24話 迫り来るおむつの足音
ことりの輝かしいデビュー戦から数日が経過していた。
ネット上での自分の評価に凹みつつも、第二戦の日がやってきた。
初めての試合の以降、魔法の勉強にも一層に力が入るようになったし、未だ帰らぬ師に連絡を取って新たな修行方法も教えて貰った。
技術よりも今までどこか甘く考えていた精神的な面がマジティアで変わったのだ。
そう、自分は今までとは一味違う。前回はいっぱいいっぱいで気が回らなかったが、
せっかくマジティアの会場を選手として歩き回れるようになったのだ――
だったら余った時間で、ミスリルを見学するのはファンとして当然!
この思考を遵守した結果、成長してもいまいち邪な部分が抜けきらないことりは、関係者通路を行きかうイケメン選手達をこっそり一人で堪能していた。
「君はオリハルコンイーターのミニオンの蒼井ことりさんだね」
デュフフと笑うことりの背後から、ある男性が声をかける。
額に十字の傷がある二十代半ばのお兄さんが、ことりに握手を求めてきたのだ。
「前の試合を見て一発で君のファンになったよ」
「私のですか!?アホウドリなのに!?こけし爆弾なのに!?」
「僕には君のがんばっている感じがとても……懐かしくてね」
少しやつれた顔をしたお兄さんだが、とても優しそうに笑っていた。
ファンという単語に興奮し、握手する手にも思わず力が篭ってしまう。
けれど、ことりはまだサインを用意していない――
「ではサインは今度改めて貰いにくるよ」
「はい。必ず考えておきます!」
いつかサインを渡す約束をして二人は別れた。
去っていくお兄さんにぺこぺこ頭を下げながら、少女はがんばろうと心に誓った。
そして始まった第二戦目。
相手は水をまるで蛇のように自由自在に操る魔道師『狂乱水蛇 ビアンカ・メリージュ』
プロポーション抜群な妙齢の魔女との試合は、陣取り合戦だったが――
「見事な自爆だったな……」
「言わないでー!!お願いだからもうそっとしておいて下さい!!」
大会最速となる退場記録、二秒ジャスト。
試合はルイのおかげで勝ったが、ことりはルーカディアに伝説を刻んだ。
運営に呼ばれたルイを通路で待つ間、ことりは穴を掘って入りたい衝動に駆られていた。
「ううう、ここ数日の特訓の効果が全くありませんでした」
ことりは恨めしそうに握ったギアカードを眺めた。
これはテンが郵送してきた魔道器『なんちゃってギアカード』だ。
持って念じるとカードが体から力を吸い取る仕組みで、マスターすれば『体内の魔力をギアカードに注ぐ技術』を体得できるらしい。
受け取って以来、暇を見つけてはこれで練習している。
「こういうのは何度も繰り返し反復することで、体に魔力の流れを刻み込むんだ。
本当の意味で成果が出るのは、まだまだ先の先だよ」
「でも私クウさんがいないと魔法が使えないのに魔力なんて一体どこから……?」
「吸ってるのは魔力じゃなく――ごほんごほん。……気にするな、死ぬよりましだ」
「あああ、何だか大切なものが、ガンガン吸われていく気がするぅー」
なんちゃってギアカードを使うと、ものすごく疲れるのだ。
怯えることりの隣で、クウは気まずさを咳払いにして振り払った。
「でもマジでがんばらないと、そのうちミスって爆死するぞ。
イナク体で死ぬ程の大ダメージを受けたらどうなるか知ってるだろ」
「それはもちろん……どうなるんですか?」
「知らんのかい。いつも一緒にマジティア観てるはずだろ、ポンコツめ……」
えへへ、と少女はあざとく微笑み、その場を取り繕った。
「イナク体が完全に破壊されるとアホになる。具体的には数時間から数日単位で『はーい』『ばぶー』『チャーン』しかいえないぐらい言語中枢も低下して、オムツが必要な体になる」
「何ですかそれ、こわっ!」
「死なない代わりに強制赤ちゃんプレイの始まりさ。『オムツを用意して待っていろ』なんて捨て台詞はマジティアの煽り用語で有名だろ。ヒール役が使う、ぶっ殺すぞ的な意味で」
「私はてっきり……この業界はベビーブームで皆さん祝福し合っているとばかり」
「なんだ、その優しい世界」
こういう感じで、少女は理解から遠ざかっていくのである。
「お前のオムツを交換するのは俺かジジイの二択だぞ」
「なんですか、その悲惨な世界!」
イナク体での死は本当の死ではないが、ある意味で社会的に死ぬ。
迫るオムツの足音から逃れる為に、少女はなんちゃってギアカードを再び構えた。
するとクウがことりの横顔を満足そうに見つめて言い放つ。
「あくまでその修行は初期段階――
最も基本的なギアカードと術者のつながりを強化するのが目的だ。
そして、お前がそれを体得すれば……フォーゲルはもう一段階進化する!」
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