13話 彼女の言霊
腹は決まった。今から自分はテンと魔法で勝負する。
だがしかし、ことりはいまいち締りのない声をあげていた。
「あー!!でもでも私、ギアカードを持ってないです」
魔法と融合出来ても、術を操るギアカードが無い。
土壇場になって、ことりはその事実に気付いてしまった。
基本術式に見合ったギアカードを用意するのは、とても時間がかかるのだ。
けれど、クウは「任せとけ!」と得意げに鼻をならした。
同時に、ことりの眼前できらきらと赤い光が瞬き――
光の中から現れたのは、なんとギアカードだ。
「俺が術を作り、お前が唱える。これがマナホルダーの能力の真髄だ」
体内にいる管理人が術式を組み上げ、どんな状況にも瞬時に対応できる魔導師になる。
マナホルダーと契約者は、術の管理と行使を補い合う二人で一人の魔法使いなのだ。
そして――これで準備は整った。
「ギアカードに込めた魔法をお前の力で解き放て!」
わかりました。と少女は頷き、カードを掲げ思いっきり叫んだ。
「ギアカードオープン」
しーん……しかし何も起こらなかった。
「駄目じゃないですか。クウさんの嘘つきー!!」
「駄目なのはお前だ。魔法に必要なのは言葉だけじゃないだろ!」
必要なのは魔法を動かすエネルギー、魔力。つまり言霊の生み出すまゆたまの力だ。
心を奮わせる言霊を掲げることで、魔術師は強大な魔力を行使する。
けれど、ことりには自信の魂に掲げる『言葉』などまだ存在しない。
「お前にはまだ言霊なんて大層な物はない。それはわかってる。
だったら、そんなもの今は忘れていい。ありあわせの言葉なんて無い方がましだ」
魂の奮わぬ模造品では真の力を発揮できない。それはかつて師の語った言葉だ。
けれど言霊を得ぬままでは、師と勝負することすら叶わない。
不安がる少女へ、クウは諭すように語り続ける。
「言霊は言い換えれば心の原動力だ。お前がしたいことを願い続ければ必ず見つかる。
だから、今は特別なことはいらない。自身の魂に、ただ祈れ!」
「祈る……自分の願いを……魂に……」
彼の一言一言が水滴の落ちた水面のように波紋となり、ことりの心を響かせる。
自分の中にある大事な想い。その全てを強く抱き、唱える。
それが少女の目指す魔法使いへの第一歩のなのだと。
「なにより、このカードはジジイと戦う為に作った力じゃねえ」
そう、この魔法は――
「お前が願いへの一歩を踏み出す為の力だ」
頼もしく笑うクウの言葉に導かれ、ことりは柔和な笑みを作った。
ことりが魔法を得て『やりたいこと』、それならわかる。
ギアカードを握る小さな掌に、ことりはぎゅっと力を込めた。
「なんだ……それなら簡単です」
この屋敷へ来てからの日々と……幼い頃の記憶。
テンと、クウと、そして母との大切な思い出が少女の魂を優しく照らす。
焦がれ続けた想いは言葉となって溢れ、ことりの祈りは自然と紡がれた。
「私は魔法使いになりたい。そしてマジティアに出て、マジティアージュを目指したい。
才能もないし、勉強も苦手だし、自信だって今はまだちゃんと持てないけれど。
それでも――私は魔法が大好きだから!」
今まで眠っていたまゆたまが、少女の祈りに呼応して、脈動する。
湧き上がる心のエナジーが魂の表層で魔力へと変換され、膨大な動力が誕生する。
「だから力が欲しい。夢を叶える為に、前に踏み出す力が……欲しいです!」
渇望する心と、揺れる魂の叫びが臨界点を超え――
ことりの体が紅色に輝いた。
無限に湧きいずる紅き魔の閃光に、テンは目を見張り、呟く。
「やはりそれがお主の言霊か……」
まゆたまの発光現象。
それは古来より永遠に続く魔法使いの練磨の輝きにして、まゆたまに祈りを捧げた人々の純粋なる願いの焔。
そんな少女の無垢なる光に魅せられ、呟く。
「逆境を前にしても決して折れず、より輝きを増すその心。
未来を目指し、未知へ進むことを恐れぬその魂。
最も古き言葉のひとつに数えられるその言霊の名は……勇気」
弟子の成長に心を躍らせ、そして少しだけ歯がゆそうに、呟く。
「母子揃って同じ言霊とは……師としては少々、妬けるのう」
胸の奥から力が満ち溢れ、ことりのギアカードに煌きが灯る。
儀式札へと注がれた、紅蓮色の暖かな輝きが少女に与えたもの。
それは奇跡への確信だ。
「御館様、いきます!」
テンは口元を歪ませ、不敵に笑い返した。
義娘の魔道師としての覚醒。生涯に一度にしか立ち会えぬ素晴らしい瞬間。
幼き身体に湧き立つ強大にて巨大な魔力は、まさに愉快痛快。
けれど彼はこの試練に手心を加える気など毛頭ない。
「来なさい。合か否か、この一撃でケリをつけよう」
勝負は一瞬――
その為に師は弟子へ、弟子は師へ、互いが互いの想いを込める。
極限までに魔力を高め、そして術を開放する。
「ギアカードオープン 大砂球舞」
テンの前方で発生した巨大砂球が、ことりを討ち取らんと射出される。
地面をえぐり急速に接近する砂の魔術砲は、テンが得意とする上位攻撃呪文だ。
「細かい調整は俺に任せろ。お前はただ全力でぶっ放せ!」
クウの声に支えられ、ことりは微かに口元で笑みを作る。
大丈夫、きっと上手くいく。
なぜなら、ことりがすることはたった一つ。
自分の大好きな魔法へ、この想いを託すだけなのだから。
「ギアカードオープン 爆裂火球」
刹那の刻、ことりの眼前に大炎が生まれ、球体へと収束した炎弾となる。
爆発的な火力を秘めた大火砲は前方へと高速で打ち出され、テンの砂球サンドダイダンスと真正面から衝突する。
師弟の魔力が限界まで練りこまれた術と術のぶつかり合い。
その均衡を破り、戦いを制したのは――
「「弾けろー!!」」
ことりとクウの咆哮を合図に火球が炸裂し、紅蓮の大爆発が巻き起こった。
強烈なバーストを起こす炎の球の魔法。それがフォーゲルという術の正体だ。
爆撃はサンドダイダンスを完全に打ち砕き、術者であるテンは余波で生まれた炎の濁流の中へ完全に飲み込まれ、紅の猛威にさらされていた。
そしてその後、白煙が漂う庭園の中心で――
「かかかっ、合格じゃ。愉快痛快に、見事なり!」
爆発の衝撃でアフロ頭になった老人の――大賛辞が響いた。




