25話 悪戯好きな修道女
おむつに怯えるメイド少女と、それをニヤニヤと見つめるニート。
そんな二人の会話は突然の終わりを告げた――
「ふええええー!!ス、スカートが勝手にめくれるー!!」
どこからともなく風が吹き、ことりの縞々パンツを御開帳し始めたのだ。
不思議ないたずら風は、いつまでたっても吹き続け――。
「クウさん、た、助けてぇー」
「いや、なんだかさ……生きていてごめんなさい」
「どうして落ち込むんですか!?クウさんのくせに、クウさんのくせに!」
「パンツ丸出しで人をディスるな」
メイド服のスカートを押さえながら、ことりは半泣きで罵倒した。
混沌とする状況――
その原因はフルートを思わせる張りのある声と共に現れる。
「へっへー、ギアカード そよ風。この魔法は迷える子羊達にスカートの中という夢と希望を届ける、めくる側にもめくられる側にも優しいそよ風を生む魔法だよー」
元気いっぱいの少女が、ひょいと通路の影から顔を覗かせる。
小麦畑のような金髪を後ろで束ねた一本のおさげがご機嫌に揺れ、吸い込まれそうな青い瞳は爛々と輝き、悪戯っ子のような愛くるしい笑顔が太陽のように輝いている。
紺色の修道服に身を包み、首から十字架のネックレスを下げた若いシスターだ。
「やるなシスター。だが術の対象は慎重に選ばないとな……」
「うん。そだね……ごめんね」
「どうして二人揃って、落ち込むんですかー!?」
なぜか意気投合するクウと謎のシスターへ、ことりは必死に叫んだ。
シスターはことりの前に踊るように移動すると、ぱーっと明るい笑みを向ける。
まるで天使のような彼女の姿を見て、ことりは思い当った。
「あなたは――フィーリア・ホーマーさんですか!?」
「そだよー。今日はお嬢のミニオンがどんな子か見にきたのさ!」
胸を張るおさげのシスター、フィーリア・ホーマー。
愛嬌のある笑顔に、人懐っこい言動、そして天才的な魔術の実力を持つ十六歳。
歳相応のふくらみを包む清楚な修道服姿からにじみ出るボーイッシュな感じが、世の男性陣から絶大な支持を得ている大人気ウィクターだ。
ルイのライバルとしても有名であり、二人の戦いはテレビで何度も見たことがある。
もちろん大好きな選手だから、ことりの心は踊りまくっている。
「サイン下さい! ああ、でもスカート押さえなきゃ……でもサインが……しかしパンツが……
あー、もうパンツとかどうでもいいです! フィーリアさん。サイン下さい!!」
葛藤の末、少女は色紙とペンを差し出した。
全てを天秤にかけた上でのパンツ丸出しだった。
「大したもんだよ。お前って奴は……」
妻のミーハー根性に、クウは心の底から称賛を送った。
ごちん。とフィーリアの頭に拳骨が振り下ろされた。
「いい加減、魔法を解除してやれ、フィー」
「いったぁー、バルが殴ったぁー」
神父姿の少年に叱りつけられると、フィーリアは名残惜しそうに魔法を解いた。
そしてバルと呼ばれた彼はフィーリアの頭を掴んで深々とお辞儀をする。
「フィーのミニオンであるバル・ホーマーだ。この度は誠にすまなかった!」
「バルは本当に糞真面目だね」
「お前は本当にちゃらんぽらんだな」
神父とシスターのやりとりは夫婦漫才のように熟練していた。
ことりは「いいですよー」と、サインを小脇にご機嫌な笑みを二人へ向ける。
「なーんだ。お嬢の相棒だから石頭かと思ったら……いい奴じゃん」
「ルイ君も十分良い娘だろう。お前も彼女を見習ってだな――」
「ちぇー、バルはいっつもお嬢の味方ばっか。もっとあたしのこと甘やかしてよー」
甘えたい盛りの子供のようにフィーリアが駄々をこねる。
だがバルはフィーリアを無視して、急にモジモジし始め――
「それよりも……俺のサインはいらない……のか?」
しーん。と気まずい空気が流れた。
短髪をプルプル震わせ涙を流す神父の名前はバル・ホーマー。
フィーリアの陰に隠れてしまった、地味で不人気なマイナー選手だった。
ルイが打ち合わせを終えて戻ってくると、メイド少女の目の前で、金髪のシスターが不人気という言葉を連呼し、短髪の神父が大地に手をついて泣いていた。
「やっほーお嬢、おひさー」
「何をやっているのよ、あなた達は……」
明るく話しかけるフィーリアに対して、ルイはうんざりした顔を向ける。
「なにさー、ぼっちが無理してチーム組んだみたいだから笑――心配してあげたのに」
「何かが凄く引っかかるけど、心配はご無用よ! 私とことりは固い友情で結ばれているもの! そう、かたい……カタイ……ことりはカタイ……」
NGワードに反応して、ルイの目がギランと輝いた。
「はうあー!?ルイさん『かたく』ないです。私達の友情はふにゃふにゃのゆるゆるです!」
必死になだめ、「あやうくぺちゃんこになるところでした。ふう」と汗を拭うことりへ、
フィーリアは「本当に大丈夫なの?」と疑惑の視線を向けている。
我を取り戻たルイに、ことりは一連のドタバタの理由を説明した。
するとスカートめくりという単語が出た瞬間――
「私もやられたわ。公衆の面前で……」
メラメラとルイに復讐という名の炎が燃えたぎった。
フィーリアは悪戯の常習犯らしい。
「ちょうど良かったわ。実は次の試合が決まったの……」
「もしかして、あたしと当たるのかな?」
「ふふふ、察しがいいじゃない、フィーリア」
「そろそろかと思ってたしねー。お嬢の鈍足ゴーレムとも久々に遊びたいし」
「面白い冗談ね。あなたの非力なハエ魔法なんてワンパンで潰してあげるわ」
にひひ、とシスターは挑発的な笑みを作り。
うふふ、とお嬢様は邪悪に笑った。
「試合の日までに、オムツの準備をして待ってなさい!」
「お嬢こそ、オムツの買い溜め忘れないようにね!」
訳すると『当日ぶっ殺してやんよ』の意。
マジティアにおけるオムツの正しい使い方を、ことりは学んだ。
するとルイは意気揚々と胸を張り、宣言した。
「次の試合の種目はトレジャーバトルよ!」
宝探しゲーム。それが次の試合の内容だ。
選手はフィールド内にある所定の位置を目指し、まずは宝をゲットする。
その後、宝を運んで決められた位置に収めたチームが勝者だ。
今回の特殊ルールは『ロック』。正式名は『ロックマッチ』だ。
内容は初戦のリバウンドマッチと少し似ている。
攻撃に魔法膜が反応する仕組みは同じだが、違うのは『拘束される』という効果だ。
選手はダメージを受けると動けなくなり、拘束時間はダメージ量に応じる
リバウンドの時とは異なり、ダメージの蓄積はない。またロック効果中の追加ダメージ判定もないので、動けない相手に攻撃を加えて続けて、永遠にロックすることも不可能だ。
ルイがポイントをかみ砕いて、ことりに説明してくれた。
「宝を探すか、相手を止めるか。どちらを優先するかの駆け引きが肝になるゲームね」
そして獣のように荒々しく口元を歪めて、対戦相手へ敵意を向ける。
「もちろん、わたしは後者が好みよ」
「いいよー勝負だね、お嬢」
金髪の魔女は、あっけらかんと受け止め、「にしし」と最高の笑顔を携えた。
「術は天空。言霊は自由。導師名はワンダーエンジェル。
このフィーリア・ホーマーの力、見せたげちゃうよー」
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