塾長
石造りの建物の、重たそうな木の扉の脇に小さい鐘とハンマーが下がっていたからそれを鳴らす。
しばらくして扉が中から開いた。金色にも見えそうなほど薄い茶色の髪に明るい青い瞳のおじさんが俺を招き入れる。
「初めまして。薬師志望のタイクという者です。入塾したくて伺いました。」
「薬師志望とは。ポーションならば誰でも作れましょう?わざわざこのような所に来なくても。」
「あの、魔力を回復する薬はありませんか?頭痛や腹痛を癒す薬は?発熱や喉の痛みに効く薬は?」
「…あなたはそのような薬を作りたいと?」
「はい。」
「…一から作る努力が必要でも、ですか?」
「え、研究とかしていないんですか?」
「薬草を畑で作れるようにする研究は盛んですし、上位ポーションの作り方の工夫をする人がいます。また魔物除けの香の研究をしている人も。効果的な癒し魔法の研究をしている者も。けれどもあなたの言うような薬の研究をしている者はいません。頭痛も腹痛も発熱もポーションで治りますし。」
「…そうなんですか?」
「でも症状ごとにピンポイントで効く薬というのは面白い発想ですね。魔力を回復させる薬が出来れば画期的です。僕と一緒に研究してもよければ、僕の助手として入りませんか。僕はここの二代目塾長であり、初代塾長パニージ・バッケ・ローアルエムの養子になって名を継いだパニージジュニアです。ジュニアとお呼びください。」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。」
俺はこの家でジュニアの弟子として入ることになった。
この家の一階部分は教授の合同実験室、合同の薬の調合室(でもあまり使われない。国とかに頼まれて大量のポーションを作る時に使う)、薬や薬草の倉庫と図書室。つまり学校の施設だ。
二階部分は生徒の居室と厨房、食堂。
三階はジュニアの自宅なんだそうだ。
二階に住んでいる生徒は六人。皆男性。ここに住む生徒は複数の教授に師事しているとのこと。魔法と薬のことを並行して学んでいる人たちなのだそうだ。
教授はジュニアを除くと男女合わせて八人。
以前、学校だった頃は生徒と教授とが一緒に男女別の宿舎に住んでいたんだけど、教授が結婚して家庭を持ったり(教授同士で結婚というのはなくてギルド職員とか外部の人と結婚してるらしい)して宿舎では生活し難くなった。
そうしてどうしても同居するには教授と相性が悪い人だっている。それで教授がそれぞれ家を持ち、生徒は基本この館の二階に住まわせることになったのだと説明された。
それでも出来るだけ教授の家(教授個人の研究室が家の中にある)の近くで生活することを望む生徒が出て来たから二階建ての家はそうした生徒のシェアハウス。一階と二階で出入口も分かれているのが何軒かあって現在全部で十八人ほどが住んでいる。シェアハウスは平屋の教授の家(兼研究室)の敷地内に建っているそうだ。
俺の部屋はどこになるのかな?
と思いながらジュニアについていくと、ジュニアは三階へ続く階段を上り始めた。え?
階段を上ると、屋上だった。屋上には花壇が作られていて、果樹や野菜などが植えられている。その向こうに平屋があって、それがジュニアの家。
「助手として一緒に研究すると言ったでしょう?」
うん。言ったけど。まさか一緒に住むことになるとは思ってなかった。
「今、私の生徒はいないんです。一人は数ヶ月前にここを引き払いましたし、もう一人いた生徒もこの間郷里に帰ってしまって。だからあなたには家事もお願いしたい。」
「頑張ります。至らないところはご指摘ください。」
ジュニアは家の扉を開けて俺を招き入れた。彼の後について居間のテーブルを挟んで椅子に腰掛ける。ジュニアは向かい側のソファに座ると口を開いた。
「それに。タイク、あなたに尋ねたいこともありますから。」