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41話 終わり


 ことりが目覚めたのはそれから二時間後のことだった。

 真っ先に飛び込んできたのはルイのくしゃくしゃになった泣き顔だ。


 テンの秘密のアルバイトのこと、お兄さんのこと、そして自分のギフトのこと。

 たくさんの初めて知ることに、ことりは戸惑いを覚えていた。


 バルはまだ目を覚ましていない。話によると精神凍結呪文を受けているらしい。

 多彩な術を保有するドロウによって複雑に編まれた式は、並みの解呪法では太刀打ちできず、現在ルーカディア中の解呪師をあたって解決策を探しているそうだ。

 今のところ命に別状はないという点だけが少女をほっとさせてくれた。 


 その後、ことりのケアをしてくれたのは眼鏡をかけたガーディアンクルのお姉さんだ。


「体は軽症みたいね。でもギフトの影響が脳と精神にどれだけの影響を与えているかまだわからないわ。大事をとって明日のリオマティアは欠場しなさい」


 渋々だが、従った。命の危機だったのだ。むしろこれだけで済んで幸運だ。

 眼鏡のガーディアンクルのお姉さんは、かつてセントラルの上空で会った人だ。

 ミスリルでのドロウの目撃情報を元に、テンの命令でずっとことり達を監視していたらしい。今回ドロウの接近を察知し、迅速に助けがきたのもそのためだ。


「ふむ、極上のまゆたまを捧げよ……か。そうなると奴の狙いは一つしかあるまい」


 テンは白髭を触りながら、ことりがギフトで得た夢の内容を分析していた。

 皆の視線を集め、ドロウの行動を予測する。


「リオマティアじゃよ。鍛えられたまゆたまが一堂に会する機会などそうそうあるまい。

そしておぬしらの襲われた理由がこれではっきりした。のう、クウ坊」


 クウはずっとムスッとした顔で黙り込んでいる。

 彼はことりが起きた時も、乱暴に頭を撫でただけで一言も言葉を発していない。

 だがテンに視線で催促されて、しぶしぶ口を開く。


「多分、会場に何かしらの大規模魔術を仕掛けるつもりなんだろう。

 術の狙いは高純度に鍛えられた選手達のまゆたま――

 けどその中心に解呪師や、高い対応力を持ったマナホルダーがいることは失敗フラグでしかないからな」


 問題なのはそれをどこに仕掛けるか、ということらしい。

 魔術師のいるテラソフィアか、会場であるミスリルか、可能性はきりが無いのだ。


「それでも全く所在がつかめんかった今までよりはマシじゃのう」


 愉快痛快じゃとテンは大口を開けて陽気に笑い。

 愉快でも痛快でもありません。とガーディアンクルの女性がクールに付け加えた。


「しかし、テン執行官。いくらギフトがあるとはいえ、元となる根拠がその子の夢だけというのは同意しかねます。その程度でリオマティアを中止することは難しいですよ」

「まあ、手は打つわい。それに中止なんぞさせんよ。あの宝具を持つ限り、奴はいつでも計画を実行できる。ならば的を絞れるこの機会を逃す手は無い」


 そしてテンとガーディアンクル達は打ち合わせの為に部屋を後にした。







「な、なんだか急なことで参っちゃいましたね……」


 急に訪れた静寂と重い空気に皆が口を噤んでいたが――

 クウとルイの三人だけの空間で、ことりがたどたどしく言葉を紡いだ。


「心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫ですから……」


 嘘だ――

 本当は胸の奥からこみ上げる悲痛な想いに押しつぶされそうだった。


 覗いてしまったドロウの過去は確実にことりの心を蝕んでいた。

 大切にしていた母の言葉も。自分も魔法で誰かを助けたいという想いも――

 そして皆を笑顔にする魔法使いになるという一番の目標も、彼の恨みの思念に汚された。


 夢の全てを根元から否定する強烈な怨嗟が、少女の夢を霧で覆い隠して霞めていた。

 何かを失った胸は空洞のように寒々として擦れるような痛みがしみる。


 何度も何度も……魔法が大好きだったお母さんの笑顔を思い出す。

 そして、同時に魔法を憎んだドロウの顔が脳裏にこびりつく。


 純白の壁にこびりついたシミを何度も何度もこすり続けているような焦燥が頭の隅にまとわり続け、いたいけな少女の頬を冷たく強張らせる。


 でも……こんなときこそ笑わないといけない。

 そんな切実な想いが、少女にぎこちなく空虚な笑顔を作らせていた。


「無理して笑わなくていい」


 ずっと怖い顔で考え込んでいたクウが、そっとことりの傍へと歩み寄った。


「すまん。お前がこんな目にあったのは……俺のギフトのせいだ」

「クウさん……そんなこと……」


 弱弱しく口を開くことりを、クウは首を振って制す――

 少なくともことりがドロウの標的になったのはマナホルダーの力が原因なのだ。

 今回はテンのおかげで事なきを得た。だがクウのギフトを使うということはマナホルダーの力を知る者達の脅威に常にさらされることと同じなのである。


 それが略奪であれ排除であれ、今のことりに背負わせるには危険すぎる。


「だから―――もうこれで終わりにしよう」


 クウは婚姻届を少女の手元に差し出す。答えは一つ、魔法使いを辞めることだ。


「今まで色々と無理強いして悪かったな」

「そ……んなっ……こ……」


 そんなことないですよ。明日から今まで通りがんばりましょう。

 言いたいことはそれだけなのに後が続かなかった。


 生まれた迷いが喉の奥で大切な言葉を縛り、二人の間に沈黙を与え――

 ことりは部屋を後にするクウに何も伝えることができなかった。


 





「ちょっと、どういうことよ!」


 廊下に飛び出たルイはクウの肩を強引につかみ、乱暴に引き止める。

 気落ちすることりへ叩きつけたクウの非情な判断が、ルイはどうしても許せない。


「どうもこうもない。俺の見通しが甘かった。だから辞める。それだけだ」


 愁いを帯びた真剣な眼差しがルイへと向けられる。

 クウにも危険への覚悟はあった。でもそれは自分自身がどうにかなる覚悟だ。


「ちょっと考えりゃわかるはずなのにな。どうやら俺も浮かれてたらしい」


 マナホルダーのせいで、ことりの身を危険にさらす。

 ――そんなものはご免だ。


 そう自嘲する少年を前に、ルイの表情が悲しみに陰る。

 クウの肩に伸ばされたルイの細腕は、いつの間にか力を失っていた。


「やっぱり……四年前のことを気にしているの?」


 ルイの漏らした問いに無言で答え、クウは背を向ける。

 古傷に耐えながら歩く彼の背中を見つめながら、「馬鹿……」とルイは唇を震わせた。

 四年前に自分の中に刻み込んだ想いを再び思い出しながら――


「強くなりたい。今度こそ悪い奴を皆ぶっとばして、あいつを守ってあげられるぐらい」



 銀髪の魔女はただ一人その場で、友の為に拳を奮わせ続けた。






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