交換
「あーもう歩けない。歩きたくないー」
「はぁ?」
日が暮れかけてきていて、もう何回目かわからないデートの帰り道のことだった。
隣を歩いていた彼女が急に近くのベンチに座った。
「あと帰るだけじゃん。もうちょっと頑張れって」
「むり-。足いたいー」
「足?」
そう言って足元に目を向けると、『ん』と言って片足を上げてよこした。
アニメ映画のお姫様よろしく、俺は彼女のスニーカーを脱がせた。
「げっ……お前、こんな状態でずっと歩いてたのかよ」
「だって足痛いって言っても聞いてくれなかったじゃん」
「足って、こっちかよ……」
靴を脱がせると、靴擦れなのか、内側のかかとの位置に当たる白い生地が赤く染まっていた。そして彼女の足も擦り剥けていた。
途中から足が痛いとは言ってはいたが、てっきりふくらはぎとかの筋肉痛的な痛さかと思っていた。だから『我慢しろ。せっかくのデートなんだし』と言っては彼女の頬を膨らませていた。
しかしまさか怪我のほうの痛さだったとは。我ながら迂闊だった。
「絆創膏とかは……」
「あったら貼ってる」
「だよな。んーどうする? そのへんで靴買うか?」
「やだ」
「さいですか」
姫はご立腹のようだ。とはいえ、新しい靴を買った方が良いというわけではなく、かといって歩けないと言って立ち上がる気配も無し。姫の要望がわからない。
「じゃあどうしたいんだよ。おぶってくか?」
「人前でなんてことさせんのよ」
「妥協案を出せよ」
「じゃあこの靴履いてよ。私、そっち履くから」
「はぁ?」
なんて突拍子もない発案なのだろうか。
「お前がこっち履くのはいいけどさ、俺がそっちの履けないじゃん。サイズだって全然合わないし」
「じゃあもう歩かない」
プイッとそっぽを向く彼女。
俺に拒否権はないのだろうか?
「じゃあ置いてくからな。あとで一人で帰って来いよ」
「えっ……」
俺が背中を向けて歩き出そうとすると、彼女の口から小さく声が漏れた。
「…………はぁ」
俺は大きく彼女に聞こえるようにため息をついて、また彼女を見た。
そしてしゃがみこんで彼女の靴を脱がせ、自分は隣に座る。そして俺は靴を脱いで、彼女の靴と位置を入れ替えた。
彼女が嬉しそうな声を出して、俺が置いた俺の靴に足を入れた。何とも言えないアンバランスさだったが、彼女が立って数歩歩くと、カポカポと音が鳴りそうなくらいのガボガボ具合だった。それでも彼女は嬉しそうだったので、それはそれでいい気持ちだ。
しかし問題はこっちだ。
足を入れようとしても全然入らない。入っても土踏まずよりも先までで、かかとが収まる気がしない。どうしたものか……
「どうしたの? 履かないの?」
「いや、どう見ても履けないだろ。やっぱりどっかで靴買わね?」
「嫌ですー。そんな無駄遣いするお金はありませんー」
「無駄遣いって、元はと言えばお前がこんな靴買うから悪いんだろ」
「だってせっかくのデートだし、新しい靴でお出かけしたかったんだもん」
口をとがらせて言う彼女。
一瞬『まだ可愛い所も残ってるな』と思ったが、この事件の発端がそれだということに気が付くと、すぐに反論。
「新品の靴は靴擦れしないことを確認してから出かけろよ。履きならしてからデートに来なさい」
「すみませんでしたー」
謝罪の意図を感じられない謝罪を聞き、俺はため息をついて彼女の靴を見た。
とりあえず、家までもてばいいんだ。家まで頑張って履ければそれでいいんだ。
ということで、靴に入るところまで足を入れて立ってみた。
かかとを踏むわけにもいかないので、ほぼ爪先立ちの状態だ。
「履けた?」
「履けたように見えるなら履けてるんじゃないかな」
「うん。ばっちり! 超似合ってる!」
「お褒めに預かり光栄です」
「全然バレないって。うん。わかんないわかんない」
「いや、わかるだろ。いや、わかんなくても俺のふくらはぎがやばい」
「そーゆー問題?」
「お前、何言ってんの?」
アハハと笑う彼女。
やっぱり笑顔が可愛い。
彼女が笑ってくれるならいいかなっていう気になってしまうのが、ズルい。
もう何度目かわからないため息をついた俺は、いつもよりも低く見える彼女の頭をパシンと叩くと、似合わない靴を履いて先を歩いた。隣に彼女がトテトテと小走りで追いつく。
「明日」
「ん?」
「……明日筋肉痛になったらマッサージしろよ」
「仕方ないなー!」
「はぁ……仕方なくねぇだろ」
俺が彼女を肘で小突くと、彼女は代わりに身体をぶつけてきた。
よろけそうになる俺を見て、彼女はケラケラと笑った。
おしまい。
スニーカーって書いてるけど、僕が思い浮かべているスニーカーはスニーカーなのだろうか。
服と靴の種類は文字では表しにくいのが難点。
皆さんは靴擦れしそうな靴を思い浮かべてくださいな。