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36話 邂逅の刻


 時には謎のカードを持ってのたうち回り、時には野球でピッチャーをこなす。

 もちろん魔法の座学も欠かさずこなし、そして空から落っこちる。

 そんな日々が瞬く間に経過し、いよいよリオマティアの前日を迎えていた。


 師はまだ帰ってきていないが、毎日のようにお土産が届いている。

 北西にある芸術の街レインボー(虹の入り江)の彫刻クッキーや、雲の海名物のわたあめサンドはフィー―リアにも大好評で、あっという間に完食された。


 ルイも毎日遊びに来ていて、ことりを巻き込んでフィーリアと小競り合いを始める。

 おかげで師への連絡は内容が豊富で、受話器の向こうで愉快痛快と笑う声は絶えない。


 魔法を手に入れてから得た、非常に騒がしくも楽しい日々。


 未だに受け入れがたいリスクはあったが、魔法をくれたクウには感謝をしていた。

 魔法を使えるようになって本当に良かったと思っていたのだ。


 ついさっきまでは――


「ほれほれ、歩くのが遅れてるぞ」

「お、重い……少しは手伝ってくださいよぉー」


 草野球のグラウンドのある大きな市民公園。夕闇が迫り、人気がなくなったその場所で、ことりは野球道具一式を運んでいた。たった一人で結構な量を。


 ことの始まりは単純だ。今日も場外乱闘を始めたルイたちを置いて、先に荷物を運びましょう、と提案したのが数分前。いいよとクウが快諾し、二人で歩き出したのも数分前だ。


 修行の二文字で言いくるめられて一人で運び始めたが、ストレスが半端ない。


「せめて電柱ごとにジャンケンで!」

「よーし、わかった。じゃーんけーん――チョキを出せー」

「ああ、体が勝手にぃー!!」


 少女は婚姻届には逆らえない。謎の強制力で勝手にチョキを出してしまう。


「これは平等じゃなくて、一方的な処刑です!」


 高笑いしながら去っていくクウに本気で殺意が芽生えた。

 初夜の時のようなえっちな要望はなかったが、「アレとって」「これ運んどいて」「それ一口よこせ」と格ゲーで弱攻撃を連打されるような地味な命令は毎日ある。


 そろそろ本気で、バルに婚姻届をグーパンしてもらうことを検討しようか。

 少女が切実な想いを巡らせていると、ふと視界にあるものが止まった――


 脇にある雑木林からこちらを見ている人の影。あの人は……


「あのお兄さんだ!」


 ことりは思わず野球道具を放り出して駆け寄った。

 彼は自分のファンであり――そして三年前に自分を助けてくれた魔法使いなのだ。


「やあ、君か――」


 一八○センチぐらいの身長に伸びほうけた黒髪。少しやつれていて頬骨がくっきりと出ているが、ことりに向けられた彼の微笑みはとても穏やかなものだった。


「あの……お兄さんは三年前に私を助けてくれた方ですよね!」

「―――っ。覚えていたのか」


 ことりの一言に男は動揺を瞳に滲ませた。

 といっても、ことり自身も夢で見たおかげで思い出せたのだが。


「ああ、そうか。きみは……そうだったな。迂闊だったか……」


 夢という単語に納得し、お兄さんはボソボゾと独り言を呟き始める。

 対照的に、ことりは全身から明るいオーラをパーッと光らせ矢継ぎ早に質問を重ねた。

 名前やお仕事、何より彼の使う魔法のことが気になって仕方がないのだ。


 そして一つ、ことりは彼に伝えたいことがあった。


「私もいつかお兄さんみたいに誰かを助けられる魔法使いになりたいです!」


 少女にとって、それはたくさんある将来やりたいことの一つだ。

 だから感謝の気持ちを込めて、ことりは夢を語った。


「そうか……君は魔法が好きかい?」

「はい。大好きです!」


 即答だった。少女の迷いの無い笑顔がひときわ眩しく輝いている。

 男はまるで太陽を見つめるように目を細めて、懐かしそうに呟く。


「瞳と髪の色こそ違うが、君は本当にお母さんにそっくりだな」


 母の名が出た瞬間、ことりはびっくりして前のめりだった姿勢を直立させる。

 よくよく考えれば事故現場にいたのなら知り合いの可能性はあったのだ。

 だがことりはその可能性を微塵も考えていなかった。


「お兄さんはお母さんのお知り合いなんですか!?」

「ああ、弟子みたいなものかな……本当に凄い人だったよ。君と同じで魔法が好きで――

 魔法は皆を幸せにする為に生まれてきたのだと俺に教えてくれた」


 ことりは自然と締りのない顔ではにかんでいた。お兄さんとお母さんが、自分とテンのような関係。そう思っただけで、胸の中に暖かいものがこみ上げてくる。


 ことりは思った。もっともっとお兄さんとお話していたいと。

 すると男は無垢な想いを馳せる女の子に――


「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな」


 かちゃり、と額に何かを当てがう。


 突然、ことりに訪れた無機質で硬い感触。

 その正体は――拳銃。


「術はハジキ。言霊はあかし。導師名は百撃のカラーレス。俺の名前はドロウ・フォバー。そして――」


 身体の芯まで凍てつかせる声で、男は言葉を吐き捨てる。


「俺は魔法が……大嫌いだ」


 怨嗟の炎の滾る瞳が、鏡のように少女の姿を映し――


 まるで時が止まったような静寂の中で、一発の乾いた銃声が響いた。






同時連載「マリーベルの攻略本 ~戦闘力チートなエルフ娘がお姉ちゃんを幸せにする方法~」が初めて日間ランキング57位になりました。皆さんありがとうございます!

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