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34話 特訓開始です!~野球編~

 すでに投球数は百球を越え、疲労した体が悲鳴をあげている。


 それでも少女はマウンドを降りない。

 最後の決め球は懇親のインハイ、ストレートだ。


 打席に立つ金髪おさげの野球少女に向かって、おおきく振りかぶって……投げた!


「かっきーん。フィーリアちゃんホームラーン!」


 真芯を捕らえたバットから快音が鳴り、汚れのない白球はライトスタンドへと消えて――


「甘いわ。キャッチよタタロス!」


「あー。お嬢、魔法使うとか、ずっるーい! 反則ー反則ー!!」


「あなただってさっき空を飛んで捕球してたじゃない!」



 キャッチャー兼、主審のクウによる判定は有効。故にライトフライで試合終了。

 メンバーはことり、クウ、ルイ、フィーリア、そしてラインハルト(球拾い)の四人。

 近所の草野球グラウンドで行っていた四人と犬一匹の変則野球が終わった。



「そもそも、なんで野球しているんでしたっけ?」


「お前……九回を投げ通したピッチャーがそれを言うか」


 キャッチャーの防具をつけたクウが呆れた顔で、ことりに駆け寄った。


「この前のマジティアでまたやらかしたからだよ」


 外野で喧嘩するルイとフィーリアをBGMに、ことりは経緯を思い出す。



 先日のマジティアの対戦相手は『術は砲撃。言霊は互い。導師名は城攻め。ウィクターのウモンと、ミニオンのサモン』という双子の女子大生コンビだった。

 試合形式は各地に出現するモンスターを破壊し、合計得点を競う点取りゲームだ。


 ヴァロータ流と呼ばれる射撃魔法に特化した城攻めコンビに対抗するため、ことりもフォーゲルで応戦。しかし発動した火球が、まるで静電気のせいで体に密着し続ける毛玉のように手から離れなかった。


 ぶんぶん手を振って、飛んでいってください! と暴れているうちに、城攻めの砲撃がフォーゲルを破壊し、その場で爆発したのだ。



「でも今回はちゃんと飛べましたよ」


「見事に撃墜されてたけどな」


「怪我の功名で勝てたからセーフです!」



 逆転を狙い攻勢に出た終盤、満を持したフリューゲルの発動。ふわふわした飛行であったが、暴走せずに飛べた。そして大砲の魔法で狙い撃ちされた。


 結果、城攻め二人の召還した砲台の前に落っこち、弾がことりに当たって誤爆。

 敵を巻き込んだ大惨事となり、三人は気絶した。

 その隙に、ルイがターゲットを追加で破壊し、逆転することに成功したのだ。



 一応、役には立ったと胸を張る少女のことを、クウは渋々と認める。


「とにかく、なんちゃってギアカードの効果は徐々に出始めてる。実際フォーゲルにも力は注げてたしな。

 これは込めた力をスムーズに標的へ放つ一段階上の修行だよ」


「どうして野球なんですか?」


「前回の特訓が地味過ぎた。お前がカード持ってのたうち回る姿とか誰得だよ」


「修行内容にサービスシーンを求めないで下さい!」


「本当は投げれりゃなんでもいいんだけどな。ジジイ特製ギアボールに力を込めて放つ。

そうして魔力が体から離れる感覚を覚えるのが目的なんだ」


 でも……とクウはきりっとした表情で理由を告げる。


「野球になった理由は、『俺もたまには女子と遊びたい』という思春期特有の願望だ」


「うわぁ、少しは包み隠しましょうよ」


「気にすんな、俺達はバッテリーという名の夫婦だろ?」


「もしかして、それが言いたかっただけなんじゃ……」


 納得はいかないが、この修行の為にテンから人数分の野球のユニフォームと、道具一式が送られてきたのだ。師匠命令なら信じてやるしかない。


『我が弟子よ。その一球に魂の全てを込めろ』

 それがテンからのメッセージだった。


 ことりは再びブルペンに立ち、ボールに意識を集中し始める。


「へいへいへーい、ピッチャーびびってるぅー」


「なんでキャッチャーが煽ってくるんですか!?」


 怒りを込めた一球は、見事に構えたミットへと収まった。







「ギアカードオープン 凪束縛カルム。この魔法は周囲の風を操り、相手を動けなくしちゃうのだ。

 つまりこれでお嬢のスカートは、いえっふーし放題!」


「ひいいー、やめてー!!」


 目を怪しく光らせたフィーリアとラインハルトが、動けぬルイへじり寄る。

 そんな光景を尻目に、ことりはごくごくと冷たいスポーツ飲料を飲みほした。


「どうだ。魔力を撃ちだす感じは掴めそうか?」



「そうですね。カーブと縦スラは使い物になりそうです。特にカットボールは指先にもしっくりきますし、今後は決め球としても十分使えると思います。


 けど逆にスプリッターとチェンジアップはもっとフォームを固めないとストレートと見分けられそうで怖いですね。

 九回を一人で……いえ、できれば延長も投げきる体力が欲しいのでランニングは増やします。


 もっと球速も上げたいので、効率よくインナーマッスルも鍛えながらの方向で」



「……予想以上にこの特訓が気に入ったみたいだな」


「任せてください。目指すは、とある球団の星です!」


「いや、マジティアージュを目指せ」


 空に輝く一番星を指差す少女の名前は蒼井ことり。何でもすぐ影響を受ける少女である。


 クウに真っ当な指摘をされ、ことりは本来の目的を思い出した。

 とにかく、いずれフィーリアやルイみたいな魔法使いに自分もなってみせる。

 ことりがそんな決意を抱いていると――


「飛行術に関しては、シスターから学べばいいけど……それ以外は全くタイプが違うからやめとけ。手本にするならお前はルイの方が相性いいぞ」


 クウが意外な台詞を呟く。


「あのシスターは間違いなく天才だ。術に関する勘やセンスが半端ない。あれは真似してできるもんじゃねえよ。つか、お前じゃ一生かかっても無理だな」


「でもそれなら、ルイさんだって凄い魔法使いですよ?」


「実力はな。けどさっき言った才能って点で評価するなら、ルイの能力は実は意外と低い。

 良くて並、むしろ術者としては不器用な部類だと思う」


 質実剛健なゴーレムを操る姿からは、にわかに信じがたい話だ。

 だがルイの強さの秘密は、才能とは別の部分にあるという。

 それは言霊の原点である『想いの強さ』だ。


 ルイの硬さに対する奇行はちょうど十年前から始まったらしい。

 硬いものこそ最強――そう信じたルイは、半生に渡り硬いものへと挑み続けた。

 最初は魚の骨やドリアンなどの飲食から始まり、果ては家具や銅像なども破壊した。


 とにかく『カタイ』と付けば何でもかんでも壊す女の子だったそうだ。

 私の方が硬い! と粉々になった物の前で叫ぶルイをことりは容易に想像できた。


「そして爺やの入れ歯や、親父の拳を打ち砕いたあたりからシャレにならなくなり……

 最終的に兄貴の肋骨、兄貴の口、兄貴の大学合格を粉々にして、とうとうあいつは実家を出禁になった。地球を離れてルーカディアに来たのはそれが理由だな」


「お兄さんが大変なことになっていませんか!?」


「兄貴の合格はカタイねって、つい口を滑らせてなぁ……」


「クウさんは一度、ルイさんのご実家に土下座したほうがいいと思います!」


 少年は「若気の至りさ」と遠くを見つめてたそがれているが、公になっていないだけで他にもまだまだ余罪はあると、ことりは確信している。



 ともあれ愚直ともいえる考えを信じ込み、最強を目指し硬さへ挑み続けたルイの執念は、もはや常軌を逸した精神力へと達している。

 そして破壊という名の勝利を積み重ね、辿り着いた結果に生まれた『プライド』という言霊は才能すらも凌駕する武器なのだ。


 想いの力こそが魔法の根源――

 ことりもそれは身をもって知っている。


「最終回で都合よくパワーアップする主人公。敗北寸前に謎の力が目覚めて逆転勝利。

 その全てを想いの力で実現する常識外れなバカの頂点。それがルイ・リンバースっていう魔法使いの特徴だ」


「つまり、私も思い込みが激しいタイプという意味ですか?」


「オブラートに包むとな。ただスロースターターな分、ルイよりタチが悪い」


 直訳するとやっかいな馬鹿という意味だった。


「一応念を押しとくけど、行動がアレでもルイは勉強できる方だぞ」



 本当の意味で馬鹿なのは自分だけだと釘を刺され、少女はちょっと泣いた。





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