作っている。
牛乳は冷蔵庫が無いのでヨーグルトかチーズに加工する。あとバターも作るけど、一度に出来る量が少ないから数ヶ月分貯めて売ってる。
鶏を飼っている家も多い。うちも十羽くらいは飼っている。雄鶏は一羽を残して肉にするし、卵は食べたりある程度貯めてからカシャに持って行って売ったりする。
それからヤギと羊は隣の村のと一緒に飼育してもらっている。ヤギ飼い(羊飼いでもある)は年に一度、ヤギ乳と羊乳のチーズと羊毛を預けた頭数に合わせて預けた家に渡す。飼育代はチーズと羊毛からその分を引いている。ウチはヤギを二頭、羊を三頭預けている。
どこの家にも地下室があって、そこは涼しいからバターとか干し肉なんかはそこで保存する。
納屋にも地下の貯蔵庫があって、凍ると傷むジャガイモとかの作物をしまうようにしている。
無論家畜の為の飼料小屋があるし、麦にも穀物小屋がある。
この辺りは林があるので木材には余裕がある。たまに船を作る船大工に売ったりもするそうだ。
俺の父さんはサハ、母さんはリリー。兄さんのオルフは五つ違いの十一歳、妹のリナは一歳。
兄さんは午前中に村の集会所へ行き村長から文字と計算を習っている。
大体十歳くらいから文字と計算を習い始めて三年くらいで終えるらしい。
どんな仕事に就くにしても文字と足し算引き算くらいは必要だから。
家や畑、家畜を継ぐのは基本長男だけ。長男が他の職に就きたいとかじゃない限りは。一家を養っている畑や家畜を子どもたち全員に分けていたらあっという間に食えなくなるから、次男以下は村を出て、生きていく為に仕事を探さないといけない。
病弱で仕事ができない子どもは結婚しないことを条件にずっと家にいて養われるけど、例外もいいとこ。
まあその長男が死んだりすると、その時点で家にいる年長の子どもが継ぐことになる。出て行った子どもに連絡する手段が無いからだ。
女だって裁縫、糸紡ぎ、機織りくらいは出来ないと嫁の貰い手がな…。うん。男は力仕事をする人が殆どで労働時間も長いから、家事を手伝うっていっても限度がある。人力と馬や牛の力しかないって大変なんだぞ。
それに結婚したとしても保険とか保証とかが無いこの世界で夫を亡くしたら何らかの技術を持ってないと。
農業を女だけでするのはまず無理。息子がいればそいつが一人前の農夫になるまで、人を雇って畑その他の維持をしてもらうことになることが多い。又は村の共有地扱いにしてもらって分け前をもらうか。
でも、そんなもの微々たるものだから何かしら稼げないとやっていけない。人件費って結構かかる。
それに女だって村内で貰い手が見つからなければ村の外に出る。町の食堂や機織りや裁縫なんかの工房で仕事をする人が多いと母さんから聞いた。
まぁとりあえず。家を出される十三、四歳くらいまではおとなしく農作業を手伝うとしよう。
野菜を育てたり動物の世話をするのは嫌いじゃないしな。