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12話 試練のマジティア

 

 燃えるように熱い何かが、ことりの体中を駆け巡る。

 そしてその何かが少女の肉体を満たすと、血が沸騰するように沸きあがる。

 上気した頬が冷やかな夜の空気にさらされると、未知の体験に現実感を与えていた。


 唇に残った仄かな感触をことりは思わず手を触れて確認する。


「な、な、何が起こって……っていうかキスー!?私のファーストキスが!?」


「これで合体完了だ」


「どこにいるんですか、クウさん。大人しく出てきて刀の錆になって下さい!」


 大量の血の涙を流しながら、ことりはクウの姿を探した。

 キョロキョロと周りを見渡すが、少年の姿はどこにも見当たらない。

 何故か頭の中で響く声が、少女の怒りだけを加速させる。


「乙女の唇をよくも! よくもー!!よくもぉぉぉぉ――!!」


「落ち着けっての、それよりも頭の髪飾りをよくみてみろ」


 クウへの制裁を検討しつつも、ことりは手鏡を覗き込んだ。

 すると、テンから貰った翼の髪飾りがメラメラと燃えていた。


「あああ、頭が火事ですー!! みず、水ー!!」


「それは術の発動媒体『魔導の杖』だ。お前の中にあった強いイメージが反映して、その形に落ち着いたんだろう。よっぽど気に入ってたんだな、その髪飾り」


 高レベルに魔法と同化した際に具現化する儀式具、魔導の杖。

 これを出現させることは世間に魔法使いと認められる証でもある。


 恐る恐る、ことりは燃え盛るデフォルメ調の髪飾りを触ってみた。

 見た目は炎だが、全く熱くはない。ふわふわとした不思議な質感だ。


 テンは喉を唸らせ、ことりへ惜しみない賞賛を送った。


「ことりよ。これがギフト、マナホルダーの力じゃ。クウ坊は今、古代の上位術式と一緒にお主の中に取り込まれ、魔術の管理人となっておるのじゃよ」


 ポンコツおつむには難しい内容だが、一つだけ少女にもわかったことがある――

 おかげでことりの感情メーターは怒りから喜びへと一瞬で変化した。


「私がついに魔法を……じゃあ、これで合格ですね御館様!」


 期限を設けていたテンとの約束も、これで見事にクリアだ。

 まだ混乱していたが少女は笑顔を作り、小さくガッツポーズをする。

 しかし――テンから返ってきたのは首を横に振った否定だ。


「お主がクウ坊の魔法と相性が良いのは認めよう……契約だけなら別にかまわん。けれどワシは宝の番人。クウ坊の秘密をここから漏らさぬことが仕事じゃ」


 テンは責任ある者として眼を細め、ことり達を見据える。


「特に、マジティアに出てマジティアージュを目指すというお主の夢はマナホルダーにとってはリスクが高すぎる。故に手放しで送り出すわけにはいかんのじゃ」


 守らなければいけない秘密と愛する義娘への気持ち。相反するその二つ――

 選ばねばならぬというのなら、老人の選択はたただ一つ。


「だからこそ、今ここで行おう。魔法演武マジティアを」


 本来、マジティアとは主張を違えた魔術師が行う決闘という意味も持っている。

 そして、ことりがテンと交わした約束は『魔法を使える』ことではなない。

 正確には魔法の力で『テンから合格を得る』ことなのだ。


 重くなったテンの声色が真剣味を帯び、湧きあがるプレッシャーがことりを襲う。

 決して冗談などではない。テンは本気でことりと戦う気だ。


「そ、そんな……いきなり御館様と勝負だなんて」


 うろたえることりを前に、テンは魔導の杖である教鞭を具現化する。

 同時に周囲の大気が乱れ、砂が渦のように螺旋を描いた。

 場の全ての者を飲み込む凄まじい砂嵐の中心で、ことりは師と対峙する。


「断るというのならそれもまた一興。じゃが、約束通り魔法使いになるのは本日をもって諦めてもらうことになるのう」


 残酷な言葉がことりの胸にずきんと響き、締め付けるような痛みを生む。


 それだけは……絶対に嫌だ。


 顔を上げテンと向き合うと、うるんだ瞳がことりを捉えていた。


「本音を半分言うとのう、ワシはお主に魔術になど関わって欲しくはないんじゃ……。この世界はお主が夢みるほど綺麗ごとばかりではないからのう」


 ことりの母の命を奪ったのも、元を辿れば魔法の存在が原因だ。

 しかしそれでも魔法が好きと胸を張る少女の姿が、テンにはとても尊くて眩しい。


 そんな師の瞳に捉えられると、少しだけことりの心が揺らいでしまう。

 このまま魔法に憧れるだけの女の子のままで居続ける。

 ――夢を諦める。

 自分の我がままを優先して、師を困らせることが果たして正解なのだろうか。


 ふと脳裏をよぎった疑問に、クウが言葉を添えた。


「……お前が決めろ、ことり」


「でも御館様が……それにクウさんのことだって……」


「俺のことは気にすんな。スポンサーが過保護なだけさ。

 契約した以上、俺の中の魔法はもうお前のものだ。そこはもう変えられない。

 だから後はお前が選ぶしかないんだ。この力を得てどこに行きたいのかを。

 このまま屋敷の中で魔法に憧れるだけの日々で終わるのか。それとも――」


 いつもとは違う、真摯な少年の台詞はそこで途切れた。

 もちろん、続く言葉をことりは知っている。

 行きたい場所も、なりたいものも最初から一つしかない。

 それに弟子に甘い師が、ヒントをくれていたではないか。


「御館様はさっき本音を半分と仰っていましたよね? じゃあ、残りの半分は?」


 返ってきた返事は――無言。

 でも少女の迷いを振り払うにはそれで十分だ。

 クウの言葉とテンの優しさに後押しされて、ことりは答えを導いた。


「だったら、挑戦せずに逃げ出すなんて私にはできません。だって――」


 よくわからずに結婚させられた。難しい説明ばかりで混乱していた。

 才能ゼロの烙印を押され、おまけに唇まで奪われた。

 それでも少女の出すべき答えはたった一つ。


『愉快痛快』に、ことりは凛と微笑んだ。


「諦めが悪いのも師匠譲りですから!」


 そして少女の瞳に夢へと向かう強い意志が宿る。


「御館様と……マジティアです!」


 決意を帯びた叫びに、「よく言った」と少年が、「ほほう」と老人が共に笑った。




 

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