30話 メイドは無様に空を漂う
ルイ・リンバースは熱くなると周りが見えなくなる。
ことりはこれからその言葉を嫌というほど噛み締めることとなる。
「ことり、フィーリアより先に宝を取ってらっしゃい!」
目は血走り、歯をむき出し、完全にルイは頭に血が登っていた。
そして再召喚したタタロスの手でことりを掴み上げると――
「大丈夫、あなたならできるわ。せーの!」
「ふええ。ちょっと待って―――」
空中の宝に向かって、ことりを全力で投げた。
ひえええ、と絶叫が塔内で反響し、生まれた風圧でことりの顔がぶざまに歪む。
その凄まじい速度は、のんびり飛んでいたフィーリアをあっという間に追い抜いた。
「クウさん、高い、速い、怖い、助けてー!!」
「こりゃ宝をゲットしても、そのまま紐なしバンジーだな。オムツの買い置きあったけ?」
「そんなご無体な!何か方法はありませんか!?」
「……しゃーない、奥の手だ。使え、新カード」
胸の前に、新たなカードが現れる。
藁にもすがる想いで、ことりはそれを握り締めた。
「一発勝負だ。ミスるなよ」
「死ぬ気で成功させます!!」
ルイの狙い通りに浮遊する宝へと辿りつき、ことりはがっしりと宝玉を抱きかかえる。
そして新ギアカードに助かりたいと願いを込め、希望の光を解き放つ。
「ギアカードオープン 火炎翼」
開放された魔術式は、ことりの頭部へ瞬時に流れ込み、展開されていく。
同時に小さな炎の翼が膨れ上がり、立派な大翼へと変貌を遂げた。
恐る恐る目をあけると――
なんとことりは空中で静止していた。
「飛んでる……わたし、空を飛んでる!」
「成功したみたいだな。飛行魔法フリューゲルだ。気に入ったか?」
「はい、すごいです!」と上機嫌に返事を返す。
ことりの魔道の杖、火翼を媒体に発動する翼の魔法フリューゲル。
巨大化した炎の翼を操ることで術者を空へ誘う飛行魔法だ。
ふわふわと空中で漂いながら、ことりは感動的な体験を噛み締めていた。
さっきまで高い所は怖かったのに、むしろ今は楽しくてしょうがない。
景色を楽しんでいると、きょとんとした顔をするフィーリアと目が合った。
すると彼女は面白そうにニヤリと笑い、瞬く間にこちらへと加速を始める。
月面一の飛行術師、天空の魔女がやってくる。
「ことり、よく聞け。何があっても絶対に――」
「はい、勝ちましょう!」
気合は十分。勝利の鍵、紅の宝玉も手の内にある。
後は自分がフィーリアから逃げ切り、台座に宝を納めれば試合に勝てる!
「馬鹿、違う! 絶対に――」
クウの言葉が耳に入らない程に深く、ことりは集中を始める。
そしてフィーリアとの空中追いかけっこが始まった。
飛行魔法フリューゲルによって、ことりは意のままに空を駆け回った。
「フィーリアさん、勝負です!」
「いえっふー。いいね! 俄然、面白くなってきたぁー」
塔の内部を大きく使った旋回や、急上昇に急下降。更にフィーリアの放つ風撃による衝撃波も加わり、三百六十度の空間を最大限に利用した飛行バトルが展開されている。
予想外の展開に、ルイも、バルも、観客達も、完全に空へ釘づけになっていた。
今まで攻撃力は異常に高いが、それ以外はからっきしだった女の子が突然の飛行魔法の発動。
おまけに飛行に関して右に出るものがいないとまで言われているフィーリアに挑もうというのだ。
予想外の展開にも程がある。
だがマジティアはスポーツであり、つまり大衆にとっては娯楽である。
ことりの無謀な挑戦は人々を刺激し、次の瞬間には大歓声へと変わっていた。
「まてまてー!」
その声量に後押しされるように、フィーリアも嬉しそうに加速する。
彼女にはまだまだ余裕があった。
当然だ。飛行魔法を発動させたといっても彼女にとってはひよこが頑張ってフラフラと飛んでいる程度のレベルでしかない。
ことりが瞬殺されなかったのは「面白いものみーっけた!」という時に出来る限り遊ぶというフィーリアの悪癖……もとい油断癖と、
「させるかーっ! ぶん投げなさい、タタロス!」
現実に戻ったルイによる妨害工作のおかげだ。
石のゴーレムは壁や柱を砕き、生まれた破片をバンバンとフィーリアへ投げつけていた。
大小さまざまな破片がショットガンの何倍もの規模で空を飛び交っている。
ちなみにバルは最初の方に石と一緒に放り投げられ、向かいの壁に頭から突き刺さって気絶している。
逃げる。追う。邪魔する。三者の微妙な均衡がことりを辛うじて生き延びさせていた。
何よりも初めての飛行魔法でことり自身も浮足立っていたのだ。
だから――変調に気付いた頃にはもう手遅れだった。
「今すぐ止まれ! この魔法だけはマジで洒落にならねえんだ!」
やっと届いたクウの声が、ことりを現実へと引き戻した。
「どうしてですか。さっきまで絶対に勝とうって――」
「言ってねえよ。絶対に――そこを動くなって言ったんだ!」
そしてその理由はすぐにことりへと襲い掛かった。
グンッと身体に負荷がかかり、望んでいない方向へ少女は進み始める。
「あれ、止まりたいのに……止まらないです!」
理由は単純明快――
飛行は高度な技術が必要な魔法だ。
自身のレベルを遥かに超えたギアカードは、些細なきっかけで暴走するのだ。
調子に乗った新米がその場の勢いで制御しきれるものではない。
結果、ことりは自由を失い最上階から地面に向けて一直線に急加速を始める。
制御不能。ブレーキの壊れた魔術による落下飛行は、絶望的な速度を生み出した。
あっという間に地面が迫り――
「ぶ、ぶつかるー!!」
激突を前に固く目を閉じる。
そして訪れる衝撃。だがそれは、想像よりも柔らかく暖かな感触で――
「あ、危ないなー。思わず助けちゃった」
最初に聞こえたのは、天使を連想させる少女の声だ。
次いで、恐る恐る目を開くと数センチ先には無機質な石の地面があった。
フィーリアがことりを受け止めて、落下から救ってくれたのだ。
「お菓子はあたしが一番大きいやつね」
フィーリアは胸の中のことりへ、にぱーっと微笑んでいた。
そして地面に降ろしてもらうと、ことりはへなへなと座り込んむ。
完全に腰が抜け、手に持っていた宝玉もコロコロと落としてしまった。
「ことり、無事なの!?」
遅れてルイが二人の元へ駆けつける。
駆けつけたルイはことりの無事を確認すると宝玉を拾い上げ、ライバルへと投げ渡した。
「ことりを助けてくれて、ありがとう。持っていきなさい」
熱くなってパートナーを危険にさらしたことを彼女は反省していた。
「いくらなんでもミニオンを投げちゃダメだよ、お嬢」
「いや、あなたも投げてた! むしろ、あなたの方が先に投げてたわ!」
あとは宝を納めるだけ――これにて試合は決着だ。
けれど、フィーリアは面白くなさそうに口を尖らせると――
「いらない。あたしも完全に出し抜かれたし、今回はその子の一人勝ちってことでいいよ。
ただの脳筋系コンビかと思ったら……とんだジョーカーだね、お嬢のミニオンは」
フィーリアにとってもこの様な勝ち方は面白くない。
だからこそ……彼女は笑う。
「だから、お嬢との決着は別の舞台でつけようよ」
そして掌で風を起こし、宝玉を粉々に砕いた。
宝の消失は試合の終了を意味し、天空にドローの文字が表示される。
「来月、イブの聖誕祭に行われる魔法祭演舞に……リオマティアに出なよ。
あたしも出ることに今決めた」
実のところ不完全燃焼なのはルイも同じ。
だからこそフィーリアの言葉に心を震わせ、好戦的な微笑みを返す。
「いいわ。リオマティアで勝負よ、フィーリア」
彼女達が決着を望んだのは次の舞台――
ライバルは互いに大胆不敵に笑い合う。
そして二人の宣言に、会場中から歓喜の嵐が巻き起こった。
ミスジャッジの握るマイクにもこれまでにない力が込められる。
「見たか、聞いたか、皆の衆ー。
なんとなーんと、魔法の祭典リオマティアに大地の守護神と天空の使者が参戦決定だ!
こりゃ、イヴの生誕祭が楽しみで仕方ねえ!」
一大イベント勃発に鳴り止まぬ声援。命を拾ったことりは未だ脱力し続けている体で、冷めぬ熱気の波に漂い、間の抜けた顔で魔女達の姿を見つめていた。
二人の背中に、自分には足りていない何かを感じ取り――
ミックスリードに示された本物の魔法使いに必要なものを考えていた。
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