45話 ラストピース
「ダウーン。『リソグラフィア』シュヴァイ・グレートマン、『そびえる煙突』宇田川シャウラ、『十六夜の魔女』ウィズ・ドロップス、『土雷』久遠天伐、『永遠魔法少女』ミルク・ルアーム。その名を馳せる歴代実力者達がまとめてリタイアだー!!
ミルクちゃんファンの皆はリオマティア限定ミルクグッズを忘れずに買って帰れよ!」
「とうとう販促まで始めたわよ、あの審判」
「ミスジャッジはいつも仕事熱心だからねー」
商売根性たくましいミスジャッジに呆れつつも、ルイ達は更に前進を続けた。
二人は中心である市街地をスタート地点とし、砂漠、氷雪、南国エリアを突破して、現在は森林エリアへと突入している。全参加者が確認できる天空に光の文字で刻まれた人数表示は、二十を切った辺りから急激に数を減らし始めていた。
後半戦に突入し、他の選手も本格的に動き出したのだ。前半とは違い、スタミナ配分に気を使わなくてもいい状況は魔力を温存してきたプレイヤーが優位に立つ。
おかげでここまで全力全開できたルイ達は一転して苦しい戦いが続いている。
「フィーリア、まだ魔力はあるわね?」
また一つ戦闘を終えるとルイ達は木陰に隠れて、乱れる息を整えていた。
「もちろん。でも一つ問題があるよ」
怪訝な表情を向けるルイへ、フィーリアはまじめな口調で戯言を放つ。
「そろそろ飽きてきた」
「我慢なさい!」
「うへー、バルと同じこと言ってら」
そしてフィーリアはお腹すいたーと子供のように駄々をこね始める。
あまりにも情けない姿だ。ルイは仕方なくポケットからクッキーを取りだした。
「いえっふー。クッキーだぁ!」
「全く世話がかかるったらしょうがない」
クッキーをリスのように頬張るフィーリアに呆れつつ、ルイは自分の手のひらをじっと見つめる。最初に比べるとさすがに疲れが出始めた。タタロスを操る速度が明らかにいつもより遅い。これは長時間に及ぶフルパワー戦闘の代償だ。
平気そうに振舞っているが、おそらくフィーリアも同じ制約を背負っているだろう。
こればかりは仕方がないか。とため息をつくルイの口に突然クッキーがねじ込まれ――
「お嬢、ネガティブ禁止だよー」
同時にフィーリアが、ニパっと白い歯を見せる。
「このクッキー美味しいねー」
「……当然よ。ことりの作ったものだもの」
「あ、口の中ぱさぱさする。お茶ちょうだい」
「その辺の木の根っこでもかじってなさい!」
このシスターと組むのはこれっきりにしようとルイは本気で思った。
そんなルイの存在感たっぷりな胸元をフィーリアはジィーっと見つめている。
「お嬢、おっぱい出しすぎじゃない?」
リオマティア用にテンから貰った漆黒のドレスは、肩から胸元を大胆に露出したデザインになっていて、白い柔肌と渓谷の深い胸の谷間が強調されている。
デザインこそシンプルではあるが、ワンポイントで付けられたコサージュと、装飾の入ったサッシュベルトが高級感を煽り、見た目はまるで舞踏会にいるお姫様だ。
「あなたは太もも出しすぎよ」
ルイはお返しにフィーリアの脚部を指摘した。緑のショートパンツは、健康的な素肌をぎりぎりまで露出させ、面積の少ない布地は小ぶりなお尻をきゅっと引き締めている。
二人の胸に共通で刻まれた翼マークの刺繍を見ていると、「なんだか一緒のチームみたいで素敵ですね」と笑っていたことりの顔が自然と浮かぶ。
すると、フィーリアがぽつりと呟いた。
「お嬢がリオマティアに参加したのってさ、『プライド』の為だけじゃないでしょ?」
このシスターは時々妙に鋭い。ルイは肩を震わせ、拳を強く握った。
「私は……まだ何もしてないからよ」
そして向けられた覚悟を秘めた瞳で、フィーリアは全てを察する――
「そんじゃ、ラストスパートといこうか、鈍足お嬢様」
「ええ、一気に終わらせるわよ。非力シスター」
限界は近い。だが大事な者への想いが二人の足取りを軽くする。
湧き上がる気持ちを魔力へと変換し、ルイとフィーリアは混沌とする戦局へ飛び込んだ。
リオマティア残り魔道師数、現在 八名
生い茂る木々を囲むように生え揃った草花。そこに住まう動物達のさえずりは芸術的な美しさを感じさせる調和を生み出し、大自然の豊かな恵みを与えてくれる。
この偉大な森林エリアにおいて彼よりも秀でた術者は存在するだろうか。
否、レイヤ・ニードルスこそが深緑を統べる最強の主である。
「ギアカードオープン シング・レイヤ。翠緑の歌声よ、美しき者を楽園へと誘え!」
同時に周囲の植物達から生まれたのは魔道師レイヤの容姿端麗な顔面だ。モコモコと多方面から生えた顔面は敵を眠りへと誘う美声を操り、統率された合唱団へと変貌する。
強力な魔力振動を四方から浴び続け、相手の女性選手は膝から崩れ落ちた。
ミスジャッジは素早くダウンを確認し、ノックアウトの宣言をする。
ムーンライトプリンス、レイヤ・ニードルスの勝利だ。
「ふふふ、当然だよ。崇高な目的を遂げる為に僕は勝ち続けなくてはならないのさ」
ニヒルな笑みを浮かべ、彼は魔女の傍に近寄ると胸元から一枚のカードを取り出す。
「『シャーロスチ』キララ・スミス。美しき貴女へ僕から素敵なプレゼントを贈ろう」
これこそが彼の目的だ。それを遂げる為、今まで様々なお膳立てをしてきた。
「受け取ってくれたまえ」
気絶した魔女の胸元へ、レイヤが手を伸ばす。
だが、その腕が届く直前に――
「待ちなさい。レイヤ・ニードルス!!」
凛としたソプラノ調の少女の声が響き――
「いえ、やっと見つけたわ……ドロウ・フォバー」
刹那、巨大な岩石の拳がレイヤを襲った。
リオマティア残り魔道師数、現在 四名
とくん、とくんと、ことりの胸が高鳴りを告げる。
「何かが、私のまゆたまに流れ込んでくる……」
少女は魂で感じる心地よい衝動に、自然と身を委ねていた。
画面の向こうでは選手が己の魂をぶつけあい、また一つ、まゆたまの光が空を染める。
観客席にいるおっとりとした老夫婦も、流行の服を着た若者も、親に抱えられた小さな子供も、皆が瞬きを忘れて輝きに魅せられている。
「胸がきゅーっとなって、とっても暖かい何かが……まゆたまに満ちていくんです」
テレビに映し出された会場の外では空飛ぶ魔法のバイクがカラフルな煙を空に描き、同時に魔法使いが空へ何発ものイベント用花火を打ち上げている。
すぐ近くでは年頃の男の子達がウィクターの技を真似し、憧れのミニオンと同じ衣装を着た女の子が父親と手を繋いで歩いていく。オープンカフェでは大人たちがビールを片手にどの選手が勝つかで盛り上がり、皆が揃って目の前の奇跡に酔いしれていた。
心地よい陽だまりの中で巡る――人々の様相に等しく存在しているもの。
「探さないといけない……ううん、違う……!?」
ことりの中で、何かが激しく訴えかけてくる。
すると再びテレビ画面がルイとフィーリアへ戻った。
追いかけている背中と、憧れ焦がれている凛々しい姿が魔術という奇跡を起こす。
二人の魔女の一挙一動が自分の奥に潜んでいた言葉に出来ない何かを押し上げ、答えの在り処を優しく諭すように、少女のまゆたまへと語りかけてくる。
そしてルイ達のまゆたまが輝いたとき――ことりは気付いた。
「わかった……私は元々その答えを知っていたんだ」
それは探してした大切な心の一欠けら――
「えへへ……なんで忘れていたんでしょう……」
やっとみつけた最後のピースがはまる音に、ことりは頬を緩ませた。




