ボス討伐 Sideセシリア 密談
夕食を終え、時計を見てみればもう21時を回ろうかという時間になっていた。
今日も一日中狩りをして疲れたから早く寝たい。
そんなことを考えていると思いもよらぬ人物からプライベートコールの申請が来た。
《『ネームレス』があなたにプライベートコールの申請をしています。承諾しますか?( YES / NO )》
こんな時間に一体何の用だろうか?
とはいえ考えられるのは明後日に予定されているボス狩りことくらいしかない。
私は宿屋のベッドに倒れこみながら承諾ボタンを押した。
「こんばんわ、一体何の用なの?」
「夜分遅くに申し訳ないね。至急相談したいことができたんだ。話を始める前にローズさんも誘うね」
ローズ……ローゼンクロイツのギルドマスターのことだ。彼女を誘うと言うことはやはり十中八九ボス狩りの話だろう。
《『ローズ』がプライベートコールに参加しました》
私は柔らかなベッドの誘惑を振り切り、疲れた身体をゆっくりと起こして頭を働かし始めた。
「ごきげんよう。それにしてもアポイントメントもなしにいきなりレディーにコール申請を送るなんてあなたにしては少し礼儀を失しているのではございませんか?ネームレス様」
ローズの演技がかった声が耳下へ入ってくる。
「つまりそれほどの事態になっているっていう解釈でいいのよね」
「こんばんは、申し訳ないんだけどそのとおりなんだよね。二人とも狂刃の噂は知ってるかい?」
もちろん知っている。PK情報はこのヴァルキリーヘイムがデスゲームになって以来誰もが最優先に集めている情報だ。現在確認されているほとんどのPKの名前は既に頭に入っている。
とはいえ、まだゲームが始まって1ヶ月と少し。ユーザーが良質な装備をしているわけでもない現状、PKをするメリットは少なく、PKを確認したという報告も多くはない。
そしてそんな状況にも関わらず、彼女は何を考えているのか自分がPKであることを否定しようとしない。
自分がどう思われているかなんて歯牙にも掛けないその姿勢すらもプレイヤーたちの恐怖を煽る一因となり、現PKたちの中でも最も危険視されているプレイヤーの一人に数えられる。
「ええ、もちろん知っていますわ。危険人物の情報は常に確認していますもの。確か最新情報だと桜組とかいう弱小ギルドを脅したという話がありましたわ」
「それ、本当なの?」
それは知らなかった。今日更新された情報だろうか?
「ええ、どうやら本当みたいですわ。それにしてもそのギルドもお馬鹿さんですわよね。そんな特定されるような書き込みなんてして殺してくれって言っているようなものですわ」
「匿名で分からないようにしたところで誰にも気づかれないまま消される……それが怖かったのかも……」
この無慈悲な世界では死体すらも残らない。誰かが死んだところで親しい人でもいなければ誰にも気付かれないし、生き返らせてもらえる可能性も完全に途絶えてしまう。
「だから何とか周りに助けてもらおうとSOSを出したのかもしれないわね。それでその狂刃がどうしたっていうの?」
「実は……、彼女のほうから今回のボス狩りに参加申請が来たんだ」
「何ですって!?」
「そう……なの」
ローズは驚いているようだが、私は話の流れから多分そうなんだろうなという予感があった。
「それで……断ったの?」
「いや、僕は今回の話、受けさせてもらおうと思っている」
「正気ですの!?」
ネームレスさんが考えもなくそんなことを言うはずがない。彼は自他共に認めるあの『黎明』のブレインなのだから。
「まずは理由を聞かせて」
「実は今回のボス狩りを利用して狂刃問題にケリを付けようと思ってるんだ」
「どういうこと?」
「彼女からのメールは至極丁寧なものだったよ。本当か嘘かは分からないけどレベルからスキル構成まで事細かに教えてくれた。ソードマンLV45だそうだよ」
「嘘!?」
「45って……彼女は確かソロだったはずよね……」
PTで毎日休みなく効率的な狩りを行っている私でさえシルバーナイトLV38だ。LV45なんてもしかすると全プレイヤー中最高レベルではないだろうか。
しかもそれをソロで上げられるだけの胆力とプレイヤースキルを有しているとなると……正直想像もつかない。
「レベルなんてステータスを見せてもらえば確認できることだから、そんな嘘を吐くことはまずないと思うんだよね。それだけソロでパワープレイをしている人間だ。もしも彼女がそのままレベルを上げ続けて我々との差がさらに開いてしまった場合、彼女が噂どおりの人物だったとしたら我々は少なくない被害を被ることになるだろう」
「それってつまり…………」
「彼女は自分が噂の人物だとは思っていなかった、いや、今でも思っていないというのが彼女の言い分だ。それがもし本当ならこれからのゲーム攻略には是非とも手を貸してもらいたい。だが、もし噂どおりPKだったというのであればこの機会に舞台から退場してもらいたいと考えている」
「つまり……彼女を殺すっていうのね」
「この中に、自分やギルドメンバーの命と引き換えに彼女を助けたいって考えている人間はいないはずだと認識しているんだけど、違ったかな?」
「……その認識で間違ってはいないわ。ねぇ、ローズ」
「……え?えぇ。そのとおりですわ」
ローズの反応が遅れる。何か考え事でもしていたのだろうか。
「何か気になることでもあるの?」
「彼女は一体何が目的でボス狩りに参加したのかしらって考えてて」
「彼女がPKだと仮定した場合一番考えられるのはドロップ品の強奪。次に考えられるのは我々討伐隊メンバーの殺害。そして一番可能性が低いのが、オークションでのレアアイテム狙いかな。そしてもしPKだった場合最後の可能性が一番厄介だ。普通に競り落とされてしまっては彼女を裁くこともできないし彼女の強化に手を貸すだけになってしまう。だからもし彼女がオークションに参戦してきた場合はあなたたちのどちらかが競争でそれを潰してはもらえないだろうか?」
「分かったわ(分かりましたわ)」
「あとは彼女が妙な動きをするようなことがあったとしても、遠距離アタッカーで集中攻撃すれば今のレベル差なら殺せると思うんだよね」
「もし協力者がいたとしたらどうするのかしら?」
「そうだな……、気配察知のスキルを持っている者に周囲を警戒させよう。そして、彼女が怪しい動きをしたときや敵対者が近づいてきたときのターゲット変更に関する指揮権は3人で持つことにしよう」
「なんで?」
今までボス討伐の指揮権はネームレスさんだけが持つようにしていた。
彼の統率力や判断力は信頼できるものであったし、指揮官を統一しておいた方が、指揮官としての経験と指示に従う私たちの練度を考えた上でもいいだろうという結論で落ち着いていたはずだ。
それがここに来てなぜ?
「僕だけしか指揮官がいなかったら僕が殺されたとき誰が対処するんだい?」
「「…………」」
なるほど。確かに相手が手練のPKだった場合、指揮官が真っ先に狙われる可能性は十分にある。
「もちろん、そう簡単に死ぬつもりはないけどね。あとローズさんには護衛用のタンカーとサマナーとヒーラーを一人ずつ付けよう。最悪ローズさんが死ななければ、狂刃を殺して仲間をリザレクションで復活させつつ撤退を計ることもできる」
「でもそれでボスが狩れるの?ボス狩りはそんな生易しいものじゃないわよ?」
「それは問題ない。彼女が噂どおりの活躍をしてくれればそのままボスを倒せるだろうし、彼女が不穏な動きをすれば、彼女を殺して確実に撤退する。何も今回無理してまでボスを討伐する必要はないからね」
「なるほど……ね」
例えた今回失敗したとしても、体制を立て直して再度挑めばいいだけの話だ。
その場合はもちろん他のプレイヤーたちに先を越される可能性もあるけれど、命には代えられるものじゃない。
「だから二人とも予め自分のところのギルドメンバーたちに伝達しておいてくれないかな。今回のボス討伐が指揮ひとつで狂刃討伐に代えられるようにね」
私たちは揃って頷いた。
それから細かい打ち合わせをしてプライベートコールを終えると、再びベッドへと身を沈め、今回のターゲットのことを考えた。
掲示板で狂刃などと騒がれている残忍なプレイヤーキラー『忍』。
昔の仲間と同じ名前を持つプレイヤー。
もしかして彼女は”あの”忍なのだろうか?
いや、そんなはずはない。忍はそんな人間じゃなかった。全く馬鹿馬鹿しい。忍なんてのはよくある名前だ。
しかしいくら言葉で否定しようとも私は知ってしまっている。人は変わっていくということを。
忍”も”変わってしまったのだろうか。
もしそうだとしたら私の所為かもしれない。私があの世界に絶望して仲間たちを捨てたから。私が弱かったから。
だとすれば私の手で決着を付けるしかない。
自分の手で変えておきながら殺すことを考えるだなんて、なんて浅ましい女なんだろう。
今の仲間たちのためにそれができる。できてしまう。最低な女だ。私は。
今日はもう寝よう……本当に…………疲れた。




