03話 なんちゃってメイド少女と意地悪ニート少年の関係
前話の夢回からの続きです。
現在のことりは12歳。もうすぐ誕生日の予定。
机に向かっているうちに眠ってしまったらしい。
今となっては住み慣れた広い洋館の一室で、ことりは重たい瞼をゆっくりと開いた。
「夢だったんだ……お母さん」
三年前に母を失った研究所の事故――
過去の記憶は、今も少女の心に鮮明に刻まれている。
「安心してね。私は元気にやっています」
愛する母へと呟いて涙をそっと拭うと、ことりは手元の書類へ目を落す。
「ううう……夢じゃなかったんだ。お母さん」
夢うつつだった意識に現実が容赦なく襲いかかった。
『魔術式適正検査 適正率〇%・受験者数、三百八万人中、三百八万位 』
一四○センチという小さ目の体にグっと力を入れ、崩れかけた膝をなんとか保った。
そもそも意識を失った原因は魔法の才能を数値化する検査の結果にあったのだ。
他国から魔法国家と称されるルーカディアでは、魔術は教育の必修科目である。
そのためこの手の検査は、定期的に教育機関主催で行われている。
試験の内容は至って簡単。自身の魔術資質を機械が自動で解析し、属性や性質を判定。
そしてその結果を元に国のデータバンクに登録されている術式との相性を照らし合わせ、使用可能な魔法の数を適正率として数値化するのがこの検査だ。
数値が高いほど扱える術も多く、七割を超えればエリート街道まっしぐらであり――
逆に、どんなに才能が無くても必ず数パーセントは反応があるのだ。
『魔術式適正検査 適正率〇%・受験者数、三百八万人中、三百八万位 』
薄々だが、自分に才能がないことには気付いていた。
来月には十三歳になるというのに、未だに小学校低学年レベルの術すら使えない。
むしろ人生で一度も魔術というものが成功した試しがない。
けれどそれでも少女は希望を捨ててはいなかった。
なぜなら、この国には星の数ほど魔法グッズがあるからだ。
一つぐらい使える魔法があるに決まっている。
「ふふふ、だから大丈夫です。きっと私が見間違えたんですね」
そう微笑んで、再度確認――
そして変わらぬインクの文字。
つまりこれは『貴女に使える魔法はありません。諦めましょう』という意味だ。
母を失い天蓋孤独となって約三年。
引き取り手であるこの屋敷の主を師と仰ぎ、ひたすら魔法使いになることを目標にがんばってきたことりにとって、ゼロという結果はもはや死刑宣告に等しい。
やるせない現実に少女の顔は自然と歪んでしまう。
「さっきからなに一人で変顔してんだよ」
「……クウさん。い、いつから居たんですか!?」
「居るもなにも、ここ俺の部屋だからな」
振り向いた先にいたのは、ぼさぼさした赤髪の同居人だ。
少年の姿に反応し、ことりは咄嗟に検査結果をポケットに隠した。
この人にだけは知られたくない。絶対からかわれるに決まっている。
「まったく。やっと起きたと思ったらまだ寝ぼけてんのか、ドベ」
「ひーん、やっぱり見られてたぁー!」
ザクっと、言葉の刃がことりの身を貫いた。
「やーい。史上初、奇跡の才能ゼロパーセント女」
「うぐぅー、水を得た魚のように人のことを罵倒してぇ!」
「あと涎の跡がひどいからさっさと拭け、チンチクリン」
「最後のはただの個人的な悪口ですよね!?クウさんのくせに、クウさんのくせにぃー」
いそいそと口元を拭いながら、ことりは抗議の声を上げた。
彼の性格は、ことり曰く意地悪でひねくれものだ。他人に対する労りや、優しさというものが激しく欠如していて、この男は人間ができていないと自信を持って言える。
今年で十六歳になる一七〇センチ程の中肉中背。
不健康そうな肌の色と、隈だらけの死んだ魚のような眼、そして長く着続けてボロボロになった黒ジャージのコーディネートは『あ、こいつ根性ねじ曲がってんな』という情報を正確に外部へ伝えていた。
「ク、クウさんなんて学校もいかずに遊んでばっかりのヒキコモリのくせに!」
「馬鹿め、俺は望んで自宅警備員に永久就職したんだ」
精一杯の反撃に悪びれもせずに、クウはドヤ顔を決め込んだ。
そういえばこのニートが外出しているところを、ことりは見たことが無かった。
どんなに思い返しても、毎晩ネトゲ―に没頭する駄目人間の背中しか記憶にない。
そう考えると、ことりはむしろ同居人の未来が心配でたまらなかった。
「クウさんも、そろそろお外に出ないと本当に社会不適合奢になっちゃいますよ?」
「大丈夫。一生ここから出ない覚悟はすでに完了している」
「買い物とかはどうする気ですか?」
「大丈夫。ことりに行ってもらう」
「遊んでばかりだから生活能力も皆無ですよね?」
「大丈夫。ことりにやってもらう」
「……このままだと就職だってままなりませんよ?」
「大丈夫。ことりで稼いでみせる」
「私に何をやらせる気ですか!?」
激しく動じることりを前に、クウは妙に自信に溢れた笑みを零した。
「ふふふ、ちょうどいい機会だ。ついにお前へ伝えるときがきたな」
そして彼は流れる川の如く両膝を折り畳み、湖で優雅に佇む白鳥のように両手を床へ移行。
久方ぶりに再開した恋人への抱擁よりも激しく頭を大地へこすりつけた。
「ことり様、俺を一生養って下さい」
それはとてもとても綺麗な土下座だった。
「うわぁ、全く心に響かないプロポーズですね」
ことりは、とてもとても冷たい目で汚物を見下した。
「そもそも、私は好き好んでクウさんのお世話をしているわけじゃありませんよ。御館様にお願いされたから仕方なくしているだけです!」
この館の主曰く、クウは『大切な友人』であるらしい。そして、ことりはこの家の義娘なのだから、客人の世話をするのは当然の義務であると言われたのが三年前。
お客様だからそのうち帰るのだろうと油断していたのも三年前。
そして一向に帰る気配が無いまま二人の関係は現在、三年目に突入している。
何故ずっとここにいるのか、家族は心配していないのか、気になることはたくさんあるが事情は全く知らない。訊ねたとしても、いつも適当にはぐらかされるのだ。
屋敷へ引き取られた当初は、何か重大な秘密があるのかもしれないとわくわくしたが、結局この人がただのニートだと理解するにたいして時間は必要なかった。
そして厄介者の世話を押し付けられたという悲しい事実だけが残ったのだ。
「何もしなくても生活出来るジジイのスネや、ほっといても勝手に掃除や飯の用意をしてくれるポンコツ娘、こんなギャルゲのような俺得設定はとことん利用しないと損だろ」
「誰がポンコツですか、失礼な!クウさんになんか死んでも攻略されませんよ」
「安心しろ。お前はせいぜい攻略対象外のモブキャラだ」
「誰がモブキャラですか、失礼な!そのパターンはむしろ制作陣の予想に反して人気を獲得し、ファンディスクでメインヒロインに格上げされんですよ」
「ガンガン攻略されてんじゃねえか」
もっと感謝の言葉とかないんですか!と、ことりは膨れっ面を浮かべて抗議する。
「勘違いすんなよ。むしろ家事全般に関してはお前、完ぺきじゃん。
飯とか超美味くてレパートリーも豊富だし、おやつの時間とか毎日楽しみにしてるぜ。
マジでありがとう、マジでありがとう。大事なことだから二回言ったぜ」
「え? えへへ、そんなー。褒めても何も出ませんよぉー」
「俺は何かを評価することに関して嘘は言わねえ主義だ」
マジでありがとうの部分に、意外と心が篭っていたのがことり的に高ポイントだった。
不意打ちで褒められ、身を捩って照れている少女にクウは胸を張って続ける。
「ポンコツなのは、いつもお花畑満開なそのおつむだ」
「ぐふぅ!?予想よりもストレートな罵倒がキタ!」
「お前って普通の勉強はそれなりに出来るのに、魔術関連はからっきしだもんな」
「だって……専門用語ばかりで難しいんだもん」
混沌がカオス、七音がドレミ、月がライト。魔術はルビがとてもキラキラしているのだ。
「そのくせ、気持ばっかりが先行してるから実技も失敗すんだよ」
「ひーん、言い返す要素が全くない!」
「俺は何かを評価することに関して嘘は言わねえ主義だ」
はっはっはっーと嘲るように笑われた。しかも今日一番のいい笑顔である。
「悔しかったら初歩のルーン文字ぐらいはいい加減覚えろよ。
気合と家事の能力に反比例して、魔術関連は知識も技術もボロボロじゃねえか。
ジジイも草葉の陰で泣いてるぞ」
「御館様を勝手に殺さないで下さい!」
御館様とはこの屋敷の主だ。つまりことりを引き取ってくれた大恩人である。もちろん今日も元気に仕事をしている。
けれど同じく養ってもらっているはずのクウは、悪びれもせずに話を続けた。
「じゃあ、試しにこいつらの魔法について解説してみてくれよ」
クウが指差したのは、とあるテレビ番組による人気スポーツ選手の特集だ。
そのスポーツは一流の魔法使い達によるルーカディアで最も熱い競技――
「マジティアなら毎日観ていますから、余裕ですよ!」
ふっふっふっと意味ありげに笑い、ことりはテレビにかじりつく。
放送されていた内容は、三人の若手選手の特集だ。
『オリハルコンイーター』 ルイ・リンバース
『ムーンライトプリンス』 レイヤ・ニードルス
『ワンダーエンジェル』 フィーリア・ホーマー
一通りチェックを終えると、ことりは元気いっぱいに答える。
「皆さんピカっと派手で、バーっと凄くて、ズガンと強いです。とても素敵です!」
「お前にはがっかりだよ、ポンコツめ」
へへへ、とポンコツおつむの少女は笑って誤魔化した。
クウはそんなことりの姿を凝視すると、大きなため息をつく。
「そもそも……普段からコスプレして遊んでるからダメなんじゃねーの?」
ことりは漆黒のワンピースに純白のフリル付きエプロンとカチューシャを携えた、世にいうメイド服に身を包んでいる。
足元に携えた本革製の黒ブーツとスカート下から覗かせるペチコートの細かいフリルが本格的で、どこから見てもお屋敷のメイドさんだ。
「こ、これはお遊びではありません。この姿は私のことを引き取って下さった御館様に対するリスペクトの証であり、色々とお手伝いをする為の正装なんです」
「よくジジイの趣味に付き合えるよな、お前」
ことりはえへん、と誇らしげに構え、対するクウは心底あきれ果てていた。
「それに、御館様から是非とも着て欲しいって……泣きながら土下座までされましたし」
「よくジジイのメイドプレイに付き合えるな、お前」
「わざわざ言い直さないで下さい!」
ことりは冷や汗を覚え、慌てて言葉を並べる。
「大丈夫、まだセーフのはずです。確かに買い物の時に外ではあなたと呼ぶ様に強要されていたり、帰宅の際は必ず『お風呂にする? それとも私? 』と出迎える決まりがあったりと、色々と不可解な点はありますが、まだ法には触れていないはずです!」
「なんだ。メイドプレイじゃなくて、新妻プレイか」
「なるべく現実から目を逸らしているのに、的確な表現で逃げ場を奪うのはやめて!」
とうとうメイド少女は耐えきれず、顔を押えて泣いた。
「先日、お部屋を片付けた際に義理の娘を攻略するゲームを雪崩のごとく発見してしまいましたが、大丈夫です。私は御館様を信じています!」
「事案一歩手前じゃねーか。お前はもう少し危機感を持てよ」
ことりはなんだか悔しくて、手元のクッションでクウへ反撃を試みた。
しかし上質な綿がパスパスと鳴る想像以上に情けない音が部屋に響いただけだった。
「うわーん、クウさんのくせに! クウさんのくせにぃ!!」
「コスプレメイドが人をディスるな」
同じ家に住んでいるが兄妹というわけでもなく。他人と呼ぶにも距離が近い。
納得のいかないヒエラルキーはあるが、割と言いたい事も言い合える不思議な同居人。
それがことりが三年間で得たものの一つだった。
次話『往生際の悪い弟子とはっちゃけ師匠の関係』
魔法と世界観の説明は次回から詳しく入ります!