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主人公属性は辛いよ

ちょこっと濃いめの恋愛的描写があります。

そしてそれは、次の話まで続きます。

 新谷氏の部屋はワンルームなので、扉をくぐれば目の前が居住スペース、玄関脇の右にバストイレ、左にキッチン。

 パソコンはそんな部屋の一番奥にある。私が目指すその場所までが、妙に、遠い。

「ど、どうしたのよいきなり。雨に打たれて風邪引いちゃった?」

 いきなり看病イベント突入!? 私、フラグ立てたつもりはないのに!?

 いや、だとすれば……な、なんてベタな……まさか自分の身で体験するとは思っていなくて、選択肢を提示してくれない現実世界(当たり前)に混乱寸前。

 えぇっと……看病イベントの場合、大抵相手がベッドでうなされていて、私は手を握るとか、おかゆを食べさせるとか、薬を口移しで、っていうのは風邪がうつりそうだなぁ……って違う! そうじゃない! 妄想しすぎだよ沢城都!

 いつかの乙女ゲーを思い出し、バスタオルの下で赤面した。ギャルゲーに看病イベントは……あまりないような気がする。体を拭くという口実で服を脱がせるとか、風邪を引くのは主人公で、女の子が頑張って癒してくれるとか、そういう使い方だっけ。

 ……だっから違うでしょう、こんな時に何を考えているんだ私は。

 混乱しながらもおなじみの思考回路に、失笑どころではない。呆れて何も言えなくなってしまう。

 だけど……。

「ねぇ、新谷氏、何事? 説明してもらわないと……これじゃあ訳が分からないよ」

 落ち着いたトーンで聞いてみる。だけど、彼は私をぎゅっと抱きしめたまま硬直。フリーズ。

 しょうがないので、私はある作戦を決行することにする。


「ねぇってば――薫っ!!」


 私が彼を名前で呼んだ瞬間。

 彼は慌てて私を解放した。


 頭から被っていたバスタオルを取り、ようやく取り戻した視界に彼を捉える。

 私の正面にいる新谷氏は……バツの悪そうな、でも、少しだけ泣きそうな面持ちで、一言「ゴメン」と呟いた。

「名前で呼ばれるの……やっぱり嫌なんだね」

 私がさっき、キャラを作って林檎ちゃんを追い返したときに彼を名前で呼んだ瞬間、明らかに戸惑っていたというか……辛そうに、見えたから。

 私は、彼が私のキャラを予想していなかったからだろうと思ったんだけど……でも、もし、理由がほかにあるのだとしたら。

「じゃあ、さっきは知らなかったとはいえ、ごめん」

 ここは素直に一言謝罪を入れた。彼に辛い過去を思い出させてしまったのかもしれない。

 彼は首を横にふって、ぽつりと呟いた。

「沢城は悪くない。俺がダメで……まだ、思い出すんだ、色々……」

 色々――その一言に凝縮された過去が一体何なのか。付き合いの短い私には理解できないけど、

「その色々が何なのかは特に聞かないよ。だけどね、新谷氏……一言だけ、これだけは言わせてもらっていいかな?」

 根掘り葉掘り聞くつもりはない。私が聞くような話でもないと思うし、私が彼に優しい言葉をかけたとしても、それは、過去の傷をいたずらにえぐるだけになりそうだから。

 だけど、私はどうしても、彼に言っておかなければならないことがある。

 もしかしたら、今までにも言われてきたのかもしれないけど……彼自身が気がついていないこと、そして、出来るならば気がついたほうがいいこと。気がついてほしいこと。

「新谷氏、君は典型的な主人公属性なんだから……もうちょっと気をつけたほうがいいと思うよ」

「主人公属性……?」

「言葉を選ばず具体的に言えば、新谷薫はイケメンで誰に対しても優しく社交性もあって一人暮らしで……そして、自分が思ってる以上に周囲に鈍感ってこと」

 びしりと断言した私に、彼の表情が強張る。

ここまで言っていいのかどうか、正直迷った。

 だけど、もし、これを指摘しないで今後もこんなことが続くのならば……さすがの私も、きっと耐えられない。そんな優しさ、最初からいらない。

「女の立場から忠告させて。新谷氏、思わせぶりな言葉をかけるのも、抱きしめるのも……自分が好きな子だけにしておかなくちゃダメだと思うな。優しいのは性格だし、短所じゃないと思うから無理に変える必要はないと思う。だけどね……もし、今日みたいなことがあと何回か続いたら、きっと、私だって勘違いしちゃうし」

 そう、新谷氏……君は優しい。

 だけど、そういう優しさが時に人を傷つけるナイフになってしまうこと、多分、言われなくても分かっていると思うから。

 部外者である私が言えるのは、ここまでだ。ここから先は、彼がどう意識して、行動するか。

 私の言葉を黙って聞いていた新谷氏は、うつむいたまま、何も言わない。

 今日は……ゲーム、無理っぽいな。部屋の奥で私を待ってくれていた(であろう)風華ちゃんに心の中で謝りながら、「今日は……帰るね」と、まるで喧嘩した恋人が気まずい空気のまま部屋から出て行くような言葉を残して、寮に帰ろうときびすを返した。



 だけど。

 物語はココで終わりじゃない。むしろ……ココからが本番。



「――鈍感なのはどっちだよ!」



 靴を履こうとした瞬間、背後から聞こえたのは――絶叫。


 壁が薄いマンションで近所迷惑という言葉を排除した新谷氏は、びっくりして振り向いた私に、今まで見せたことのない表情を向ける。

 眼鏡の奥、綺麗な瞳を……最大限まで吊り上げて。

 ……あれ? 私、もしかして地雷を踏んでしまった?

「新谷、氏?」

「俺だって学習能力がないわけじゃない。自分の行動がトラブルの引き金になってることも……今まで散々言われてきたよ。だから……やめようって、好きな子の前以外では自分の態度に気をつけようって、思ってきた。実践してるつもりなんだ」

 ――かちんと、きた。その言葉が今以上にふさわしい場面に出会ったことがないくらい、かちんと。

 実践してる? 誰が? 何を?

 前の言葉、そして先ほどの態度。

 彼の行動を思い返した私の中で、花火に似た怒りが大きく弾ける。

「じゃあ、さっきのはどう説明するのよ! 言ってることとやってることが違うじゃない!」

「だから察しろよ! 沢城、お前は全然気がついてないみたいだから指摘してやる。お前だって俺から言わせれば……そう、乙女ゲームの主人公体質だよ!」

「なぁっ!?」

 な……誰が、何だって!?

 予想外の反撃に、声が裏返った。

 呆然と立ち尽くして防御もしない私へ、激昂した彼が攻撃を続ける。

「俺は乙女ゲームに関して詳しいわけじゃないけど……主人公の基本スペックは同じだろう? 沢城都は明るくて負けん気が強くて自分に正直で周囲に鈍感で……それで、」

「そ……それ、で?」

 さり気なくビジュアルに関する言葉を避けたことは、後からしっかり追及させてもらうけど。

 もはや怒りを忘れて興味津々の私。彼は少し口ごもったあと、小さく、呟いた。

「……危なっかしくて、目が離せないんだよ」

「?」

 先ほどの怒りは恐らく失速している。私は必死に彼の言葉を自分に置き換えながら……ふと、

「私、そんなに危なっかしい?」

 思いついたことがあるので、

「ああ、そうやって自覚がないところが特に」

「例えば?」

 正面から見据え、尋ねてみる。

「だから――!」

 苛立たしげに言いかけた彼の口が、私の顔を見て止まった。

 私の、苦笑いとも確信犯とも言えないような、絶妙な表情に。

「沢城!?」

 悟った彼が、赤面して非難じみた声をあげるが……あーもダメ、我慢できない。

 私はその場でペタンとしゃがみ込むと、体を丸めて笑いをかみ殺す。全然殺せていないけど。

「あは……ごめ、ゴメン、新谷氏。でもねぇ……なんっつーかもう、本当にゲームのイベントみたいで……いきなり怒鳴ると思ったら口ごもるし、もう、途中から見ていておなかいっぱいになったよ。ありがとう……うん、ご飯3杯はいける」

「さ、おまっ……お前、最低だぞそういうの!」

「最低で結構……ははっ、あーもーダメ、萌え死ぬ、かぁいいからお持ち帰りしたいし、キュン死にしちゃう、新谷氏が私を悶え殺す~!」

「今は勝手に死んでろ!」

 随分とヒドイ言葉を吐き捨てた彼だが……私は、座り込んだまま彼を見上げ、やっぱり笑ってしまうのだ。

 うーん、目の前にリアルツンデレ(多分)がいる。眼鏡男子には結構ツンデレが多いと思ってはいたけど……っていうか、男の場合もツンデレって言うのかしら。誰か教えてくれないかな。

「新谷氏、怒ってる?」

「パソコンを今すぐ起動して沢城のセーブデータだけ全消去したいくらい怒ってる」

「えぇ!? それは絶対ダメっ!」

 本気にも冗談とも取れない冷めた声に焦った私は、慌てて立ち上がった。

 互いを見つめる瞳が、苦笑いであることに気づく。

「ねぇ、新谷氏……私たち、何を言い合ってるんだろうねぇ」

「言い始めたのは沢城だろ?」

「そりゃあそうだけど……まぁいいや。話を整理しよう?」

 私の言葉に一度頷いた彼は、不意に、左手を突き出した。

 ……何故?

「あれ、新谷氏?」

「いいから」

 この状況で握手? 仲直りってことかな……私は特に迷うこともなく彼の手を握った。刹那、

「へぇぁっ!?」

 いきなりその手を引っ張られ、よろける。喉の奥から変な声が出たのは気にしない。

 気がついたら彼にもたれかかっていた。ついさっきもこんな状況になったなぁと思いながら、私が何とか体勢を整えていると、

「……誰に対しても言ってるわけじゃないから」

 不意に。

 耳元でダイレクトに囁かれた言葉には、初めて感じる破壊力がある。

「沢城だから……フラグ立てたいなって、思ったんだからな」

 フラグを立てる。

 それは今まで、あたしが画面の中に向けて行ってきたこと。

 それが私に対して立てられた、ってことは……。

「それは……私ルートに突入するってことだよ? リセット出来ないよ?」

「いいよ。このルートしか狙ってなかったから」

 正直に言われると、言葉を返せなくなる。

 私は新谷氏を見上げてみた。

 眼鏡越しに見下ろす彼は、間近で見れば見るほど破壊力抜群というか、今までこんな人が近くにいて特に何とも思わなかった自分はやっぱり色々ダメなんじゃないかとか……思うことは色々あるけれども。

 ただ、出会った時から変わらないのは、私を見つめる優しい眼差し。

 少し呆れてるけど、でも、それは否定じゃない。「それでいい」って認めてくれているような気がして、肩の力が抜けるんだ。

 少しぎこちなく、彼の腕が私の背中に触れた。同時に私は体重を預ける。ただ、私は不思議と、さっきみたいに緊張することもなく……自分の手はどうしようか、そんなことばかり考えていて。

「沢城って、さ」

「ん?」

「意外と着やせするタイプ?」

「着やせ? それって……太ってるって言いたいの?」

「……いや、やっぱいい」

「?」

 ゲームでもたまに出てくる表現だが、自分に対して言われたことがなかったので意味がよく分からない。首をかしげる私に真意を告げることはないまま、新谷氏は静かに、私を抱きしめていた。

「沢城は……嫌じゃない?」

 この状況で確認する彼に、思わず失笑してしまう。

 だって、

「嫌だったら、とっくに抵抗してるよ」


 だから私も、いつの間にか……彼の背中に腕を回していたんだ。


 そして、結局。



“『……いいですよ、敬一さんになら……私……』

 頬を赤らめながら告げてくれた彼女の言葉が、僕は何よりも嬉しくて。

 愛しい彼女を抱きしめる。柔らかな体に、心臓が大きく波打った。

『敬一、さん……』

『風華……』

 互いの名前を呼び合った後、僕たちは、静かに唇を――”



「……キスシーンは既存CGの使いまわしか……」

 画面が切り替わった瞬間、不機嫌な自分の言葉で現実に引き戻される。


 現在物語は第5章。共通ルートを終え、念願の風華ちゃんルートに突入したのだが……ようやく主人公(敬一)が彼女に告白して、キスしたところである。長い、こ こまで長かったよ……水着でのイベントは後半にも登場するんでしょうね? 恋人になる前と後では、水着の扱われ方も変わってくるんだから!

「……家に送ってこの章は終わりかぁぁ……あぁもう、そういうゲームなんだから、さっさとやることやっちゃえばいいのに……話がすすまないっつーの……!」

 椅子に胡坐をかいて、持ってきたポッキーを口に入れると(メッセージはオートだから、クリックしたりする必要がないのだ)……黙々と読書に興じていた彼が、よっこらせと立ち上がった。

 ちなみに、本日の私からの手土産は……まだ私でさえも見たことのない、綾美の同人誌である。彼女に新谷氏から頼まれたスケッチブックを渡し、事情をあれこれ白状したところ……新谷氏がBL初心者ではないことを知った彼女が、黒い袋に入れて私へ手渡した一品。勿論、私は閲覧不可。

 最初は私がゲームをプレイすることに渋い顔をしていたが、彼女の本を渡した瞬間、私に背を向けやがったのよ彼ってば。

 それからは黙として語らず、ひたすら読みふけっている。私が軽く嫉妬するくらいに。

 だからもう、開き直ってやる。私は今日、風華ちゃんに逢いに来たのだ。途中色々ありすぎて遅くなったけど、彼女と幸せな学園ライフをエンジョイするためにやって来たんだからっ!

 ……そんな感じで、結局、互いがいつものように個人作業に没頭して2時間ほど。

 私はイヤホンをつけてプレイしているので、彼には私が一人で画面に向かって愚痴っているようにしか見えないだろう。

 冷蔵庫からジュースの缶を2本取り出して戻ってきた彼は、私の頭にそれをのせた。

「うわ冷たっ! 差し入れは嬉しいけど、それは反則だよ!」

「首とどっちにしようか迷ったんだけどな」

 してやったり、そんな表情の彼から缶をもぎ取り、中身で喉を潤す。

 桃味の炭酸が、口の中で広がって……。

「……ん? これって……アルコール入ってる?」

「え? あ……」

 私と同じタイミングで口にした新谷氏は、本当に今気がついたらしく……間の抜けた表情で缶を見つめる。

「……まぁ、間違えちゃうよね。ジュースとさほど変わらないラベルだし」

 アルコール度もほとんどないようなものだし、特に自分が弱いという認識はなかったので、私は彼に「このままもらうね」と断ってから、再びパソコンに向き直る。

 けど、あんまりゲームにばかり興じるのも彼に悪いと思って、区切りもいいし、一旦そこでセーブしてから、パソコンの電源を落とした。

 これから……少し、新谷氏と話がしたいな。そう思ったから。

「新谷氏、あのね、今日はこれから……」

 かたん、と、彼がテーブルに空き缶を置いた。その軽い音から中身がないことがうかがえる。

 そんなにのどが渇いていたのだろうか。読書中とはいえ、もう少しこまめに水分補給すればいいのになぁ……。


「――都」


 私がそんな言葉を紡ぐよりも早く。

 椅子に座ったままの私を、いきなり下の名前で呼んだ彼が唐突に抱きかかえた。


 思考が停止する。


 初めて名前を呼ばれたことと重なって頭が一瞬でフリーズ、現状処理能力が大幅に欠如。そんな放心の私を悠々と抱えた彼は、人形状態の沢城都をベッドの上に座らせる。

 そして、私が声をあげる前に口を塞ぎ、そのまま体重をかけて押し倒した。



 ……あ。


 …………あぁ!?


 我に返っても既に遅い。どう考えても接近戦は反則。私が純粋な力で君に勝てるわけがないじゃない!

「ちょっ……新谷氏!?」

 密着している彼の体が熱を帯びているのは……お酒を飲んだからに決まってる。ジュースと変わらない飲み物だけど、飲んだ量だって少ないけど、絶対そうだ。そうに決まってる。それでお願いします。

 だって、そうでなきゃ、ここまで積極的に攻めてくるわけがないよ……多分。

 何だこのフラグの回収イベントは。っていうかリアルなキスだって実際初めてなんですけど私。

 息苦しい、頭まで酸素が回らず、ぼんやりしてきた。

「新谷氏っ……!」

 彼はあたしの話を聞かず、一旦離れた唇が再び重なるまで、3秒。少し角度を変えて、さっきよりも、深く。

 ゲームをしているときは大袈裟な、かつ卑猥な音だと思ってたけど……案外、そんなこと、ないのかもしれないな。

「……あぁもうっ!!」

 そして気がつけば、私も彼を抱きしめているという現実。あぁもう、これは全て(お酒と)雰囲気のせい。多分好き同士、若さゆえの勢いだと思って、今日だけは何も考えないことにしよう。


 ねぇ、新谷氏、私はそう思うんだけど。

 キミは、どう思う?



 ――そして、

若い勢いって実は萌えポイントだと思うんだ……そんな私はダメ人間ですが、何か?

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