06話 魔法のルールを答えるのじゃ!
魔法についての説明回です。
「行き詰った時は、愉快痛快に基本からおさらいじゃ」
おほん、と咳払いをしてテンは授業を再開する。
ゲームを強制終了されたニートが野次を飛ばしてくるが、相手にしてはいけない。
「では、ことりよ。現代魔術において、最初に必要なものを答えなさい」
「えっと、まずは基本となる術式の込められたマナストアです。皆さんはマナストアに記憶された魔法の力を体内に取り込んで術を使っています……のはずです」
自信がないので、声音が尻すぼみになるのはもはやご愛嬌だ。
ことりの出した答えに対し、テンは「正解じゃ」と上機嫌に頷いた。
「我々、魔導師は様々なアイテムをマナストアに設定し、そこに術の核を保管しておる。基本術式と呼ばれるその核を経口摂取にて取り込み、肉体を扱う魔法の色に染め上げる。
それが魔法使いの第一歩じゃ」
ことりが適正検査を受けたのも、この部分に起因する。
魔法の使用には必ず身体を媒体にするため、器に見合った術の属性やレベルが存在する。
術式に適合する肉体の才能が魔法使いには必要不可欠なのだ。
「ははは、まさか相性がゼロだとは思いませんでしたね……」
「かっかっかっ、予想の斜め下をいかれたわい」
少女は自嘲気味に、老人は底抜けに明るく笑いながら感想を述べた。
最初の一歩で躓いているので笑い事ではないが、体質だからどうしようもない。
「気を取り直して、次は術の使用じゃな。体内へ術を取り込んだ後、その力を自在に扱うために必要なものとは一体、何じゃったかのう」
湿った気分を振り払うように、ことりは大げさなアクションで答えを叫んだ。
「魔力の源である言霊と、必殺技の出せる儀式札です! マジティアで魔法使いの皆さんが使っている姿はとっても格好良いです!」
マジティアでもギアカードを使うシーンは、特にことりのお気に入りだ。
憧れの選手のフォームをこっそり部屋で練習していたりもする。
弟子の解答と同時に、テンはマナストアである腕輪へ軽く口付けを行った。
すると腕輪から淡い光が体へと吸い込まれ、白銀に輝く教鞭が手のひらに顕現する。
これが魔術の初期起動だ。
「魔力とは、すなわち強い想いから生まれる魂の力。
そしてより巨大なエネルギーを得る為に、自身へ掲げる志を言霊と呼ぶ。
例えばワシの場合は、普段から口にしとる『愉快痛快』が言霊じゃ」
「私も魔法が使えるようになったら、御館様と同じ言霊にする予定です!」
「ふふふ、気持ちは嬉しいが、言霊は人それぞれじゃよ。
己が魂を象徴する言葉。それこそが言霊となりえる条件じゃ。
文字を真似たところで、魂の奮わぬ模造品では己の真の力を引き出すことはできんよ」
残念がることりの前で、テンはタロットサイズのカードを取り出した。
それは魔法を操る命令式の込められた札、つまりギアカードだ。
肉体の基本式とギアカード。二つの組み合わせにより魔術は行使される。
テンはカードへ魔力を注ぎ込むと、力を解放するキーワードを唱えた。
「ギアカードオープン 砂球舞」
すると振り出した教鞭の先に巨大な渦が発生し、砂の球体を生み出した。
その場でふわふわと浮遊する砂の魔球へ、ことりは「おおー」と拍手を送る。
これがテン・セルツアーの得意とする砂の魔法だ。
「ここまでが基本的な魔術行使の流れであり、そして一般人と魔法使いの境目でもある。市販されとる魔法グッズで遊ぶ程度ならば言霊も、ギアカードもいらんしのう」
ことりが魔法使いという人種を目指す為に、必要なものは三つ。
マナストアと言霊、そしてギアカードだ。
「もうすぐ十三歳になるのに何一つ揃っていません……」
これは同世代の中でも致命的な遅れだ。
むしろ検査の結果が出た時点で、本来ならば諦めるのが正しい選択なのだろう。
それでも、ことりを突き動かしているのは大切なあの日の思い出だ。
『私、絶対にマジティアージュになるね』
それは小さな頃に交わした母との約束であり、ことりが目指した夢なのだ。
胸の奥でいつまでもキラキラと輝く魔法への憧れが、ことりの心を奮わせる。
「それでも私は諦めたくありません! 絶対にマジティアージュになってみせます!」
その為ならどんな特訓だって耐えてみせる。そう心に決め、闘志を燃やす。
息を荒げる諦めの悪い愛弟子へ、テンは満足気に相槌を打った。
「その意気じゃよ。魔法とは突き詰めてしまえば己の心を具象化する力――
信じる気持ちで常識を超え、渇望する心で奇跡を掴め。さすれば魔法使いの魂『まゆたま』はより鮮烈に輝き、お主はいずれ万物の理を得ることになるじゃろう」
「よくわかりませんが、とにかくがんばれということですね!」
「思ったより端折られてしもうたが、可愛いから許すぞい。愉快痛快じゃ」
少々残念な理解力の少女と、大柄な老人は互いに笑顔を作った。
そして師弟は庭先にずらりと並べられたマナストアへと視線を向ける。
宝石や指輪、腕時計や人形など。これらはすべてテンの用意した物だった。
クウのせいで中断していたが、二人はことりに使える基本術式を探していたのだ。
「ここにあるものは全てルーカディアのデータバンクに登録されとらん秘術じゃ。
つまり今回の検査でお主との相性はまだ確認されておらんのものばかりである」
「この中に……きっと私にも使える魔法が……」
「その通りじゃ。ワシが世界を巡って集めた秘密のコレクション、数にしておよそ千……。これを全て試し、下手な鉄砲も数撃てば当たる作戦を行う」
ニヤリと笑みを浮かべる師に向けて、ことりの答えはたった一つ。
強い意志と決意を胸に秘め、少女は一歩を踏み出した。
さて結果はどうだったでしょうか?
次話へ続きます。