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54話 祈り

 突然、パリンとガラスの弾けるような音がした。

 すると皆の体に青い電流が走り、糸の切れた人形のように大地へと崩れ落ちる。

 うめき声をあげるルイ達の首筋には魔方陣が再び浮かび上がっていた。

 ドロウも同様に苦しんでいる。無事なのはことりだけだ。


「マジかよ……なんで止まってねえんだ!?」

「クウさん、一体何が起こっているんですか!?」

「魔力の吸収が止まってねえ。いや、むしろ加速してる!?」


 同時に世界が凍り始めた。テラソフィアの内部が氷のような世界へと変わっていく。

 森も、山も、海も、砂漠も、市街地も、純度の高い澄んだクリスタルのように変化を遂げ、フィールドの至る所からは魔法使い達の苦しむ声が上がる。

選手たちからは淡い魔力の光が漏れだし、天空の魔方陣が光を吸い込んでいく。


「に、逃げろ……あの野郎……俺のことを操れないと悟った途端、ここにある魔力を何もかも食らって、無理やり出るつもりだ」


 すべてを察したドロウが、苦しみに耐えながらことりに警告する。


「それは、封印されている怪物さんのことですか!?」

「怪物なんて生易しいもんじゃない。あいつは……」


 すると大量の魔力を吸収した方陣が光り輝き、天空の扉を開く。

 澄み渡る青空は黒く淀み、暗雲立ち込める天に光の亀裂が生まれ――

 裂かれた空間から、存在を覗かせたのは――


 空を埋め尽くす程に巨大な『眼球』だった。


「奴はかつてまゆたまを食らう為に様々な異世界を滅ぼしてきた暴食の魔神だ。

 この世界を救う為、創世の魔女イヴによって討ち滅ぼされた後、その身を五つに分かちて封印された奴の名は、魔神ミストフレア。あれはその一つ、奴の『瞳』だ」


 天を見つめるドロウの表情が、みるみる絶望に染まっていく。


「ミストフレアの瞳は全てを凍らせる眼といわれている。

 奴はここにいる者を……全員凍結させ、そのまゆたまごと食らう気だ」

「あれは……あの時の……」


 ことりに過去の記憶が蘇る。飲み込まれていく母を追いかけたあの時、穴の向こうで自分を見ていた瞳だ。どんなに泣き叫んでも全てを奪っていく少女の恐怖の象徴だった。

 かつて刻まれた絶望がことりの心を蝕み、無意識の防衛本能が自らを抱きしめさせる。


 あの時のように……また奪われる……そんな畏れの思考が視界を覆ってゆく。


「に、逃げなさい……ことり、クウ。すぐにテラソフィアの外へ出れば、あなたたちだけでも助かるわ!」


 恐怖で目を閉じかけていたことりの耳に、掠れるようなルイの声が響いた。

 苦しそうに蒼ざめるルイの顔を見て、ことりの中である想いが生まれる。


「だとよ……どうする相棒?」


 逃げ出したい。泣き叫びたい。今すぐお屋敷に帰って義父の胸に飛び込みたい。

 でも――皮肉交じりに問いかける少年の声に背中を押され、少女の心に炎が灯る。

 なぜなら見てしまった。そして思ってしまった。故に、自ら立ち上がる。

 だって、ことりの願いはいつだって――


「逃げたくない……私は、皆さんを守りたいです。

 だって、これからもずっとマジティアで……この場所で笑っていて欲しいから!」



 逃げることでも、助かることでもない。少女はただそれだけを祈った。







 中継を通し、ルーカディア中の国民が異端の現象に恐れおののいていた。

 会場ではパニックが起こり、ガーディアンクル達が事態の収拾を行っている。


「テン執行官。予想をはるかに超えたエネルギーです。このままでは結界が破られます」

「耐えるんじゃ。もうじきに目覚める」


 封印処理を指揮するメガネの女性のガーディアンクルが叫び、テンは答える。

 封印班が次々と力尽き、見守る者達の脳裏に絶望の文字が浮かぶ中で――


「安心せい。こういう窮地にこそ、あの子のまゆたまは真に光輝くのじゃ!」


 老人が不敵に微笑んだ瞬間、仮想世界が強烈な紅色に染まった。







 異世界の魔神ミストフレアの一部、凍れる神の瞳。

 目撃しただけで人々は嫌悪感に肌を逆なで、悪意に満ちた魔力に全身が蝕まれる。

 封印された異空間の裂け目から、巨大な青い眼球は醜悪な血管を浮き立たせ、何度も何度もぎょろぎょろと、厭らしく舐るように餌のまゆたま達を値踏みしている。


「捧げよ。我にまゆたまを捧げよ。さすれば破滅をもって汝らに救いを与えよう」


 声ではない。まゆたまに直接響く、鳥肌がたつような呪いの祝詞が心をざわつかせる。

 殺される――全ての魔道師があらがいようのない現実に心が折れていた。


 魔神に睨まれた世界は人間以外の全てが結晶化を終え、世界が凍った様に停止する。

 残りは極上のまゆたまを食らうのみ――そして魔神は、とある少女に目をつける。


「食らおう……汝を食らおう」


 純粋なる想いに光を灯し始めたまゆたまが、かつてないほど美味であると予感させる。

 だが同時に、少女の隣でドロウの驚愕の声が木霊していた。


「馬鹿な……さっきの魔力が最大値ではなかったのか!?」


 再び輝き出したまゆたまの強烈な光と、少女から湧き出る底すら見えぬ魔力――

『勇気』それは前を向いて歩き続けてきた少女に宿った魂の言葉。

 テラソフィアを通し、ルーカディアに住む全ての者達が少女の奇跡を目撃する。





 

 皆を守る力が欲しい。皆の笑顔を守る力が欲しい!


 ルイさんに、フィーリアさんに、御館様に、ドロウさんに笑っていてほしい。

 ここにいる皆に、ここにいない皆に、笑顔でいてほしい。


 それが私の我がまま。私の願い――その為の力を貸してほしいの。


 私とクウさんの中にいるあなたのことを、いつか皆に紹介したいから

 あなたは皆を幸せにする為に生まれてきたと……胸を張って伝えてみせるから


「だからお願い……私の願いを叶えて!この祈りを、形にして!」


 あなたを愛している。あなたを信じている。

 だからこそ私は力の全てをあなたに託せる。


「皆の笑顔を守ってみせる! 私は絶対に……諦めないんだからぁー!!」


 絶望の中で唯一輝く希望は魂に神々しい炎を授け、真紅の光が脈動を打つ。

 そして――崇高に燃え上がる『まゆたま』に答え、その奇跡は生まれた。






 

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