29話 天使は可憐に空を舞う
ロックの影響で行動不能となったフィーリアは、ことり特製のマドレーヌを見つけると、必死に体を動かそうと試みる。
だが自由を奪われた体はピクリとも動かず、金髪シスターは悔しそうに口だけを動かした。
「あーお菓子ー。バルばっか、ずっるーい!」
「安心しろ、フィー。お前の分もきちんとある」
「本当!?いえっふー。バル愛してるぅー!!」
「わ、私の分も、もちろんあるわよね!?お友達だものね、ウィクターとミニオンだものね!?」
「もちろんです。ルイさんには一番大きいものを用意しています!」
「お前らギャグパートはお開きにして、はよ試合に戻れ」
ながーい一連のドタバタを見かねて、クウがようやくツッコミをいれた。
そしてルイのロックが先に解除されと、ことり達は即座に行動を開始する。
ことりとルイは颯爽とタタロスの肩に乗り込み、塔に向かって走り始めた。
相討ちで威力が半減していた為、恐らくフィーリアのロックもじきに解けるだろう。
「あの程度のダメージだと、そう長くは拘束できないわ。ことり、バルにもロックを仕掛けるのよ!」
ルイは試合を有利に進めるために、ことりにバルへの攻撃を指示した。
「わかりました! すみません、バルさん。ギアカードオープン 爆裂火球」
術は見事に成功した。ルイと合流し、不安が解消されたのがプラスに動いたのだ。
開放された火炎球は一直線にバルをめがけて飛んでいく。
だが――そこで彼の真の力が発動した。
「いよいよ出番だ、祈祷拳!」
瞬時に起動した輝く拳が、フォーゲルを何も無かったように消してしまった。
「すごい、本当にフォーゲルが無くなっちゃいました!?」
「そうそう上手くはいかないか……仕方ない、このまま差をつけるわ。捕まっていて!」
同時にタタロスは地を蹴る力を高め、スピードを上げていく。
みるみるうちに距離が開き、ことり達は勝利へのアドバンテージを稼ぎ出した。
遠くなっていくタタロスの姿にフィーリアは小さく舌打ちをする。
「やっぱパワー勝負じゃお嬢に分があるね。正面衝突すると拘束時間に差が出るや」
「いけそうか、フィー」
「動けるまでもう少し時間かかりそう。でも……負けないよ」
駆け寄った神父に答えながら、フィーリアは楽しそうに笑みを零した。
タタロスはジャンプを駆使し、ロッククライミングの要領と合わせて塔の内部を駆け上がっていく。岩の巨人の肩から下を覗けば、地面はすでに遥か彼方だ。
ことり達は下層から宝箱ある最上部へと文字通り一直線に向かっていた。
そして宝まであと半分の距離に差し掛かった頃――
修道服を着た天使が、ぱんぱかぱーんと軽快に詠いながら現れた。
「じゃじゃーん。フィーリアちゃん、ふっかーつ」
「思ったより早く来たわね……何度でも叩き落としてあげるわ!」
「ふふふ、甘いよ、お嬢。くらえ秘密兵器!」
ことり達の目に飛び込んできたのは、フィーリアに抱えられたバルだ。
彼の神への祈りは最高潮に達し、拳は本日一番の輝きを放っていた。
「いっけー、バル発進ー!!」
「ゆくぞ、祈祷拳。タタロスをかき消せ」
くるくると遠心力を利用し、フィーリアはバルを勢いよく投げ飛ばした。
そして彼の拳が巨体の胴部へヒットすると、タタロスは水に溶けるように消滅していく。
足場を失ったルイとことりは、勢い良く二人揃って尻餅をついた。
「しまった! 完全に虚を突かれたわ」
「あのタタロスさんがこんなに簡単に消えちゃうなんて……」
「へっへーん、どうだ。バルは凄いでしょー」
滅多にない活躍に、頭に大きなタンコブを作った神父は思わずガッツポーズをとり、シスターは誇らしげに胸を張る。
そしてフィーリアはルイ達へ小さく舌を出すと、
「それじゃあ、おっさきにー」
誰もいない天空へ向けて、魔道の杖ジュピタルの翼を操った。
「タタロスを再召喚しても間に合わないわ! ことり、あいつを撃ち落として」
「わかりました。ギアカードオープン 爆裂火球群」
ルイの指示に従い、ことりは急いで魔術を起動した。
発生した数十の火球が群集となってフィーリアを背後から急襲する。
だが空の魔女は火球のすべてを、ダンスを踊るようにひらひらと回避した。
あまりにもあっけなくことりの術は無意味と化した。
「さすがお嬢のミニオン、なかなかの威力じゃん。でもまだまだ、狙いが甘いよー」
「す、すごい、全く当たらない……フィーリアさん、かっこいい!!」
「感心してる場合か!?」
なぜかことりが一番喜んで、案の定クウに怒られた。
次々と壁を破壊した火球に感心しつつ、軽やかにフィーリアは上昇を続け。
そして最上部の一歩手前で、ある魔術を放つ。
「ギアカードオープン 竜巻」
同時に、風が螺旋を描き、巨大な竜巻が宝の中心で発生した。
激しい気流の渦は浮遊する宝箱を次々と破壊して中から本物を炙り出す。
やがて空中には紅の宝玉が現れ、その場でふよふよと浮かんでいた。
「みっけた。あれを収めたら、あたし達の勝ちだよ」
もはやルイからの追撃の可能性も低い。
フィーリアは勝利を確信し、悠々と目標へ向かって飛翔を始めた。




