08話 約束
少し短めです。
ことりはその後も師匠と共に沢山の魔法へトライし続けた。
そしてクウの部屋で落ち込み続けた。
メイド少女の号泣も今日で四日目に突入している。
「そもそもマジティアージュになってどうすんだよ?」
煩さにも慣れ、無視を決め込んでいたクウが、ぽつりと呟いた。
ことりは自分がまだまだ子供だと理解している。
母のように新しい魔法を研究して、皆の役に立つ仕事をしてみたい。
事故から自分を救ってくれた人のように、魔法で自分も誰かを助けたい。
大きくなったらテンの仕事を魔法でもっとお手伝いしたい。
将来を考えた時に、頭に浮かぶものが多すぎる。
けれど――たった一つだけ、譲れないものがあった。
「……叶えたい願いがあるんです」
ことりは泣きやむと、芯の通った声で答える。
魔法を人々の為に研究していた母に憧れ、幼いながらに決めた目標――
今では夢の中でしか会うことのできぬ母との最後の誓いを。
「マジティアでまゆたまを鍛えてマジティアージュになる。
そしてイヴレコードで皆を笑顔にする凄い魔法を教えてもらう。
それが私の夢で、お母さんと交わした約束なんです!」
夢を追い続けることが、少女にとって母にできる最後の孝行なのだ。
母親の笑顔を思い出すだけで、ことりはいつだってがんばることができる。
そう言い切る少女を、クウは生暖かい眼で見つめていた。
「魔法で笑顔にね……具体的にどうすんだよ」
「パーッとです」
「具体的って言葉の意味わかる?」
相変わらず気合と結果が反比例する少女に、クウは拍子抜けしてしまう。
けれど、ことりは「きっと大丈夫です」と自信を持って伝えた。
なぜなら彼女は信じている。
母の与えてくれたこの言葉を――
「魔法は皆を幸せにする為に生まれてきたんですから」
「……」
ことりの言葉から、しばしの静寂。
なぜか急にクウが黙り込んでしまった。
何か気に障ったのかと、ことりが不安げにクウの顔を覗き込んだ瞬間――
「あるぞ……お前に使える魔法」
突然、返ってきた言葉に「ふへ?」と、ことりから変な声が漏れた。
「ク、クウさん、今なんて」
「お前にも使える魔法があるって言ったんだ」
少女は頬をつねって耳をかっぽじる。だが夢でも聞き間違いでもないかった。
「ほ、本当に私にも使える魔法があるんですか!?」
「間違いなく使える。というか世界中でお前しかいないというか……」
なぜかクウの頬が赤らみ、声が小さくなったせいで後半はよく聞こえなかった。
けれど、魔法があるというのなら―――
「それ、私にください。今すぐに!」
「今はまだ無理だよ。お前、再来週が誕生日だったよな。その日まで待て」
「ええっ、まさかの誕生日プレゼント!? 人でなし・ロクデナシ・甲斐性なしの三拍子の揃ったクウさんがプレゼントですか!」
「驚きつつもちゃっかりディスるな。動揺するポイントそっちかよ」
「いえ、ください。欲しいです!嘘じゃないですよね。意地悪なクウさんですら認める、私にも使える魔法なんですよね。約束しましたからね。やったぁー!!」
彼があるというのなら、自分に適合する魔法は本当にあるのだ。
性格は少々アレだが、魔法の知識に関してはクウのことを信用している。
だからメイド少女は、ぴょんぴょんとその場で軽快に飛び跳ねて歓喜を表す。
嬉しすぎてことりのニヤニヤは止まらない。
「お礼に、ニートが働くようになる呪文もイヴレコードで訊いてきますね」
「なにその死の呪文。超こわい」
謎のダンスまで加えた少女の喜びは、その後もしばらく続いていた。
師へ報告に向かう慌ただしいことりの足音が彼方へと消えていく。
ちょっぴり早まったかという考えがクウの脳裏をよぎったが、後悔はない。
むしろほんのりとした心地よい高揚感に少年は浸っていた。
「ふふふ、ついに決めたか」
お気に入りのカイゼル髭を擦りながら、テンが顔を覗かせる。
「選んだのはあいつだよ。さっさと諦めていれば、俺もその気にならなかった」
「お主の根負けじゃのう。本人がわかってない所が愉快痛快じゃ」
クウからすれば、面白くもなんともない。むしろなんか悔しい。
「あんたはいいのか? 立場的にまずいだろ」
「別に契約自体は好きにしたらええわい」
たいした問題ではない。と老人は問題を鼻で笑い飛ばす。
「ただし、その先に進むというのなら……全力で邪魔をするだけじゃよ」
決して手加減はすまい。重くなった声色が、そう語る。
「ほえ面かかせてやるよ。俺達の魔法でな」
対してクウは、上等だ……と鋭い視線をテンへと向けた。
この三年間、待ち続けた瞬間が――
そして少女の伝説が始まる瞬間が、間近に迫っていた。
次話にて運命の誕生日です。