40話 シンシンパシー
ドロウとの邂逅後、ガーディアンクルによってことり達は屋敷へ運び込まれていた。
ことりとバルの意識は未だ戻らない状況だ。
横たわるバルの前でフィーリアはただ俯き。ルイは憤る想いで拳を震わせていた。
そんな中、テンから出た言葉がことりの持つある力についてだった。
「この子が母から受け継いだギフトは超共感性という心の受信機じゃ」
それは他者のまゆたまとつながり、気持ちをくみ取ることのできる能力であるらしい。
かみ砕いた言い方をすれば『空気を読む』という行為の延長上にある力だ。
マジティアを通して魔術師の想いをことりが敏感に感じていたのもギフトの力の一部だったのだ。
普段は少し察しが良くなる程度の微かな力なので、実のところあまり役に立たない。
故にギフトとしてのランクも低く、知名度もない。
だがシンシンパシーにはもう一つギフトとしての特性があった。
その現象が現れるのは強い感情の揺れを前にした時だ。
受け止めた想いは記憶となって零れ落ち、ことりはそれを夢で追体験してしまう。
「ワシがこの子を普段からあまり人だかりに連れて行かんかったのも、学校へ行っておらんのもその為じゃ。成長しておらぬ魂が不特定多数の悪意を受信してしまえば、この子の自我が失われる可能性があったからのう」
まゆたまの波長は十三歳を迎えると安定期に入る。魔法使いの世界での大人扱いの風習はそれに由来しており、波長の安定はまゆたまに宿ったギフトの安定と同意でもある。
すでに能力が安定期に入っているため、大量の想いが無差別に流れ込むことはない。
だがドロウの強烈な思念を先程ことりは目の当たりにしている。
「この様子だと恐らく夢に観ておるな。あの男の記憶を」
未だ目を覚まさぬことりの頬をテンは自然と撫でていた。
「そもそも、おじ様がレーヴァテインだったなんて……」
「ミックスリードちゃんとは古い友達での。たまにバイトで手伝っとるんじゃ」
「レーヴァテインって実質この国で二番目に権力を持つ地位よ。バイトで出来るの!?」
なんとも適当な話である。ルイは呆れてものも言えない。
だが、それでも確かめねばならぬことがある――
「おじ様、あの男は一体何者なの?」
自分達を襲った者の正体を、彼女達は知らなければならない。
「奴は三年前に離反した、かつてレーヴァテインだった男じゃよ」
ドロウ・フォバーは三年前まではレーヴァテインとして活動していた魔術師らしい。
だが彼は三年前の事故の後、あるものと共に姿を消していた。
「それは地球で発見されたものでのう。中には遥か昔に存在した、まゆたまを食らう化け物が封じられておるらしい」
「まゆたまを食べる怪物? そんなの聞いたことないわ」
「じゃが事実、ことりの母のいた研究施設は奴に食われてしもうた」
「――っ、それじゃあ、事故っていうのは……」
「あそこは元々、その化け物を再封印するために作られたものじゃったんじゃよ」
けれど研究者達は返り討ちにあってしまった。
テンの瞳には過去への悔恨が滲んでいる。
「あの場で何があったかはワシにはわからん。じゃが、ドロウが封印を解くつもりでおるのは間違いあるまい。この三年で奴はその方法を見つけ、そしてついに動き出した。
不可能ではあるまい、あやつは術式適正検査で一〇〇%の数字をたたき出した男じゃ」
一〇〇というあり得ない数字にルイは思わず動揺してしまった。
つまり理論上、ドロウはルーカディアにある全ての術が使えるのだ。
ルイたちに放たれた多彩な技と、テンの砂を軽々と貫いた術の威力――
数々の属性を魔法銃に込め、全てを正面から打ち砕くスタイルはまさに圧巻だった。
身をもって知った魔道師としてのレベルの高さにルイは静かに息を呑んだ。
「フィーリアの姿と術を使っていたのも何かの魔法だったの……?」
「あれはかつてこの国から奴に与えられた変身宝具、クロイデュオスの力じゃよ」
ドロウがフィーリアにあてがった小型の刀剣。それがクロイデュオスらしい。
宝剣が読み取った他人の情報を自身へトレースする世界に一つしかない変身宝具であり、その効果は刃に血液を吸わせることで発動する。
ただし並みの変身術とは違い。クロイデュオスは姿形だけではなく、身に着けている持ち物や、マナストアの術式などの全てを再現することが可能だ。
「だからジュピタルや、ギアカードまで……あんなの物真似の域を超えているわ」
模倣というよりも、もう一人の人間を再構築するに等しいかもしれない。
何よりコピーした術を扱うだけの才能をドロウは持っているのだ。
「無限の才を持つ故に『百撃』、無限の姿に染まる故に『カラーレス』、万才万姿をもってルーカディアの意思を証す者。それが導師名『百撃のカラーレス』の由来じゃよ」
いつの間にかルイの背中には冷や汗が滴っていた。
「しかしそれだけ才気溢れる者ですら魔道の闇に落ち、負の感情に流された。もはや異端の思考を持つ奴の行動は常識では判断できん。もしヒントがあるのだとしたら……」
ドロウの想いを受け止め、夢の中を彷徨い歩く少女のみ。
テンはいつまでも愛する義娘を見守り続けていた。




