11話 最後の儀式
テンの屋敷にある庭はとても広く、見通しが良い。
隅にある花壇はことりの努力もあり、たくさんの色彩を季節ごとに咲かせている。
大きな常緑樹は見栄えも立派で、夏には涼しい木陰をくれる便利な存在だ。
設計段階で魔法の研究利用が決まっていた為、中央は芝生が敷かれただけのシンプルな作りだが、おかげで簡単なスポーツができそうなスペースがある。
そしてその広い空間のど真ん中でテンは仁王立ちをビシッと決めていた。
すでに日も落ちていたのに、頼もしさ溢れる師の姿には後光が差している。
「クウ坊、見ておったぞ。なんじゃあの詐欺のような婚姻の契りは……」
「そうですよ、御館様ぁ。クウさんが、クウさんが!」
「全くもって許しがたい。嫌がる幼子に夫婦関係を強要するのみならず、説明責任を放棄した上でエロい本を読み漁りに行くという放置プレイに及ぶとは……」
「もっと言ってやって下さい!」
「ワシもいつかやろうと思っとったのに、ネタが被ったわい」
「……御館様?」
「だが思わぬネトラレ展開に、血沸き肉踊る新たな自分と出会えた。礼を言うぞい」
「とうとうお礼まで言っちゃった!」
テンはいつもの調子で大笑いし、ことりは師の破天荒さに頭を抱え込んだ。
もはや頼みの綱は自分だけだ。
そう悟った少女は現在の状況を落ち着いて考え――当然の疑問にいきつく。
どうして急にクウは結婚などと言い出したのだろうか。
「それはクウ坊の持つ秘密に深く関係しておるのじゃよ」
「クウさんの秘密……ですか?」
彼の秘密は本来ならば門外不出の力であるとテンは語る。
ひとたび世に知られれば、彼の稀有な能力を奪わんとする者達が溢れだすほどに。
魔術の世界において、とても特別な力をクウは持っているらしい。
「故にある人物の依頼で、ワシはクウ坊を匿うことを約束した。
こやつが毎日自堕落な生活をしていても屋敷から叩き出さんかったのはその為じゃ」
力の秘密も、ニートの理由も、もちろん全て初めて知る内容だ。
そして無理やり結ばされた婚姻は、彼の能力を使う為に必要なものらしい。
クウの力の正体。それは一体どんなものなのか?
「まゆたまを媒体にした術式の保持と、契約者の魔術回路を管理するギフトだよ」
もちろん、クウの言葉はさっぱりわからなかった。
当然の如くハテナマークがことりの頭上に浮かぶ。
「わかりやすく言えば、お前に魔法を与える能力だ」
「ま、魔法を!?じゃあ、もう私にも魔法が使えるんですね」
ことりは両手を前に突き出して、「ふおおー」や「魔法よ出ろ―」と叫んだ。
しーん。しかし何も起こらなかった。
隣では、クウがことりに憐みの視線を向けていた。
「魔法を使うには、あと一つ大切な儀式があるんだよ」
「儀式……?」
するとクウは、いきなり少女の腰へ手を回し――
「……まあ、お前には言葉よりも、実際にやってみた方が早いか」
幼い体を無理やり自分の胸へと引き寄せる。
「ふえ、クウさん――!?」
そして少年の顔が近付いたかと思うと――
あっという間に唇で唇をふさがれた。
ことりはクウに……キスされていた。
「――んくぅ!?」
抗えぬほど強引で、荒々しい雄の口付けに思わず思考が停止する。
後から押し寄せたのは意外と柔らかい唇の暖かな感触だ。
ことりは、ハッと我を取り戻し、慌ててクウを押し返そうと試みる。
けれど、がっちりと抱かれた胸の中では身をよじらせることしか叶わない。
そして……永遠とも思える長い口づけに変化が生じる。
重ねた二人の唇が燃えるように熱を帯び、クウの体が光へと変わり始めた。
「世の中には生まれつき『まゆたま』に特殊な能力を宿した者たちがおる。時代ごとに超能力や神通力と名を変えるその力を、我々魔導師は『ギフト』と名付けた」
光となったクウは人の形を失い、唇を通してことりへと伝導していく。
流れ込む光は少女の肉体に宿り、ここにいま二人は真に一つとなる。
一人の魔術師として、テンは眼前の光景に心を躍らせていた。
「生物をマナストアに設定することはできぬ。それは魔道の世界において改変できぬ唯一のルール……
のはずじゃった」
それは本来ならば存在しない、歴史の裏に潜んだ真実。
表舞台には刻まれず、魔道師達によって古来より隠匿され続けてきた秘密。
遥か昔、極みへと辿り着いた魔導師が、ある一族のまゆたまに呪いをかけた。
それは親から子へ、子から孫へと代々の魂にギフトとして受け継がれ――
遥か永い時を経て、ことりへと託される奇跡の現象。
それはすなわ――魔法の力。
彼の正体は魂の核、まゆたまに魔法術式を代々継承する『人間』のマナストア。
冠するギフトの名はマナホルダー(闊歩する宝物庫)。
とある一族の中で紡がれてきた究極の魔術が、ことりと一つとなり輝いた。




