涙
振り返ると、今、一番会いたくない相手がそこにはいた。
「先生」
「傘忘れたの?」
「・・予報だと晴れだったから」と晴夏は俯きながら言った。
目が見れない。
バカみたい、あんなことで意識して。
「じゃぁ、乗ってきなよ?」
「え?」
「車だから、送っていくよ」
送っていく?
むり、無理無理!
車?
密室じゃん。
「い、いえ結構です! 夕立ですよきっと、すぐ止むだろうし」
素人でも分かる。
きっとこの雨は止まない雨だって。
「遠慮しなくていいっての」と佐々木は晴夏の頭をポンポンと軽く叩き「車とってくっから待ってて」と足早にその場を去ろうとする。
なんでそう勝手なの。
なんでいつも優しいの。
なんで優しくするの。
なかったことに、忘れようとしてるのに。
なんともおもってないくせに。
「やっぱりいいです。このくらいなら走って帰れば!」
晴夏は先を歩く佐々木の背中にそう言っては追い越して走り去ろうとした。
数メートル程行ったところだろうか、ふいに腕を捕まれ「風邪ひかれたら逆に迷惑だから」と佐々木は言って、その声色は何故か怒っているようだった。
分からない。
放っておいてくれればいいのに。
私は暫く振り向けなかった。
なんでか分からないけれど涙が止まらなくて、でも泣いている所なんて見られたくなくて。
だから、上を向いた。
ザアザアと降り続ける雨がなんとも言えない涙を一緒に持っていってくれるような気がして。
「小田?」と先生に呼ばれるまでそうしていたから、二人ともずぶ濡れだった。
ようやく振り向いた私のかおを見た先生は「パンダになってんぞ」とゲラゲラと笑って、普通ならむかつく筈なのに、笑顔につられて私まで笑ってしまう。
車を取りに行き戻った先生は「たしかあったんだよな」と言ってタオルとメイク落としシートを差し出してくれた。
「やっぱ、小田は笑った顔が一番かわいいよ」
なんてくさい台詞を付けながら。
「ありがとうございます」
また、悲しくなって上を向いた。
女の影を見るくらいならパンダのままでいい。
そう思いながら涙の元のシートで顔をごしごしと拭いた。