43話 STAND UP!
夜も更け日付も既に変わったが、さっきの出来事から時間はさほど経過していない。
つまりぶっちゃけた話、いきなり面と向かってもなんと言えばいいかわからない。
故に、ことりが取ったシンプルな作戦。それは……餌付けだ。
クウの部屋の電気がついているのを確認し、「とりあえず夜食ですね」と材料を漁った。
買い置きのある材料を見つめながら、まずは胃袋と相談である。
ラーメン。お茶漬け。サンドイッチ。色々と作れそうなものは多いが、
「うどんが食べたいですね……御揚げさんの乗った甘いきつねうどんが」
そんなことを呟きながら、クウの部屋をノックする。
まずはリクエストを訊こう。そうすれば話もしやすいはずだ。
案の定、ぶっきらぼうな返事があったので、深呼吸をしてから扉をあける。
「クウさん。あの――ぶへっ!?」
試みは一歩目で躓いた、物理的な意味で。
「……マジでお前何しにきたの?」
ずっこけたせいで鼻を押さえて蹲ることりをクウはジト目で見つめていた。
そもそもクウさんがちらかすからーと反論しつつ、ことりは転んだ原因を拾い上げる。
「本……? えーっと、ノブレスキャドーの……日記?」
難しいルーン文字で書かれた魔術書だ。タイトルだけはなんとか読めた。
たどたどしく読み上げる姿を見て、クウは少しだけ語気を上げる。
「……ルーン文字。ちょっとずつだけど読めるようになってきたんだな」
「ふふふ、私だって進歩しているんです。内容だってほら――」
勢い勇んで開いたページは全く読めなかった。超難しい。
すぐ調子にのる性格も、ことりの欠点だとクウにぼやかれた。
「でも、いつかその本は読んどけ。内容は日記とは名ばかりの小難しい魔術研究書だけど、途中で出てくるコスプレ好きの姉妹が笑えるぜ。珍しい双剣の宝具持っている問題児で、姉のポアロはアバズレだけど、妹の方は萌え萌えだった」
ぶすっとした顔のまま解説をするクウをみていると、ことりは思い出す。
初めて彼と出会ったのはこの部屋だ。
目を輝かせる幼い自分に、クウは今と同じように本の内容を説明してくれた。、
なんだかんだでクウのことを嫌いにならないのは、きっとあの時の思い出があるからだ。
そして自分はあれから、屋敷でたくさんの素敵な魔法に出会えた。
ある時は、巨大な触手魔法の実験をした――ネバネバが全身に絡みつく! 助けてぇー
ある時は、呪いでえっちな踊りを強いられ――パンツを脱がさないで! 助けてぇー
ある時は、発情した実験魔獣に襲われ――マウンティングしないで! 助けてぇー
……思い出が多少美化されるのは仕方がないことだ。
「お前、邪魔ばっかしてるな」
「足手まといのそしりは甘んじて受ける覚悟です」
少女の肩の力がふっと抜ける。いつの間にか自然にクウと会話が出来ていたことが嬉しくて、ことりは口元を笑みの形に緩めていた。
「今からお夜食を作りますけど、リクエストはありますか?」
「……きつねうどん」
ぶきっちょに呟く少年へ、ことりは嬉しそうに返事をする。。
空っぽになっていた胸の穴に、また一つパズルのピースがパチッとはまった音がした。
「皆して腫れ物にされるみたいに扱いやがって、気にいらねえ。そもそも、トラウマでいったら変な科学者にとっ捕まって解剖されかけたのも十分やばかったしな」
「う、食事中にその話題はやめません?」
「話を振ってきたのお前だろうが」
うどんをクウは乱暴に掻き込み、ことりはちゅるりと可愛らしく吸い上げる。
「めんどくせえから、リアクションすんなよ。もう俺の中では終わったことだから」
そう前提を据えて、クウは四年前の記憶を語っていた。
「あの時、目の前でくたばっていく魔法使い達に言われたんだよ。
俺なんか……俺の中の魔法の力なんか生まれてこなけりゃよかったのにってさ」
即座に否定しようとしたことりをクウは「いいから聞け」と諭す。
「だから、凹んだってよりは気になったんだ。俺も思春期だったし。じゃあ俺の力は何の為にここあるのか、俺は生まれてもよかったのか、みたいな痛いポエム丸出しでな。
だからここで引きこもって調べたんだよ。あらゆる魔術書を、何冊も何冊も……
けど、俺の望む答えなんてのは、残念ながらどの本にも書いてなかったよ」
ふと、ことりの脳裏に時々夢でみる男の子の姿が浮かんだ。
そしてそれが自分のギフトが与えたクウの記憶であると直感する。
「そっか……本当は私、前から知っていたんですね」
「……なにが?」
「秘密です。ただ意外と悪くない気分ですね。ふふふ」
シンシンパシーによる、記憶の映像化。自分だけが知っている少年のかつての姿。
不謹慎かもしれないが、なんだかクウの秘密を独占しているみたいでちょっと楽しい。
くすくすと肩を揺らすことりに疑問を抱きつつも、クウは話を続け――
「しゃーないから諦めて、当時はもう魔法に関わるのは止めようと思ったんだ。
でも、そんなときにお前が―――」
そして遮る。
「やっぱ言うのやめた。なんかむかつく」
「えー!?凄く気になるじゃないですか」
「うるせえ。とにかく、俺の中ではとっくに折り合いがついてんだよ」
続きをせがむことりを振り払い、そして開き直った。
「そんで謝る。ごめんね、ビビッたよ。ビビッてましたー。トラウマ思い出してションベン漏らしそうだったからお前に相談しないで勝手に魔法使い辞めようとしてましたー」
「うわっ、この人、可愛げがないなぁ」
これで満足か。とクウは拗ねた顔を浮かべ――
そして仕切り直した声色は、いつも通りの頼りになる彼のものだ。
「だからあとは――俺の問題じゃなくて、お前の問題だろ」
「私の……問題ですか……?」
「ドロウの件を抜きにしても。お前の悩みは必ずどこかでぶち当たる問題だったんだよ」
ことりの夢は魔法で皆を幸せにするマジティアージュになること。
けれど魔法を拒む者達にとって、魔法で幸せにするという発想はただの余計なおせっかいで……もしかしたらとても酷いことなのかもしれない。
夢と現実の二律背反は昨夜からずっと少女の頭にこびりついている。
「その問題が解決しないことには、合体してもまともな力は出せねえよ。
だから答えがいる。人から与えられたものじゃなく、お前が自分で見つけた答えが」
クウの言葉で、ことりはミックスリードと邂逅した時のことを思い出した。
あれからずっと考えている『本物の魔法使い』に必要なもの。
それはきっとクウがことりに求めているものと同じなのだ。
今日まで、母の与えてくれた言葉の力で少女は歩んでこられた。
そしてこの先、夢へと進む為にはことり自身の『答え』が必要なのだ。
「御館様が仰っていました。一つ一つ答えを出しなさいって。きっと私達はこれからもたくさんの人たちと出会って、いろんな答えを探さないといけないと思います――けど」
見失っていた道が、今ならはっきりと見える。
「その為には、まずは私が私の為だけの答えを、見つけないといけないんですね。
この先も自分の夢を追いかけていけるってきちんと思えるように」
「ああ、だから二人で考えよう。俺達が本物を名乗る為に何が必要なのかを」
クウは少女の手元に置かれた書類を指差し、
「婚姻届は、答えが見つかった時に改めて返して貰う」
「その時はクウさんの昔話の続きもちゃんと聞かせてくださいね」
ことりは茶目っ気を込めて返した。
そして二人は、結局朝まで『答え』について話し合った。
二人で話し合う。それは単純だけど、難しい。とても大切なことだった。
「昨日の今日でもう仲直りって……凄いわね、あなた達って」
二人仲良く朝食をとることり達を見て、ルイは肩透かしを食らっていた。
そして次にことりがテンから聞いたドロウへの作戦を知るやいなや――
「ふっざけんじゃないわよ!」
大激怒。彼女はお皿がすべて宙に浮くほど激しく拳をテーブルにぶつけた。
「リオマティアに出る選手を使い捨ての囮にするようなものじゃない!」
「でも御館様は万が一だって……」
「それでもよ! そもそも来るってわかっているなら片っ端で――」
途端、ルイの表情が固まる。そして急激に悪役のような悪い顔へと変化していく。
あの……ルイさん……と嫌な予感に戸惑うことりの背後から、
「行くんでしょ、お嬢」
いつの間にか部屋に入ってきていたフィーリアがルイへと投げかける。
「あたしは行くよ、リオマティアに。封印なんかさせない……あの迷える子羊をとっ捕まえてバルを起こさせないと、あたしの世話を焼いてくれる人がいなくて困るもんね」
「当たり前じゃない。そもそもおじ様がことりにこんな話をする時点でおかしいのよ」
これはメッセージなのだ。魔法使いなら自分で解決してみせろというテンからの――
「何より、負けっぱなしだと私の『プライド』が許さない」
「ま、確かにこのまま引き下がるのは『自由』じゃなくなるかもね」
二人の間でおろおろすることりをよそに、ルイとフィーリアは不敵な笑みを浮かべた。
「でも、どーする? あの変身の前じゃ、誰がドロウだかわかんないよ」
リオマティアには五十名近い選手がいる。さらにドロウの持つクロイデュオスは魔法すらもコピーしてしまうことが可能だ。紛れ込まれたら判別するのは難しい。
しかしルイは、あらあらと不思議そうにフィーリアを見つめると――
「わかる必要ある?」
口元を釣り上げ、心の底から自信たっぷりに告げた。
「なるほど、ないねー」
脳筋からの解答の意味を察し、フィーリアはくすくすと面白そうに同意する。
ルイの答えは至ってシンプル――
「もし試合中に何か怪しい動きをしている奴がいれば、そいつがドロウ……
かといって、『あなたがドロウでしょ』なんて言っても、素直に正体を明かすわけもない。
だったらテラソフィアの中に立っているのが私達だけになれば全部解決よ!」
交差する視線と共に、天空と大地の魔女達は声を揃えた。
「「全員を片っぱしからぶっとばす!」」
いよいよこの日が訪れた。
着実に準備を進めてきた男はニヤリと口元を吊り上げる。
この日の為に用意した特製のカードを懐へと忍ばせ、これで準備は万端だ。
さあ、始めよう。今日という日に相応しい催しを。自らの手によって――
すると背後から、がちゃりと扉が開く音がする。
振り向かなくてもわかる。彼は自分の協力者なのだから。
「兄貴。準備できたぜ、コラ」




