第27話 ヘルガイズ討伐①
その後残ったものたちでパーティー編成を開始した。
今回の討伐隊はボスの攻撃を受け持つメインタンカー一班二班、ボスの取り巻きを受け持つサブタンカー三班、そしてボスと取り巻きにダメージを与えるアタッカー四~十班の計60人で構成された。前回よりも人数が増えたが、その分個人の力量差も広がってしまった。
実際アタッカーは後衛職ばかり30人近くいる。そんなにいてもまともに攻撃を当てることができないんじゃないかと思われがちだが、実はゲームの仕様上十分可能となっている。
俺も委員長たちと組むまで知らなかったのだが、このゲームにはいわゆる『フレンドリーファイアー』と呼ばれるものがなく、敵対意識を持っていないプレイヤーに対してはダメージが入らない。
死んでもデスペナもなく数秒で復活して戦場に戻ることのできるFPSと呼ばれる戦争ゲームであれば『フレンドリーファイアー』が適用されることは珍しいことではない。
しかしデスペナやPKペナルティが存在し、大規模戦闘をメインに作られたこのゲームにおいて、そんなことでいちいち味方にダメージが入っていたら、消極的な戦いしかできなってしまい、ゲームとしてとても地味なものに落ち着いてしまうのが原因であると考えられている。
かといって、攻撃が味方をすり抜けるかと言われるとそうではない。矢や魔法は味方に当たると消滅するし、武器が味方をすり抜けるようなこともない。しかし、範囲攻撃・範囲魔法は別だ。これは味方にダメージがないのは当然だが、範囲指定のダメージとなるので味方をすり抜けてダメージ範囲が発生する。
しかしだからといって何でもいいから攻撃を打ち込めばいいというものでもない。
例えば今回の討伐では、ボスの目を見ることで範囲攻撃などを予測することができる。それなのにボスの顔に向かってエフェクトの激しいスキル攻撃を行っていると、近くにいるタンカーはそれを確認することが難しくなってしまう。もし範囲魔法でも使おうものなら、ボスの攻撃タイミングをタンカーが見失ってしまうような事態にもなりかねないのだ。
だから後衛アタッカーが常に全力で攻撃できるかと言われると、厳しいのが現実だ。
今回の作戦は前回と同じで、ボスの取り巻きの狙いを俺たちの班と黎明のサブタンカーの班で受け持ち、姫がボスの攻撃を凌いでいる間に殲滅。その後姫をメインタンカー、俺をサブタンカーとしてボスに集中攻撃を行っていく手筈になっている。
「パーティー構成をご自分で選ばれたと言うことは、何か考えていることがあるということですの?」
俺たちのパーティーに入ってきたローズさんが質問する。
そうだな。俺たちが死なないためにもローズさんたちには俺たちの作戦を知っておいて貰わないといけない。
「一応は……。ボスの取り巻きを倒した後、俺たちがある秘策を用いれば、恐らく一瞬にしてボスの狙い《タゲ》を姫から俺に移ると思います」
「そ、そんなことが可能ですの!?」
ローズさんが目を見開いて驚いた。
無理もない。以前の店売り装備から『シルバーブレード』に変わったとは言え、タンカー以上に敵愾値を稼ぐのは至難の業だ。
それも一瞬にしてとなるとその難易度は格段に跳ね上がってくる。
「ああ、それでも攻撃中は完全に無防備になるから、師匠がこの前使ってくれた『サクリファイス』でボスの一発目の攻撃を凌いで、その後姫がボスの狙い《タゲ》を取り返すまでの間、美羽の『騎士の誇り』で俺の受けるダメージを一時的に全て肩代わりしてもらう予定です」
「なるほど、分かりましたわ。どうやってそれほどのダメージを出すのかは存じませんけれど、私たちがいる限りこのPTから死人が出ることはありえないと考えていただいて結構ですわ」
大した自信だ。それだけヒーラーとしてのプライドがあるのだろう。
これで安心していける!後は俺たちが華々しくみんなの度肝を抜くだけだ!
準備を終えた俺たち神話連合はミルダ坑道へと向かって街を出発した。
ボスまでの道中、雑魚トロールを敵を倒しながらも姫が話しかけてくる。
「ねぇ、忍。あなた何を企んでるの?」
「ええっ!?なんでバレ……あ、いや、何も企んでなんてないよ?」
俺は目を逸らしながらも何とか誤魔化そうとする。
くそっ、一体どこでバレたっていうんだ!まさかローズさんたちか?
「お兄ちゃんさっきの会話周りの人たちにもしっかり聞かれてたから」
「な、なんだって!?」
「しかもその顔じゃあ何か隠してますって言っているようなものだよ」
「忍さんは考えていることがすぐ顔に出てしまいますからね。とは言え内容を言ってしまえば後の楽しみがなくなってしまいますから、マスターもあまり追及しないであげてください。討伐隊にとってマイナスになるような内容ではありませんので」
「ふーん。三人だけの秘密ってわけなのね?」
なぜかジト目で睨まれる。
目を逸らして口笛なんて吹いてみるが、空気が抜けるような音しか出なかった……くっ!俺に口笛スキルさえあれば!
逸らした先で美羽と目が合う。すると美羽は突然意地の悪そうな笑みを浮かべた。
こ、これは非常に良くないことを思いついたときの顔だ!
「そうそう。”極々親しい”ボクたちだけの”秘密”なんだから、マスターは”無関係”だよね?」
「何ですって?」
いつの間にか姫と美羽が火花を散らしている。
あ、あれ?何で剣呑な空気になっているんだ?
「”たかだか二週間”で随分と仲がよくなったみたいね?」
「マスターはもう忘れちゃったかもしれないけど、”若い頃”の二週間っていうのは長いものだからね」
なぜだ……。未だボスのところ辿り着いたわけでもないのに、肌を刺すような緊迫した空気が二人を取り巻いている。
何だか胃がキリキリして……あ、地味にHPが減った。
ま、不味い!何とかしないと!
と思っているとなぜか横で委員長が我関せずといった感じで何やらぶつぶつと呟いている。
「委員長。一体どうしたんだ?」
「あ、少し考え事をしていまして」
凄いなこの空気の中で考え事ができるなんて。
そんなに重要なことでも考えていたのか?
「何を考えていたんだ?」
「忍さんと知り合って二週間が経ちますが、仲良くなったかと聞かれるとまだ”知人”くらいの関係かなと」
ばっさりだ。
「ひどいっ!せめて友達くらいにはしてください!」
「友達……ですか。そうですね。確かにその方がしっくり来るかもしれません」
だ、だよね?俺たち友達だよね?
「妹の友達みたいな感じですね」
ガクッ!
え、ええええええええええ!?俺ってそんなに委員長と距離があったの!?ちょっとマジでショックなんだけど……。
「って、妹?美羽のことか?」
「もー、お姉ちゃん!現実世界のネタバレは禁句だよ!」
「ご、ごめんなさい。つい忍さんの口車に乗ってしまって」
「ちょっ!そこ!何気に俺を悪人にしようとしないで!そして美羽!お前全然隠せてないから!」
確かに現実世界の話は自分から言い出さない限り基本的に詮索は禁句とされている。もちろん身内バレもだ。
だけど今までの美羽の言動を見ている限り、隠している素振りは全然見せていなかった。
一見ぷんぷんと怒って見せてはいるが本当はどうでもいいんだろう。
美羽とはそういう奴だ。
俺としてもプレイヤーの現実世界の性別が気になったことはない。
本人が男として振舞うなら男として、女として振舞うなら女として扱うだけだ。
なぜならば、人と触れ合うことのできるこの仮想世界が俺にとっての唯一の現実だからだ。
「忍、どうしたの?」
少しぼーっとしてしまっていたみたいだ。
美羽が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
そしてまた意地悪そうな笑みを浮かべて言った
「もしかしてボクの中身が女だと知って発情した?」
「阿呆か。断っておくが俺はロリコンでもショタコンでもないぞ」
俺は女性には包容力を求めるタイプなのだ。
この中から好みを挙げるとするならば姫と委員長とローズさんとその他大勢のお色気溢れる女性プレイヤーたちプラス俺自身のアバター。
「ふーん。そっかぁ。忍をそっちの道に目覚めさせるのも面白そうだね」
そう言ってぺろりと舌なめずりをする。
な、なんて恐ろしいことを考えるんだ、こいつ!
そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、いつの間にやら姫と美羽の間にあった殺伐とした空気が霧散していた。
ほっとため息がつく。
どうやら生命の危機が免れたらしい。
「ほら、そろそろボスの間に着くわよ。気合入れなさい!」
「イエスマム!」
俺たちは遂にトロールボス『ヘルガイズ』が居るという大広間の手前までやってきた。
扉があるわけではないので、ここからでもヘルガイズの姿を確認することができる。
汚らしい緑色の肌にでっぷりとした身体。そこから生える長くて太い筋肉質な二本の腕。ろくに装備を付けていないその姿に弱々しい印象はなく、むしろそのむき出しになった筋肉が威圧感さえ放っている。
さすがに大型のモンスターのボスだけあって、身体の大きさはリザードマンのボスよりさらに大きい。まるで腕の長い巨大な関取と相対しているようだ。
「それでは作戦を開始する。各自補助魔法を始めてくれ」
ネームレスさんの指示に従って全員が補助魔法をかけ始めた。
道中でも簡単なものは掛けられていたが、ここで指示されたのは所謂フルバフと呼ばれる必要な補助魔法を全て掛ける行為だ。
元々掛けられていた簡単な補助魔法も持続時間が減少しているため、再度掛け直される。
しかし委員長は俺たち補助魔法をかけなおすことはない。なぜならそんなことをする必要がないからだ。
なぜかと言われると、これはボス狩りに限ったこと話ではない。
委員長は俺たちの中でヒーラーも兼任していたこともあり、MP管理にはかなりシビアだった。だから試行錯誤の結果、一つ一つの補助魔法をかける間隔をずらしていくようにになった。
それに何の意味があるのかというと、もし補助魔法を一度に全てかけてしまったら、かけ終えた直後にはMPが大幅に減少してしまうことになる。さらに補助魔法をかけるためだけにまとまった時間を要し、完全に補助魔法だけに取られてしまう。
それに対し、補助魔法を一分置きなどの間隔を空けて一つ一つ掛け続けることで、まとまった時間を必要としなくなり、しかもコンスタントにMPを確保することができるようになるというわけなのだ。
理屈は簡単だが、これを実行しようと思ったら物凄く難しい。少なくとも俺には不可能だ。
完璧な時間管理とかけ忘れを起こさない委員長だからこそできる芸当なのだ。
しかも委員長はその上で『オーガパワー』や『エクストラヒール』を使って俺たちを援護していたというのだから凄い。
そしてそれはパーティーメンバーが6人に増えた今でも全く問題がないらしい。というかむしろヒールを考えなくてよくなった分楽になったそうだ。
だから俺には既に『エンチャントウェポン(持続時間20分)』『アーマーブレス(20分)』『パワーブースト(10分)』『スピードブースト(10分)』『タフネスブースト(10分)』がかけられていて、それぞれの残り効果時間がバラバラに表示されている。
ネームレスさんは全パーティーに補助魔法が行き渡ったことを確認すると、連合に向けて開戦の号令を掛けた。




