23話 ミックスリード
テラソフィアでのダメージが大き過ぎた場合、イナク体から現実の肉体へ戻る時に、ダメージがいくらかフィードバックされるケースがある。
仮想と現実。これは二つの肉体情報の差異が生む矛盾による再構成のエラーを防ぐ安全装置であり、程度で言えば入院するほどの大怪我が、現実ではちょっと深めの擦り傷に変換されるというのがいい例えだろう。
ことりもその法則の例に漏れず、自爆の反動で体の所々に擦り傷ができていた為、ルイやクウと別れて、マジティアの医務室で一人治療を受ける運びとなった。
「あらあら、女の子なのにお肌が傷だらけなのねん」
陽気な声のナースが杖を一振りするごとに、次々と傷が癒えていく。
初めての医療魔法に、ことりはおもちゃ箱を見つけた子供のようにはしゃいでしまう。
「わあ、あっという間に怪我が治っちゃいましたー!!」
「この程度の怪我なら、私にかかればお医者さんごっこみたいなものなのよーん」
魔法の素晴らしさに感動して、お姉さんの顔を見上げると――
その人はこの国で一番偉い魔法使いだった。
「あ、あ、あ、あなたはミックスリードさん!?」
「正解よーん。時にはマジティア名物の優しいナース。時には女の子を物色しに来ただけのお姉さん。その正体は皆の憧れ、月面一適当な設定で生きる魔女ミックスリードよん」
「どうしてこんなところに!?」
「むしろ新人イジリは私の特権で、マジティア選手の登竜門なのよん。特にあなたみたいな女の子は個人的にドストライクだから我慢出来ずにここへ来ちゃったわん」
はぁはぁ、じゅるり。と舌なめずりを行う偉人を前に、ことりは静かに後ずさった。
けれどミックスリードはご機嫌にことりへ近寄ると過剰なスキンシップを試みる。
ランランと揺れる体にあわせて、薄螺子型の飾りが揺れていた。
「あなたの試合はなかなか興味深かったわよん」
「ほ、本当ですか!?」
「お茶の間は大爆笑で間違いないわん」
「あ、やっぱりそんな感じですよね……」
改めて言われるとやっぱり凹む。しかも相手はこの国一番の魔女だ。
ミックスリードはクスクスと笑いながら、落ち込むことりの頬をそっと撫でる。
雛鳥を見守る優しい瞳が、新米ミニオンへ向けられていた。
「それで、どうだったのん。初めてのマジティアは」
「とっても楽しかったです。でも――」
「浮かない顔ねん……何か思うことでもあったのかしらん」
言葉に詰まり、ことりは俯いた。
そしてメイド服のスカートを、ちいさな手でぎゅっと握る。
「自分自身がとても不甲斐なくて悔しいです。
私はマジティアに出て、マジティアージュになるのが目標で……だからとにかく魔法さえ使えればなんとかなる。そう甘く考えていたんです。
他にもやらなきゃいけないことはたくさんあったのに……」
それはマジティアを通して知った、魔法使いとしての実力の差だ。
レイヤを前にしても何も出来ず、ルイにおんぶに抱っこだった。
痛み分けたといっても、ダレンには終止押され続けていた。
引き分けまで食らいつけたのはクウがいたおかげで、自分の力不足は明白だ。
「初めてのマジティアでそれを痛感して――そして思ったんです。
もちろん一番の目標はマジティアージュになることだけど……でも――」
ルイ、レイヤ、ダレン。三人の足元にも及ばない実力。
それがことりの現実だ。
本当に自分はまだまだ未熟過ぎる。
だからこそ――
「それと同じぐらいもっとちゃんとしたいです。
もっとこの力と向き合って、もっとこの力のことをちゃんと知って、胸を張って自分が魔法使いだと言えるようになりたいです」
背後のディスプレイに、試合後のインタビューに応える凛々しいルイの姿が映る。
彼女の様に、彼女が誇れる様に、自分もなりたい。
「本物の魔法使いに――」
新たな決意を胸にする少女を、ミックスリードは優しくきゅっと抱きしめた。
大人の女性の柔らかな感触と、花のようないい香りが不思議と母に似ている気がして、ミックスリードの胸の中はとても居心地がいい。
「自分でそれに気付くとは偉い! そして可愛い! さすが私の――げふんげふん」
突然、遮られた言葉に、ことりが不思議がっていると――
「本物の魔法使いになる為には、知識や技術の他に大切なものが一つあるわん。
そして、それを見つけることがマジティアージュを目指すあなたへの最初の試練よん」
最後にわしゃわしゃと、少女は頭を撫でられる。
「今の気持ちを忘れずにこれからも前を見据え続けなさい。そうしてまゆたまに、この先何百何千と光を灯し、辿り着いた光輝の果てにこそイヴレコードは現れるのだから」
陽気な魔女は波のようなふわふわ髪をなびかせて、部屋を後にする。
医務室に残されたことりは、何か大切なことが頭の隅にひっかかり、彼女の触れた場所を自分でさすってみた。けれど違和感の理由を導き出すことはできなかった。




