02話 とある少女の三年前
少しシリアスです。ことり視点の過去回想(夢)になります。
ああ、またこの夢だ。
ことりは目の前の少女が、かつての自分であることを理解している。
黒髪を揺らし、幼い女の子が母親と手をつないで研究所を歩いていく。
大好きな母親と一緒に、大好きな魔法を観ることができる。
そのドキドキを抑えきれず、女の子の足取りは軽快で、幸せそうな笑みを零す。
通路を抜けた先には、夢のような光景が広がっていた。
翼が生え口から火を吹くワンちゃん。重力を逆転されて宙吊りにされたお姉さん。
ひとりでに元の場所へ戻っていく本に、おいしいジュースが湧き続ける不思議な球。
常識を超えた奇跡達による華々しい景色が、幼いことりをあっという間に魅了する。
まるでお菓子の詰め合わせを前にしたように、心がキラキラときめいた。
「魔法が好き」
夢の中の幼い自分を見守りながら、ことりは呟く。
「いつも私を笑顔にしてくれる魔法が大好き」
誰に答えるわけでもなく、胸の内で優しく呟く。
だから、ことりはよく我儘を言って母の仕事場へ遊びにきていた。
当時の母の仕事は最先端魔法技術の研究者だ。
いつも難しい資料とにらめっこをしている怖いおじさんや、よく転んで絆創膏の絶えない優しいお姉さん、いつも内緒でお菓子を分けてくれる面白いお兄さん達、そんな彼らと共に母はルーカディアで魔術の研究に勤しんでいた。
その日も画面の向こう側では、魔術の光が激しく輝いていた。
徐々に強烈になっていく光源とは反比例して、幼い少女の表情は雪解けを迎えた春のようにみるみると緩む。
そして幼いことりは、「すごい、すごい」と、母へとしがみついた。
「ことりは魔法が好きね」
「うん、大好き!」
「ことりは未来のマジティアージュだものね」
そして母は愛おしそうに自分の頭を撫でるのだ。
忘れもしない母の暖かい声は、いつもことりの胸を幸せな気持ちにしてくれる。
だから何度も、何度も、夢の中でこの場面を繰り返す。
「お母さん、魔法って凄いね!」
「そうよ、だって魔法はあなた達を幸せにする為に生まれてきたんだもの」
魔法との輝かしい未来へ胸を躍らせる娘に、母は決まってこう答えた。
そして二人は手を繋ぎ、再び歩みを進める。
「私、絶対にマジティアージュになるね」
何も知らない少女は笑顔を紡ぎ、
「がんばってね、お母さん応援するわ」
母は繋がれた手をぎゅっと握り返した。
『駄目、行かないで!』
何度も、何度も、夢の母へとことりは叫んだ。
『お願いだから、戻ってきて!』
何度も、何度も、この光景を見ては祈った。
そしてシーンが暗転すると――ことりは恐る恐る目を開く。
ああ、またこの光景だ――そしてその残酷な光景を嘆き続ける。
あたり一面が水晶に埋め尽くされた、かつて研究所であった場所。
そこにある全ての物が、そこにいた全ての者が、無機質なクリスタルへと変わり果て、等しく終焉を向かえていた。
可愛いワンちゃんも、怖いおじさんも、優しいお姉さんも、面白いお兄さんも、そして愛する母も……あっけなく命の息吹を奪われた。
かつて人であったものは、まるで氷河を迎えた海のように冷たく凍りつき、ガラス細工のように眩い輝きが、無機質な体から徐々に失われていく。
「お母さん、起きてぇ……お母さぁん……」
冷たくなった母の体に縋り、幼いことりは嘆き続けた。
少女は心のどこかで理解していた。奪われていたのは母の生命の灯だと。
突然、何かが生まれ、そして自分から母を奪っていくのだと。
「お母さん、お母さぁぁん」
輝く水晶と化した母の前で、少女は一途に祈った。
(お願いだから……目を覚まして。お願いだから……もう一度、私の名を呼んで)
しかし、その祈りに答えたのは別の何かだ。
「待って……連れて行かないでぇ……」
空間に生まれた黒い亀裂が、結晶化した世界の全てを吸い込んでいく。
まるでお皿上の食べ残しをかき集めるが如く、全てを食い尽くしていく。
そしてその全ての中には当然、ことりの母も含まれていた。
(居なくなっちゃう。大好きなお母さんが。嫌だ。嫌だ。嫌だぁー)
彼方へと消えていく母を繋ぎとめようと、ことりは必死で闇へと手を伸ばした。
届かない手のひらを、奇跡を願って懸命に差出し続け――
闇の先で蠢く何かと目があった瞬間、少女の意識は終わりを告げた。
次話、ことり起きます!