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16話 お嬢様とメイドとニート

ちょっと長いです

「絶対に認めませんからね!」


 ソプラノ音の怒声が、クウの部屋でことり達へと襲い掛かる。

 銀髪の有名人はこめかみに血管を浮きだたせ、歯をむき出しにして怒りを表現していた。

鋭い目じりはつり上がり、本来は白い肌が真っ赤に煮えて湯気まで上がっている。

 頭では触覚のような銀髪が一本、プルプルと震えていた。 


 原因は、ことりとクウの契約についてだ。


「テンおじさまはどこに行ったの。こんな大事なことを報告もせずに!」


「ジジイは自分探しの旅に出た」


「あの歳で自分を見つけてないって、人としてどうなの!?」


 まくしたてるルイに、クウはだらだらと応対する。

 テンの逃げ出した理由がなんとなくわかった。


「だいたいそんな小さな子を相手に結婚を強要するなんて目茶苦茶よ!」


 ルイの非の打ちどころのない正論に、ことりは激しく同意した。

 この人はいい人だ。ことりの胸に抱かれたサイン色紙もそれを証明している。


 するとクウは改めて、ことりのことを紹介し始めた。


「とにかくこいつが俺の契約者、蒼井ことりだ。弟子だったり、メイドだったり、幼な妻だったりと色々あるが、ジジイの娘みたいなもんだな」


 訝しげな視線を向けるルイに、ことりは恐る恐るお辞儀をする。

 一挙一動を観察され、お姑さんに値踏みされている気分になった。


「あのアホ毛はルイ。説明すると色々あるが……まあ、ぼっち代表だ」


「色々の中から何故ぼっちを選んだの!?」


 クウによる雑な人物紹介に、ルイは半泣きで叫んだ。

 二人のそんなやりとりから、互いに気心が知れているのがわかる。


 ニートと有名人。その接点はクウが語った。


「俺をここに匿ってくれたのが、リンバース家なんだよ」


「なるほど、過保護なスポンサーってルイさんのお家だったんですね」


 やっと話の筋が見え始め、ことりはほわほわとした声色で納得する。

 甘ったるい声に毒気を抜かれ、ルイも少し溜飲を下げた。


「クウのギフトのことはもう知っているでしょう? 

 マナホルダーは肉体への適性を無視して契約者に魔法を与える能力で――

 しかも管理者によるギアカード生成能力まで備えた強力でレアな力よ。

 クウの価値は、魔術の世界において計り知れないほど高いわ」


 実際に、クウの力を使ったことりは「なるほど」と相槌をうった。

 適正ゼロの自分の肉体と融合し、さらにその場でテンの魔法に打ち勝ってしまう。

 冷静に振り返ってみると、色々と常識外れな能力だ。


「それこそ昔は大変だったのよ。危ない思想の魔術師に何度も誘拐されたり、奪い合いで大規模闘争になったりして……それに四年前だって――」


「―――っ、ルイ!」


「……ごめんなさい。失言だったわ」


 突然、クウが声を荒げてルイを一喝する。

 話の内容もあるが、ことりは少年が初めてみせた感情に驚いてしまった。

 ルイは叱られた子犬のようにたじろぐと、話の舵を切り返した。


「とにかく。クウを助ける為に、悪い魔法使い達を根こそぎブッ飛ばしたのが、私のおじい様。ダブルデルタズの一人、ワールワールドよ」


 ダブルデルタズというのは世界に名を連ねる『魔法使い』の権力者による組織だ。

 彼らによって魔術世界の秩序が保たれているといっても過言ではない。

 魔法界の法の番人、ワールワールド。

 月面開発に貢献した近代魔術の母、ミックスリード。

 世界の魔法教育の第一人者、ノブレスキャドー。

 特にこの三人はダブルデルタズの御三家と呼ばれ、近代史に載るほど有名だ。

 ポンコツのことりですらワ―ズワールドの名は教科書で何度か目にして知っている。


 つまりルイは、超がつくほどいいところのお嬢様なのだ。


「そしてクウは、おじい様の友人であるテンおじ様に預けられていたのよ」 


 もちろん理由は『マナホルダーの保護』の為だ。


 ルイが説明を終えて、ことりは全てを理解した。

 ことりですら魔法の力を得ることのできるクウのギフト、マナホルダー。

 希有な能力を世間から守る為に、テンの元へクウを預けたのがルイの家だ。

 だが、保護下にあるはずの能力が勝手に契約されてしまった。


 魔法界の法の番人とまで呼ばれる人物の目を盗んで――


「え、え、えらいこっちゃー!?」


 事実が思っていたよりとんでもないことに気付き、ことりは震えあがった。

 だが全ての元凶であるクウの態度はどこ吹く風である。


「問題ねえよ。そもそも契約できる奴にも条件はあるしな」


「……条件ですか?」


 新たな事実に、ことりの震えがピタリと止まる。

 ルイも初耳らしく、少女二人は揃ってクウへ耳を傾けた。


「言葉にするのは難しいが……俺の事を叱りつつも、なんだかんだで最後は甘やかしてくれるとこだな。お前のダメ人間ホイホイ気質が契約の条件を満たしている」


「「条件がだらしなさ過ぎる!?」」


 ダメ人間に向かって、二人の乙女の叫びが一致した。


 ことりは再び指輪を外そうするが、やっぱり何も変わらない。

 絶望するメイド少女をしばし楽しむと、クウは高笑いを決め込んだ。


「無駄だ。この婚姻届がある限り、お前は妻として一生俺の身の回りの世話をする義務があるのさ! 契約内容はよく読んでサインしないとなぁ、お嬢ちゃん」


「そ、そんなぁー!?」


「さぁ、俺の為に部屋を隅々まで掃除して、服を綺麗に洗濯し、胃を満たす美味い食事を用意するがいい。でないと、成人向け同人誌みたいなペナルティがお前を襲うぜ」


「あれ……それっていつもしていますよね?」


「しまった。そういやそうだった」


「むしろ夫婦と名乗るなら家事は分担を要求します!」


「ちゃっかりとピンチをチャンスに変えやがって」


 意外と逞しい少女の思考に、クウは舌打ちする。

 幼いとはいえ、ことりだって女の子だ。

 いつか素敵な男性と巡り合って、ゴールインすることを夢見ている。

 こんなダメニートに好き勝手されるなんて間違ってもごめんだ。

 しかし、なかなか折れぬ相方に対し、クウは攻め口を変えてきた。


「だいたい、婚姻関係が無くなったら魔法は使えなくなるぞ」


 その言葉に――ぴくりと、ことりの耳が動いた。


「あーあ、適正ゼロパーの誰かさんでも、俺を甘やかすだけで使える魔法なのになー」


 その言葉に――ぴくっ、ぴくっと、ことりの耳はさらに動いた。


「どうする? また魔法の使えないみじめな生活に戻りたいか?」


 その言葉に――ぴくっ、ぴくっ、ぴくっと、ことりの耳はさらに動いた。


 そして悪魔の囁きに対して口に手を当て、体をモジモジさせる。

 あくまで、嫌々なんですけどね……という雰囲気を少女は装った。


「し、仕方ないですね。しばらくなら我慢してもいいかなーなんて思ったり……」


「信じてたぜ。お前はそんな現金なやつだってな」


 色々と嫌なことはあったが、大好きな魔法の魅力には勝てないのだ。

 夢の為なら、指輪や婚姻届の件はとりあえず後回しでも構わない。

 ことりは手のひらをあっさり返した。


 けれど、第三者であるルイは未だ異論を唱える。


「そもそも契約なんて認めないって言っているでしょう!」

 リンバース家の代表として、祖父の意向を無視した行為を認めるわけにはいかない。

 ルイには法の番人ワーズワールドの孫としてのプライドがあるのだ。

 だから顔を真っ赤にして、決して譲れぬ想いを叫んだ。


「どんな理由があっても、ぜーったいに認めないんだから!」








 数分後、ルイは鼻水と涙を濁流のように垂れ流し、号泣していた。


「お母さんの残した約束……マジティアージュに……ふえーん。いい話じゃない」


 魔法使いになりたい。マジティアージュになりたい。

 ことりの身の上話を終えると、ルイから色々な液体が大量に溢れ出した。

 世間で美形と評される顔が、目も当てられないほどくしゃくしゃだ。


「頑張ってね、私は応援するから! 地球にいるおじい様も説得してあげるし、文句を付ける奴がいたら、片っ端からぶっとばしてくるわ!」


「凄い勢いで何かが解決した!?」


 流れるように全ての問題が解決し、ことりは素っ頓狂な声をあげる。

 号泣する銀髪少女を流し目に眺めつつ、クウはことりにだけ囁いた。


「あいつ、ちょろいんだよ」


「それは……本人には黙っておいた方がいいですね」


「ま、そこが昔からいいとこでもあるんだけどな」


 クウのまんざらでもない顔を見て、ことりは一つだけ疑問が残った。

 三年一緒にいたはずなのに、どうしてことりはクウ達の関係を知らなかったのだろう。

 二人はどう見ても友人関係にあるはずなのに、ルイは一度もお屋敷を訪れていない。

 クウが保護されているというのなら、なおさら放置はしないだろう。


 そしてその答えは――

 はぁはぁと荒い息遣いでルイの背後に現れた。


「ひい。い、い、犬ぅ!!」


 正体はテンの愛犬、真っ白な大型犬のラインハルトだ。

 ご機嫌に尾を振るグレートピレニーズを見た途端、ルイは恐怖で飛び上がった。


「ルイさんはワンちゃんが苦手なんですか?」


「嫌いよ。 こいつは特に大っ嫌い!」


 クウ曰く、以前はルイもよく屋敷に遊びに来ていたらしい。

 けれど三年前にある事件で犬嫌いになり、それ以来この屋敷へは来ていないそうだ。

 ことりとはちょうど入れ違いの時期であり、ルイと面識を持たなかった理由もこれだ。


 ルイをじりじりと追いつめる大型犬を指差し、クウは語った。


「実はこいつはただの犬じゃない。俺を守る使命を持った魔法生物なんだ」


 クウに敵意のある者は容赦なく牙で闇に屠る魔の番犬であり、

 そして逆に好意的な来客者は徹底的にもてなすように設定されているらしい。


「し、知りませんでした!」


 いつも毛並みを整えたり、お風呂に入れたりしているのに全く気付かなかった。

 もふもふの毛並みのラインハルトは、どうみてもただの犬にしか見えない。

 おまけに指差したクウの腕に噛み付いていた。


「そして三年前、青空の眩しい庭先で事件は起こった。好意的な来客者であったルイはラインハルトに取り押さえられ、身ぐるみを剥がされると、全身を舌先でペロペロと――」


「いやー言わないで! やっぱり私、帰るわー!!」


 ルイが我を忘れ、聞くに堪えない金切り声をあげる。

 恐ろしいことに、『おもてなし』は少々ハードな犬基準の内容らしい。


「もう気にすんなよ。大丈夫、あの時の映像は今でも使えるからさ」


「何に使っているのよ!?」


 ツッコミの最中も、ルイは飛びかかるラインハルトと格闘戦を繰り広げていた。

 お嬢様なのにも関わらずルイは非情にパワフルで、美しい細腕から放たれる拳は次々と家具を破壊していく。その残骸を見て、ことりはあることを思い出していた。


「もしかして、クウさんのゲーム仲間のタタロスさんって……」


「ああ、ルイだな。すぐ物を壊すから友達いないんだよ」


 なんでも二人は毎日のようにビデオチャットを組んで遊んでいるらしい。

 ニートとぼっちのコンビは、だらだらとネット世界を冒険しているうちに「リアルで会わなくてもなんとかなる」という結論に達し、気づいたら四年が経過していたそうだ。


 けれど、今夜は違った。それはテンとことりの戦いだ。


 ことりの魔法で生まれた大爆発は、リンバース家で観測されていたらしい。

 マナホルダーを保護する屋敷で突然、謎の爆発――

 そう報告を受けたルイは、一目散にここへ駆けつけてくれたのだ。


 大嫌いな犬への恐怖を乗り越え、大切な親友を守る為に。


「空気読めない上に、物理的な意味でクラッシャーだけどルイはいい奴だよ。

 俺が素直に親友だって認めるぐらいにはな」


 へそまがりのクウがそこまで言い切るのが珍しくて、ことりはくすりと微笑む。

 出会ってまだ短いが、ことりもルイがとても好きになれそうだった。


「まゆたまも随分成長してるな。相変わらず、いい色してるぜ」


「まゆたまが……ですか?」


 クウが未だ暴れているルイの胸元を見つめて、呟いていた。

 ことりも真似してみたが、大きなおっぱいしか見えない。

 そしてクウがいやらしい目でルイのおっぱいを凝視しているようにしか見えない。


「ちげーよ、これもマナホルダーの能力の一つだ。まゆたまが見えるんだよ」


「それって凄いじゃないですか。じゃあ、私のまゆたまも見えているんですよね?」


「ぷっ――。どんなのか知りたいか?」


「あ、やっぱりいいです」


 リアクションでおおよそ判断できた。なんかむかついた。

 なぜ天はこんな人に能力を与えたのだと、ことりが本気で考えていると――


「そういやお前、共鳴りって知ってるか?」


 クウが急にことりへ知識を問いかける。


 まゆたまの『共鳴り』。それは二対一体の魂の存在だ。

 太極の陰陽のように、まゆたまの波長には互いに対にとなるものが確認されている。

 共鳴り同士が近くにいた場合は波長が互いに干渉し合い、まゆたまが様々な加護を魔法使いに与えてくれるのだ。


 まさに魂で結ばれた運命の相手、それが共鳴りである。

 映画の設定などでもよく使われるため、ことりも名前は知っている。


「要は血液型とかである相性占いのノリですよね」


「いや、そんな簡単なもんじゃねえよ。実際に共鳴り同士が会うのは奇跡に近い」


 いまいちわかっていないメイド少女に、クウは言葉を付け足した。


「だから共鳴りを見つけたら、迷わずパートナーにした方がいい。マジティアージュを目指すならなおさらな。そんでもって――」



 そして――告げる。少女達の運命を決定づけるその事実を。



「お前らのまゆたまは『共鳴りだ』」






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