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10話 魔法をゲットしたが、自分もゲットされていた件について

「さあ、大人しく魔法を出してください!」


 強盗に近い台詞を吐きながら、ことりはクウの部屋へと掛け込んだ。

 それはツッコミ待ちなのかと、あきれ果てる少年に、「へへー、いいでしょう」と、くるくる回って髪飾りを自慢。そしてもう一度ぐいぐいと両手を差し出した。


「お前って俺にだけ頭に乗りすぎじゃね?」


 白い眼を向けるクウのぼやきもなんのその。

 ことりは「さあ!さあ!!」と、鼻の頭同士がぶつかりそうな距離で催促を続ける。

 やがて少女のらんらんと輝く瞳に根負けし、クウはのそのそと動き始めた。


「それじゃ、始めるか……」


 クウがことりの目の前で両手を合わせた。

 すると淡い赤色の光が手のひらに灯り、中から古びた洋皮紙と羽ペンがセットで現れる。

 細かいことはわからないが、きっと何かの魔法なのだろう。


「クウさんが魔法を使っているところって初めて見ますね」


「これは魔法ってよりも俺の『ギフト』のオプションなんだが……ま、いっか」


 クウは早々に説明を諦め、手際良く道具を並べていく。

 その間も、ことりはそわそわしながら待ち続けていた。

 ついに自分も憧れの魔法をゲットできる。どんな魔法なのか。どんな使い方をしようか。

 憧れの未来に胸をときめかせ、少女の心は完全に浮かれていた。


「まずはここにサインを書いてくれ」


 準備を整えたクウが羊皮紙にある空欄の箇所を指差した。

 空欄の隣には何故かすでにクウの名前も記入してある。


「ここですね」


 ことりは、すらすらと羽ペンでサインを書いた。


「あと判子もいるんだけど」


「判子は持っていないので、代わりに母印で」


 ことりは、ぎゅっぎゅっと母印を押した。


「次はこの契約書の上に手を添えて、『誓います』と言え」


「わかりました。誓います!」


 言われるがままあっさりと、ことりは誓いの言葉を述べる。

 するとポンッと音をたて、羊皮紙製の契約書の上に指輪が二つ召還された。

 光沢のあるシルバー素材に、小さな紅の石を埋め込んだ質素だが可愛い指輪だ。

 突然の光景に感動し、ことりは眼をぱちくりとさせている。


 そしてクウは指輪を拾い上げると――


「最後にこの指輪をはめると契約完了だ」


 ことりの左手を自分の元へ手繰り寄せ――

 白く細い薬指へ、指輪を優しくはめた。


「もうクウさんったら……ここは結婚指輪を付けるところですよ」


 いくら自分が子供でもさすがにその意味は知っている。

 いつもの冗談だと決めつけ、ことりは「あはは」と照れ笑いを浮かべていた。。


「これじゃあ、まるで私達が結婚するみたいじゃないですか」


 そして同じように左薬指へ指輪をはめているクウへツッコミを入れた。

 ごめん、間違えたわー。という返事があると思っていたのだが――


 次の瞬間、予想外の答えに思考が止まる。



「その通りだ。たった今、俺達は結婚した」



 ――はい?


「これは魔法の契約書で、サインと宣誓を条件に魔術的なしばりで契約者同士の運命と縁を連結させる……平たく言えば、魔術師業界の婚姻届だ」


 何を言っているんですか、この人は。

 ぽかんと口を開けている少女の心境はそんな感じ。

 けれど唖然とする少女を置き去りに、クウの解説は淡々と続く。


「指輪は多次元領域を含めたバズ・スピチュアルの流れを収束し、精霊の祝福を含めた各属界からの認識指標の役目を担っているけど……まあ、ぶっちゃけただの結婚指輪だな」


 ことりには言葉の意味がほぼわからなかった。

 残念ながら少女は魔術に関してはポンコツおつむなのだ。

 けれど唯一、わかった耳障りの悪い単語をプルプルと震えながら復唱した。


「け、結婚!?婚姻届ぇー!?その話が本当なら私はクウさんの妻で……」


「俺はお前の夫になりました。たった今から強制的に、お前は俺のものだ」


 クウが下品な高笑いをしながら、ことりのサインの入った婚姻届を掲げる。

 すると――


「ああ!か、体が勝手に動きます――!?」


 ことりの体が、不思議な力により強制的に動き始める。

 クウの命令でお口にあーんとおやつを運び、やりたくないのに膝枕で耳かきをする。

 おまけに、同じコップのジュースをハートのストローでチューチュー吸わされた。

 地獄のような体験をしている間、ことりの金切り声が屋敷中に響いていた。


 クウ曰く、契約の内容は『亭主関白』

 この『結婚』という契約を結んだ相手に、クウはどんなことでも強制できるという。


「ま、魔法をいただけるお話が、なぜこんなバットエンドに!?」


「まだ始まってすらねえよ。むしろ俺達の戦いはこれからだ!」


「見事な打ち切りエンドだー!?」


 突然の状況に、少女はあわあわと混乱していた。

 すぐさま外そうと指輪を思いっきり引っ張るが……


「指輪が……指輪が外れないです!」


「ふふふ、残念ながらもう一生外れねえよ」


「こわっ。呪いの装備じゃないですか!?」


「結婚は呪いか……ある意味、真理だな」


 厭らしい笑いを浮かべるクウを前に、ことりはあることを思い出していた。

 魔術の世界では『契約』の力は絶対的な効力を発揮する。

 時には自由を、時には意志を、そして時には命を奪われるほどに。

 どんな内容でも一度、契りが結ばれればば全てが肯定されてしまう。

 十三歳になった本日から、自分はそんな『契約』を結べてしまうのだ。

 外れない指輪が、まさにとりかえしのつかない事態であることを告げている。


「嘘つきー嘘つきー!!魔法をくれるって言ったのにぃー」


 とりあえず、少年へポカポカと怒りと拳をぶつけた。

 しかしクウは泣き叫ぶ少女の腕をがっしりと掴み、引き寄せた。 


「嘘じゃない。お前はこれで俺の持つ、とある魔術を行使する権利を得た」


 口の端を自信満々に吊り上げ、親指で自分の胸元を指差す。


「安心しろ。お前の魔法が、ここにある!」


 魔術的契約で結ばれた二人の新しい関係『夫婦』。

 記念すべきその瞬間は、少年の鼻っ柱へ見事に決まる拳の音から始まった。







 叫ぶ、物を投げる、肉体言語で訴える。

 そんな少女を無視して、クウはそくささと移動する。


「ちょっとクウさん、とにかくこんな契約は今すぐに――え!?」


 少年の後を追い、辿り着いた場所はお屋敷の正面玄関だ。

 クウは向こう側を目指し、なんと取っ手に手を伸ばしていた。


 この三年間、全く外出する気配がなかったニートがである。

 ある意味で本日一番の衝撃に、ことりは腰を抜かしそうだった。


「ど、ど、ど、どうしちゃったんですか!?」


「ああ、コンビニへエロ本でも立ち読みにいこうかと思ってな」


 わりと一大事なのに理由がくだらなかった。

 ことりは心からの軽蔑の視線を送る。


「まあ、そのなんだ……お前がいなかったらこんな気にはならなかったよ」


「わ、わ、私がいたからえっちな本を読みたい気分に!?」


「違う、そっちじゃない」


 絶えず表情がコロコロ変わることりを、クウはむすっとした顔で見つめると――

 ぷいっと顔を逸らし、照れくさそうに言葉を口にした。


「……ありがとな」


 不器用だけれど、感謝の言葉には少しだけ熱がこもっていて……。

 同時にことりの脳裏で、クウの背中がいつか夢で見た男の子と重なる。

 その理由も、言葉の真意も、何もかもを訊ねる前に、扉は開かれ――


「愉快痛快。ついにこの日が訪れたのう……」


 先に待ち受けていたのは師、テン・セルツアー。


 彼はいつものように豪快に笑い、いつも以上に凄烈な威圧感を纏って――


 その言葉を唱えた。



「さあ、始めよう。ワシらの魔法演舞、マジティアを!」







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