50話 飛翔の刻
ミスジャッの姿を解除し、ドロウ・フォバーは空に向けて魔法銃の引き金を引く。
放たれた法力は彼の頭上で花火のように弾けると、巨大な魔方陣を天空へと描いた。
「くっ、選手ばかりに気を取られてた……こんな単純なこと……」
刻印により体の自由を奪われたルイが、息も絶え絶えに己の過ちを悔やむ。
「見落としていただろう……だが気にすることはない。これが意外と引っかかるんだ。
一度、クロイデュオスの力を目の当たりにした者――その中でも特に魔道師は自然とこう考えてしまう。『魔術をコピーできるのだから、魔術師に成り代わる』とな」
ルイ達の頭の中でフィーリアに変身した瞬間の映像が再生される。
そして刻まれていた。魔術すらも真似るという強力な力を『使わないはずがない』と。
「そうすると、途端に見えなくなる。このフィールドにおいて魔法も戦闘力も持ち合わせないもう一人の参加者のことがな。おかげで刻印を付け放題だったよ」
「まさか……あの時、その宝具を使って見せたのも……」
「全てこの為の布石。だがこれは常に使える手ではない。慣れた輩には通じんし、生まれる油断もわずかなものだ。しかし幾多の戦いを経験した俺は確実にその隙目を広げ、そして染まりこむ。それ故のカラーレス。ただ姿形を変えるだけの輩ではこの名は名乗れん」
仰向けに倒れているフィーリアが、苦痛と悔しさでまぶたに涙を滲ませる。
「ジャッジする振りをして、皆にこの魔法をかけてたのか!」
「それは封印を開く魔力を得るための吸引口であり、奴に捧げる供物である目印だ。
そしてこの石版に宿った悪魔をこの世界へ開放すれば――」
ドロウが手元に石版を召還する。すると石版は天の魔方陣へと吸い込まれて融合した。
「ミックスリードはテラソフィアごと封印するつもりらしいが……俺の術の速度は奴の想定を軽く凌駕する。危険を犯しミスリルに何度も足を運んだおかげで、会場とテラソフィアにも少しばかり細工済みだ。封印も、ここへの突入も、どうせ間に合わん」
ついにここまで辿り着いた……ドロウは空で輝く術式を恍惚の表情で見上げると、
「イナク体でも魂を食われればひとたまりもあるまい。せいぜい、そこで短い余生を過ごすんだな……そして俺は災厄をもたらすことで、世界へ証を示してみせる」
うめき声をあげ続ける魔女達を残し、ドロウ・フォバーは下品な高笑いを掲げて目的へ進む。額に残された十字傷に疼きを覚えながら、彼は最悪の魔術の起動を開始する。
「ほ、本当にミスジャッジがドロウさんなんですか!?」
「ああ、間違いない。俺にはわかる」
「とにかく急ぎましょう。ルイさん達が危ないです!」
元凶の魔術師の在り処を知り、真っ先にテンへと連絡を試みたが繋がる気配が無い。
ならばもう直接行くしかない。ことりはものの数秒で身支度を整えていた。
いつかルイ達と見せ合った紅いセーラー服のスカートをなびかせて庭先へと飛び出し、明るい太陽の日差しの下でクウと向かい合うと――
「じゃあ、するぞ」
すすすーと思わず距離を取って逃げる。
「この状況で拒むな、マジで時間がないんだぞ!」
「わ、わかってはいるんです。でも私の乙女心が勝手に」
「我がまま言うな」
「魔法使いさんは皆、すごく我がままです!」
「名台詞を悪用すんな」
そしてモジモジし始めることりに、クウは思わず噴出してしまう。
「そういや、お前が答えを出せたら俺の話の続きをする約束だったな」
クウは少女の両肩へ手を置くと、優しく潤んだ眼差しを向けた。
「何もかもを諦めて絶望してた。そんな俺を救ってくれたのは……お前だ、ことり」
「わ、私……ですか?」
今でもクウは、はっきりと覚えている。
いきなりアホ面丸出しで現れた女の子は、魔法を拒絶する男の子にこう言ったのだ。
「魔法は皆を幸せにする為に生まれてきた。当時の俺にとってそれは目から鱗だったよ」
それが二人の出会いであり、クウのマナホルダーとしての本当の始まり。
傷つけるだけじゃない。自分の魔法は誰かを幸せに出来るかもしれない。
そして何より目の前の少女はそれを心から信じてくれている。
だから少年は再び自分の中にある魔法の力と向き合うことができたのだ。
「お前の言葉が今日まで俺を支えてくれたんだ……魔法を渡したのはその礼さ」
伝えられた真実がなんだか誇らしくて、ことりは溶けるように頬を綻ばせた。
「えへへ、私じゃないですよ。お母さんがすごいんです」
「そうだな……でもやっぱりお前が一番さ」
同時に、クウはことりのことを引き寄せ、優しく包み込むように抱きしめた。
厚い胸板で彼の鼓動と体温とを間近に感じ、ことりは思わず息を止めてしまう。
「だって俺はお前と出会うことで答えを見つけることが出来たんだ……」
初めてみせる少年のあどけない笑顔に、少しだけ……ことりの胸がトクンと跳ねる。
「俺と俺の中の魔法は何の為に生まれてきたのか――その答えが」
吸い込まれそうな瞳が――少女を映す。
「俺達は、お前の夢を叶える為に生まれてきたんだ」
潤んだ瞳でいつまでも二人は見つめあう。互いの繋がりを心の中で刻みながら、やがてどちらともなく肩を震わせ、ゆっくりと、ゆっくりと、二人の影は近づき。そして――
「クウさん……このシーンの元ネタは……?」
「お前には一生、教えねえ」
互いに吸い寄せられるように、そっと唇を重ねあう。
優しく引き寄せられた胸にことりは自ら体重を預け、少しだけ背伸びをする。今までよりも、より甘美に結ばれた接吻が快楽にも似た痺れを生み、少女の体はぴくんと反応する。
もっと熱く。もっと深く――繋がっていたい。
流れ込む術式の熱量に溺れ、蕩けた思考に身を任せると、少女はか細い腕を少年の背に回して自らその繋がりをより強め、より求めた。彼のことをただ心の底から欲し続けた。
いつもとは違う、体の芯から熱くなる逢瀬に、身と心の全てを捧げ――
紅く輝く閃光の中で、少年と少女は真に一つとなり羽ばたいた。




