18話 さあ始めましょう
『ミスリル』はセントラル都心部にあるマジティアの会場の一つである。
収容観客数八万五千人を誇る巨大なドームでは毎日試合が行われていて、マジティアの選手達を一目見ようと、出待ちの光景も珍しくない。
現在のことりの目的は、一九〇センチに近い高長身にビューティーフェイスを併せ持つ魔法使い、レイヤ・ニードルスの会場入りだ。
飛び交う黄色い声援の中で、緑の髪の青年が爽やかな笑顔が映える。
動くことも困難な人垣の最前列で、ことりは目はハートになっていた。
「きゃー、レイヤさーん。サインを下さーい!」
見栄えする高低差のある鼻に、女性受けする美顔でキランと光る白い歯。
ふわふわとしたマッシュヘアが凛々しさの中に愛くるしさを滲ませるイケメンの魔法使いが、物珍しい格好の少女に眼を留め、清涼感あふれる微笑を向ける。
「おやおや、これは可愛いメイドさんだ」
彼はリクエストに答え、ことりにサインをプレゼントした。
甘い香りがするほど近いイケメンとの距離に、思わずうっとり。
夢なら一生覚めなくていいとことりは本気で思っている。
「今日は僕のミニオン、弟のダレンの初試合でもある。応援を宜しく頼んだよ」
レイヤの横には紹介されたダレン・ニードルスが立っていた。
顔はレイヤに似ているが、目元や輪郭は丸みを残している童顔だ。
男前というよりも、可愛いという単語がしっくりくるだろう。
背はことりより少し大きいが、平均的な同世代の身長よりは小さい。
ダレンはことりと同じ十三歳。まだまだ成長途中なのだ。
「今日デビューする、ダレン・ニードレスだ、コラ」
たどたどしい美少年の叫びは、女性達の保護欲を刺激したようだ。
歓声と拍手が飛び交い、ことりも「がんばってくださーい」と応援した。
次はレイヤのブロマイドをゲットするのが目標だ。
手のひらにおこずかいを握り締め、走り出した少女の名前は、蒼井ことり。
魔法も大好きだが、イケメンも大好きなミーハー少女である。
ミスリルは間違いなくルーカディア一の魅力と集客力を持つ場所だ。
正面の緑のツタが装飾された神殿風の入り口から一歩中へ立ち入ると、内部にはショッピングモールや美術館も併設されていて、マジティア以外の目的で来訪する者も多い。
ドームの周囲にも有名なお店がこぞって出店しているため、観光には最適だ。
昨夜の罰として荷物持ちをクウに任せ、ことりはショッピングを楽しんでいた。
「マジティアの人気って凄いですね」
「……だな。ごめん、正直舐めてた。人ゴミ嫌い、視線も多すぎ、俺もう帰りたい」
ひきこもりのクウには、この場所はつらいらしい。
ことりもテンとお出かけするのは、山や河原など静かな場所が多い。
だからミスリルの人口密度の多さには少々めまいを覚えていた。
現在、ことり達がいるイブの像の前は、待ち合わせスポットだからなおさらだ。
ここで二人はルイと待ち合わせをしていた。
理由はわからないが、『正装』で来るように言われているのだが――
「なのに、どうしてメイド服のままなんだよ?」
「ふふふ、私の正装といえば、これ以外にはありえません」
「ただのコスプレじゃねえか」
言い捨てるように指摘され、ことりは頬を膨らませた。
同じ男性なのに一緒にいるだけで夢見心地になれたレイヤとはえらい違いである。
クウの横顔をまじまじと見つめて、改めてつけた個人的な評価は四十点だ。
もう少し健康的な生活をして、性格も素直になって欲しい。
まあ、意外と気も合うし、おしゃべりしたい気分の時は最後まで付き合ってくれるし、知識も豊富で頭が良い点はそれなりに評価している。
魔法の話をする時の、テンに似た嬉しそうな顔は嫌いじゃない。
その辺の身内贔屓を加えて、やっと四十五点か。
「なんか失礼なこと考えてないか?」
「べつに」
クウのジト目から逃れ、ことりは目の前のイヴの像へと話題を移した。
大きな杖を掲げた神々しい女性と、その足元で翼を大きく広げた大鳥。
イヴの黄金像は、ルーカディアでは誰もが知っているモニュメントだ。
「この像には、もっとたくさんの種類があるのよ」
透き通るような女性の声に振り向くと、ルイの姿があった。
有名人の彼女は伊達メガネに帽子を携えたカジュアルな服に変装している。
ルイによると、黄金像の台座部分の動物はイヴの魔法がモチーフらしい。
地球にあるルイの実家辺りだと巨神兵、別荘のある地域は聖馬、そして月面は霊鳥。
土地ごとに信仰があり、イヴと動物の組み合わせがそれぞれ異なるのだ。
「最近は信仰というよりも、観光地の名物としての意味合いが強いけどね」
観光にいったら土地ゆかりの像と一緒に記念撮影をするのは定番らしい。
話している間も、何組かのカップルが写真を撮っていた。
ことりは生まれも育ちもルーカディアなので、他の像は見たことがない。
けれど――この魔法の霊鳥にはなぜか心惹かれるものがある。
「私はこの鳥さんが一番好きですよ。なんとなくですけど」
そっと呟く少女の様子を、クウはどこか嬉しそうに見守っていた。
ふと、ことりの目にあるものが止まる。
マジティアの本日の対戦予定の告知だ。
組み合わせの内容は、レイヤ・ニードルス対ルイ・リンバース。
つまり、ことりはマジティア観戦に――ルイの応援にやってきたのだ。
「ルイさん、今日は招待して頂いて本当にありがとうございます!」
ミスリルには幼い頃に一度だけ来たことがあるが、試合は見ていない。
本日がことりにとって人生初の生マジティアだ。
期待が膨らみ、ことりの鼻息は自然と荒くなっていく。
「いいのよお礼だなんて。それに――」
対するルイは真摯な瞳でことりを見つめていた。
そして口ずさむのは昨夜伝え損ねた、大切な言葉だ――
「あなたも出場するのよ。私のミニオンとして、マジティアにね」
「……ふへ?」
いまいち理解出来ず、間の抜けた声を漏らすことりの前で――
ルイは瞳を輝かせて夢の舞台への台詞を唱えた。
「さあ、始めましょう。私たちの魔法演武、マジティアを!」




