第12話「守れない」
「おい」
何処からだろう。
声が聞こえた。
気のせいか。
そう思い、クレアは前へと進む。
今日は入院生活退院明けの学校だ。
青葉さんとの喧嘩は仲直りできたが、問題は学校に残ってる。
そう、それは、春日さんと美鈴さんとのことだ。
そして、クラスのみんな。
入院してた時、誰一人クラスのみんなはお見舞いに来てくれなかった。
それも心残りなのである。
「はぁ……」
クレアは深くため息をついた。
重い足取りで学校へと進む。
まず、どこから手をつければいいのだろう。
春日さん? 美鈴さん?
クラスのみんなはどう思ってる?
頭の中がまるでパンクしそうになりながら、考えていると、また後ろから声が聞こえた。
「おいっていってるんだろ、聞こえないのか」
とても怖い口調なので、慌てて振り返ると、そこには春日さんがいた。
とても久しぶりだ。
それもそうか、自分は入院していたのだから。
いや、それどころじゃない、声をかけてきてくれたのだから用があるに違いない。
「お、おはよう、春日さん」
「あぁ、おはよう。それより退院できたんだな」
「はい、頭の傷も軽かったですし、春日さん知らなかったと思いますけど熱も下がりましたから」
「そうか、ならよかった。んじゃあな」
そういって、春日さんはクレアの横を通り過ぎていく。
たった、それだけ?
と、思いつつ、クレアは前を歩く春日さんの背中を見ながら考える。
声をかけてきてくれたのだから、これは仲直りできたのだろうか?
よく分からない。
しぶしぶと春日さんの背中を直視して歩いてると、ふと、彼女は立ち止まった。
そして、振り返り。
「今日の放課後、話がある。場所は体育館の裏だ」
「はい、分かりました」
トットット、春日さんは歩くスピードを早め去っていった。
話とは何なのだろう?
やはり例の仲直りの件なのだろうか。
いや、春日さんの性格だ。
そんな簡単に仲直りするはずがない。
クレアは思い詰めながら自分の腕にある時計を見る。
もう、LHRが始まる。
やばいと思い、急いで、学校へと走った。
ハァハァ、まだ退院上がりで、走ったばかりに呼吸が乱れる。
まだ完治してないのだろうか。
少し疲れた。
「クレアさん」
「あ、はい!」
驚いた。
一息ついたところで、急に声をかけられるとたまったものではない。
いつもなら身をビシッと引き締めて注意してるのだが、油断していた。
後ろを振り返ると、そこには美鈴さんがいた。
「驚かせてごめんなさい。退院できたのね」
「はい、何とか退院できました。色々と心配かけてすみませんでした」
「このくらいどうってことないわ。クラスのみんなも心配していたわよ」
「ほんとですか。なら、良かったです」
「何が良かったのかしら?」
「いえ、何でもありません」
「そう、ところで話が変わるけど、放課後体育館の裏に来てほしいの。来れるかしら?」
「え、放課後ですか、放課後は…」
どうしよう。
先に春日さんから予約受けたのに。
ここで断るのも悪いし、それに、数日前のことだ、美鈴さんともあまり仲が良くないしここは受けよう。
「都合悪かったかしら?」
「いえ、放課後大丈夫です」
「なら、良かったわ。それじゃ」
美鈴さんと別れ、一人になるクレア。
「どうしたものか、まさか二人に予約入れられるとは…まぁ、今日は用事ないし別にいいけど」
でも、やはり気になる。
二人、しかも、同じ場所で予約を入れられると自分がよくても相手が困ってしまうだろう。
クレアはどっちを断ろうか考える。
「春日さんが一番先だし、やはり美鈴さんだよね。断るのは」
そう決めると、クレアは美鈴さんを探す旅に出た。
今はLHRが始まる前。
少しだけ時間がある。
「でも、美鈴さんがいる場所ってどこだろう? やっぱり、教室かな?」
クレアは自分の教室へと向かう。
そっと覗き、辺りを見回す。
「いないな…」
すると、春日さんと目が合った。
「あ…」
「ん? 何か私に用か?」
「い、いえ、何でもないです。失礼します」
ガラガラっと自分の教室の扉を閉めた。
早々と自分の教室を後にする。
「美鈴さんが好きな趣味…か…」
結局のところクレアは美鈴さんの趣味について分かってなかった。
「よく分からないな。とりあえず、手当たり次第探そう」
音楽室、図書室、体育館。
それぞれ探したが見つからない。
「あと残るは…」
そんなところにいない、と思う体育館の裏。
まだLHR前だし、そんな早々に約束の場所にいないと思い、チラッと覗いてみる。
「あ」
そこに美鈴さんがいた。
どうやら、誰かと一緒のようだ。
よく見てみると、そこには知らない女の子がいた。
制服は自分が着ている学校のと違う。
どうやら他校生のようだ。
何を話してるんだろうと耳を傾ける。
「美鈴さん、あの人呼んだかしら?」
「ええ、もうそろそろ来ると思いますわ」
誰かを待ってるらしい。
でも、誰を?
しばらく待ってみると、クレアが覗いている反対側の方から人影が見えた。
見たことある髪型、姿勢、歩くスピード。
あれは。
「青葉さん! でも、どうしてこんなところに」
美鈴さんとよく分からない他校生の人と青葉さんが合流する。
「じゃあ、私はこれで」
「ありがとう、美鈴さん」
他校生の人がお礼をすると、美鈴さんは自分のほうへ歩み寄ってくる。
どうしよう、こっちに来る。
どこか隠れる場所がないかと周りを探すが、すぐに隠れそうなところはない。
「しょうがない、この中に…!」
そういって入りこんだのが、体育館の中。
中はとてもひんやりしていて、誰もいない。
と、思ったが体育館の中に慌てて入ると、そこには何故か春日さんがいた。
思わず足がよろけて、春日さんの胸へ寄りかかる。
「おっ…と」
「か、春日さん!? どうしてこんなところに。さっき、教室にいたんじゃ」
「しっー。話は後。気付かれるだろ」
「あ」
春日さんも、盗み聞きをしていたのか。
クレアは自分と同じような人がいて安心する。
テクテクテクと足音が聞こえ、近づいては離れていった。
「ふぅ、美鈴さん行きましたね」
「そうみたいだな」
「でも、どうして春日さんがここに…?」
「さっきお前が様子おかしかったからな。心配で探しにきたんだよ」
「…春日さん、良い人ですね」
「うっさい」
春日さんとクレアは話を進めてると、体育館の出入り口に向かった。
その出口の先には青葉さんと他校生の人が喋っているのが聞こえる。
こっそりと耳を澄まし、何を話しているのか聞く。
「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
「大丈夫よ、それで話というのは?」
「私、あなたのことが好きです。付き合ってください!」
そう、それは告白であった。
クレアは初めて告白というシーンを目のあたりにした。
孤児院ではそういうことがなかった。
いつも一人でみんなといても恋愛感情というものを持たなかったからだ。
みんな友達だと思っていたから。
「ごめんなさい、付き合えないわ」
そう青葉は言うと、その他校生は表情を暗くした。
「…そうですよね、でも、本当の気持ちを伝えないと苦しくて仕方なかったんです。なのであなたに伝えられて幸せでした。ありがとうございました、わざわざ時間まで作っていただいて」
「いいえ、あなたの気持ちすごい嬉しかったわ。人を好きになるってそういう気持ちになるのね。私、ちょっと感動しちゃった」
青葉さんは微笑んでいた。
他校生も少し笑みを浮かばせる。
「はい! では、失礼しました」
そう言い残すと他校生は去っていった。
そのシーンを見ていたクレアと春日はというと。
「な、なんか見ちゃまずかったな」
「そ、そうですね。でも」
「でも?」
「私、今まで告白のシーンって見たことなかったので少し勉強になりました。誰かを思う、それを伝えるってとても素晴らしいことなんだなって」
「クレア…」
春日はクレアのことを見つめていた。
横では感動しているクレアがいる。
「あ!」
突然大声を出したので春日は驚いた。
「なんだよ!」
「私美鈴さんを探していたんでした。春日さん知りませんか?」
「知るわけないだろ」
「そうですよね、よし、自分で探します」
クレアは立ち上がり春日から離れようとする。
それを見た春日は。
「おい」
呼び止められ、クレアは振り返る。
「はい?」
「きょ、今日の放課後のこと忘れてないよな?」
「忘れてないですよ、安心してください」
「なら、いいけど。じゃあな」
何か顔が赤くなっていたような。
でも、クレアはよく分からなかったので、美鈴さんを探すことにした。
美鈴を探して三十分。
お昼休み終了のチャイムが鳴ってしまいとうとう美鈴を見つけることができなかった。
「はぁ」
クレアは午後の授業中にため息をついた。
このままだと放課後になってしまう。
早く美鈴さんに会えないことを報告しないといけないのに。
「はぁ…」
またため息をついた。
その様子を見ていた春日さんは心配そうに見ていた。
そして、放課後の時間になってしまった。
キーンコーンカーンコーン。
「どうしよう、放課後になっちゃった」
あたふたと慌てていると心配そうに春日さんが横に来た。
「おい、大丈夫か? なんか午後の授業から様子がおかしかったぞ」
「あ、春日さん。実はあれから美鈴さんに会えてなかったんですよ」
「そうだったのか。じゃあ、一緒に探してやるよ」
「ほんとですかっ。あ、でも、放課後の約束は…」
「そんなこと気にするな。そんなのいつでも話せることなんだから」
「じゃあ、今話してもいいんじゃないんですか?」
「そ、それは、悩むから無理なんだよ。だから、別の日な」
「分かりました。一緒に美鈴さんを探しましょう」
「ああ」
こうしてクレアと春日さんは美鈴さんを探す旅に出た。
職員室、体育館、理科室、音楽室、図書室。
全て探したがどこにも見つからない。
「よし、こうなったら最後の手段だ。下駄箱を覗いてみるか。そうすれば学校にいるかいないかが分かるから」
「そうですね!」
二人は下駄箱へと向かう。
「ええと、美鈴さんの下駄箱は…あ、ここですね」
クレアが指した場所には美鈴と書かれてあった。
春日は美鈴さんの下駄箱を開けてみた。
すると。
「靴ありますね」
「ああ、あるな」
となると、美鈴さんはまだ学校にいることになる。
どこにいるんだろう?
悩んでると、聞き覚えの声がした。
「クレアちゃん?」
そこには青葉さんが立っていた。
「青葉さん」
「どうしたの? 誰か探してるの?」
「実は美鈴さんを探していたんですよ。いくら探しても見つからないものでして」
「それならさっきまで私のところにいたわよ」
「え?」
美鈴さんは青葉さんのところにいた。
「で、でも、放課後は私に用があるって言ってましたよ」
「そうだったの? 変ね」
美鈴がクレアに放課後約束があることを聞いた春日は少しイラッとした。
「私、帰るわ」
「え、でも、約束は」
「いつでもいいって言っただろ。それにお前は人の約束を守れないやつみたいだし」
「そ、そんなこと」
そんなことないと言いたかったのに言葉に出てなかった。
イライラしながら帰る春日さんを見てクレアはしょんぼりとした。
「私、なんてことを…」
「クレアちゃん…」
横で青葉は心配そうに見つめる。
また春日さんと溝が出来てしまった。
もう何がなんだか分からない。
その後、クレアと青葉は下駄箱で美鈴がやってくるのを待っていたが、来なかったので家に帰ることにした。
家に帰ると夕食を済ませお風呂も済ませた。
そして自分の部屋に戻るクレア。
バタンッとベッドに倒れこむ。
また春日さんと喧嘩のようになってしまった。
どうしていつもこうなんだろう。
上手くいかないんだろう。
あの時美鈴さんの約束を断っていれば笑顔でいられたはずなのに。
もう嫌だ、嫌だよ。
クレアは涙を流した。
こういう時どうすればいいんだろう。
よく分からない。
深く悩んでいると紙の音がした。
クレアは起き上がり、ドアのほうへと見る。
そこには青葉さんの手紙が置かれてあった。
ベッドから離れ、クレアは手紙を手にする。
机に向かい手紙を開けるとそこにはこう書かれてあった。
『クレアちゃんへ。今日は美鈴さんと会っていてごめんなさい。会わなければきっと美鈴さんはクレアちゃんのところに向かっていたはずなのに。ほんとごめんなさい。でもね、約束は誰もが守れるものじゃないのよ。たまに用事が出来たりして行けなくなってしまうこともある。だから、美鈴さんもきっとそうだったんじゃないかしら。明日また会って美鈴さんに聞いてみるのもいいかもしれないわ。それと、春日さんにもちゃんと謝ってね。あの子、不器用だけどちゃんとクレアちゃんのこと思ってるみたいだから。じゃあ、またね。おやすみなさい』
謝る。
そうか、謝ればいいのか。
そして、明日美鈴さんにどうして会えなかったのか聞いてみればいいのか。
クレアは納得した。
いつも青葉さんは私に教えてくれる。
ほんと天使のような人だ。
私が分からないことを青葉さんは知っている。
明日春日さんに謝ることと美鈴さんに聞くことを目標にしてクレアは一日を終えた。




