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後輩、襲来。

 約束が口実になっている……?

 そんなことをふと考えたのは、新谷氏宅の玄関前で立ち往生していた時だった。


 夕方から降り始めた雨が、少しだけ、激しくなっている気がする。


 現在時刻は午後10時過ぎ、いつもの玄関前。

 今日はお互い夕方からアルバイトで……そして、明日が祝日なのだから、思う存分夜に(個々人の時間を)楽しもう、そんなノリで話がまとまったのは、3日ほど前になるだろうか。

 彼が、私がやりたいと思っていたソフトを手に入れてくれて……でも、なぜだかこんなときに時間的な都合がつけられなくて、まだ第2章までしか進められず、すれ違ったまま、今日までお預けの生殺し。授業にもバイトにも集中できなかった自分に呆れるしかないだろう。

 そして、本日、バイトを終えて――私は雑誌で見たときから狙っていた同級生の風華ちゃんを攻略できると、ようやく彼女に逢えると、そりゃーもう鼻歌交じりで手土産まで持ってやって来たというのに。

 ロングヘアーでロリボイス、でも出るところはしっかり出ているモデル体型、しっかり者だけどいたずら好き、その性格と体で主人公を骨抜きにしていく様が、楽しみでしょうがないというのに。

 部屋の主がいなければ、どうにもならないじゃないか。

 勿論私は合鍵なんか持っていない。10分ほど夜空を見上げつつ新谷氏にメールを送ると、「もうすぐ帰る」という簡素な一文が戻ってきた。

 別に風華ちゃんは逃げないんだけど……でも、これを励みに今日の今まで頑張ってきたんだ。ちなみに私のバイト先はレンタルショップなんだけど、返却されたDVDを並べながらため息をついた日々にサヨナラなんだからっ!

 期待に胸を膨らませつつも、風が吹きすさぶココは4階。新谷氏の帰りが5分後なのか30分後なのか分からないし、何より体が冷えてしまったので近くのコンビニで時間を潰そうという結論に達した私は、冷えた体を一度抱えてため息をつく。

 かすかに白い息が、暗い夜空に溶けた。


 ――と。


 位置的には反対側、廊下の突き当たりにあるエレベーターホールの床に、明かりが灯った。エレベーターがこの階で止まったという印でもある。

 まぁ、新谷氏じゃない可能性も否定出来ないんだけど……私は歩みを止め、降りてくる人物の顔を拝むことにする。


「……別にいいじゃないですかぁ。先輩、一人暮らしなんですよね?」

 

 扉が開くと同時に響いたのは、ロリボイスだった。

 私の感性を刺激する声は、体験版で聞いた風華ちゃんを連想させる。

 でも、女性ってことは違うか……私がコンビニ行きを再度決心した瞬間、


「……あ、沢城」


 少し遅れてエレベーターから降りてきた新谷氏と目が合い、彼が私の名前を呟いた。

 そして、彼が私を見つめているということに……彼女も、気がつく。

 何だろうこのシチュエーションは。

 寒々したとした空気が、余計に冷たく感じた。

「先輩、彼女……いたんですか?」

 瞬間、私を見つめる彼女の目が鋭くなった、ような気がする。

 隣にいる新谷氏は無言で私を見つめ……何やら、私に目で訴えかけているようだ。


 だけど、今の私はそれどころじゃない。

 だって、だってだってだって。


 新谷氏の隣にいるのが、雑誌から飛び出てきたような美少女だったから!!


 腰近くまで伸びた黒髪ストレート、ティーン誌のモデルのようにパーツ狂いのない顔、っていうか目がデカイ。反則、その大きさは反則。

 どこかで見たことあるような顔だなぁと思っていたのだが……そうそう、この間声グラ――声優雑誌――で見た某声優さんに何となく似てるんだ。彼女も可愛いんだよねぇ、声だけじゃなくて顔も。

 そして、先ほどから響くロリボイス……画面の中にしか存在しないはずの風華ちゃんがそこにいた。彼女の名前も年齢も知らないけど、目の前にリアル風華ちゃんがいる。私の中でそういう情報ばかりが勝手にインプットされて、本人の知らない所で定着していく。

 惜しいのは……非常に失礼だが、体の発育が風華ちゃんに及ばない点だ。でも、それはそれでいいと思うよ。うん、ロリボイスなんだから小柄なロリ体系でもいいよね?

 私の頭で自分勝手な分析がなされていることなど知るはずもない彼女は、私が脳内妄想に夢中で彼らに対して何も言わないことに焦っているのか……少し目を吊り上げて(いや、それも十分可愛いんだけど……さっきから私変態みたいぢゃん)、こう言った。

「それとも、先輩の追っかけですか? 残念ですけど、私の方が先に用事があるんです。部外者は引っ込んでもらえませんか?」

 なぬ、今の言葉は聞き捨てならない。彼女が彼の部屋に外泊するのは構わないのだが……今日だけは、今日だけは遠慮してもらわないと。

 だって、私の風華ちゃんが早く攻略してってパソコンの中で待ってるんだから!(多分)


 ――と、カバンの中で携帯電話が鳴る。メール着信音だったのでカバンから取り出して確認すると……送信者は新谷氏ではないか。

 何事だろう。とりあえず本文を確認。そして……ため息。

「……それくらい、自分で何とかしなさいよ」


 ほれ見たことか、やっぱり主人公体質なんだから。

 私は携帯をしまって、こちらを睨んでいる彼女と視線を合わせた。

 ……こんな日じゃなかったら、友達になって制服とか……ってマテマテ、違うから、そうじゃないから!

 声が引きつらないように注意しながら、初めて、彼女に言葉をかける。

「か、薫ってば……女の子に優しいのは分かってるけど、そんな可愛い女の子を連れ込むつもりだったんだ。ふーん、私じゃ不満なんだ、へぇー?」

「あ、いやその……これは……」

 どうやらこの返しは予想していなかったらしい。彼女よりも新谷氏の方が明らかにうろたえているではないか。ダメぢゃん、しっかりしろ新谷氏!

 私はつかつかと2人に近づくと、私を睨む彼女から半ば強引に彼を引き剥がし、

「今から2人でじっくり話し合う必要があると思わない? ここまで連れてきた可愛い彼女には申し訳ないけど……」

 適当に腕を絡め、にやりと笑ってみた。

 そしてそのまま、彼を部屋まで引っ張っていく。


 ……しかし、私には一つだけ、聞いておきたいことがあった。

 それは、

「薫、彼女を私に紹介してくれないの?」

 お願いします名前と年齢を教えてください。

 新谷氏が口を開く前に、憮然としたロリ声が返ってきた。

「宮崎林檎です。新谷先輩とは地元が同じで……」

 なるほど、林檎ちゃん、可愛い名前だ。

 同時に脳内で年齢を計算する。新谷氏は一浪しているので、年齢的には私より一つ年上。もしかしたら、私と林檎ちゃんって同じ歳? 信じられない……色んな意味で。

「林檎ちゃん、ゴメンね。今日はちょっと、彼を貸せそうにないわ」

「結構です! 私、そんなつもりじゃありませんからっ!」

 明らかな不機嫌。じゃあどんなつもりだったんだと尋ねたいところだが……ムキになってるところも可愛いじゃないか。

 彼女――林檎ちゃんは吐き捨てたところできびすをかえし、先ほど乗ってきたエレベーターに乗って……見えなくなった。

 その後姿を見送ってから……再度、ため息をつく。

 絡めていた腕をほどくと、冷たい風が通り抜けた。

「……助かったよ、助かったけど……沢城、そのキャラは何だ?」

 私の方を見ないまま、彼がぼそりと尋ねる。

「えっと……この間攻略した女の先生がカッコいいなぁと思って……私もいつか言ってみたいセリフストックから引き出してみたんだけど、どうだった? ちゃんとそれっぽく見えたかなぁ」

 新谷氏が先ほど送ってきたメール。その本文はたった一言。


 「設定は何でもいいから何とかしてくれ」


 これだけで察して行動した私を誰か褒めてほしい。

 ……まぁ、さすが主人公体質。女の子を引き寄せるフェロモン(?)は健在ってわけか。

「っていうか……彼女、何者?」

 ただ、ここまで新谷氏が押されるのも珍しい。普段はああいう女の子を上手くかわしている印象があるから。

 私の質問に、彼は鞄から鍵を探しながら呟く。

「……バイト先が同じ後輩。地元が同じだし、今は大学も同じなんだ」

「なるほど。それは、かわいそーに……」

 カッコよくて優しくて、まるで漫画から飛び出してきたような、非の打ちどころのない先輩。彼女に二次元への理解があるかどうかは知らないし、そんなギャップに萌えてくれるかも分からないが……新谷氏の新たな一面を知った彼女を見てみたい気もするなぁ。

 そんなことを思っていると……新谷氏が鍵を開けたので、私も続いて部屋に入る。

 当然だが室内は暗い。先に入った彼は電気をつけるより早く、玄関脇にある風呂場のドアにかかっていたバスタオルを取ると、それを……無造作に私の頭へバサリと落下させるではないか。

 靴を脱いで室内へ一歩踏み出そうとしていた私は、唐突な状況に対処できずに……結果、大袈裟なくらいバランスを崩してしまった。

「うぁっ! ちょ……!!」

 前のめりになった。重心が傾いた体はそのまま床に引き寄せられる。何も見えないから手をつこうと思っても体が反応しない!

 床に額が激突する最悪の未来が間近まで迫った、次の瞬間。


「沢城!?」


 彼の声が響き、そして、


「大丈夫か?」

 頭から白いバスタオルを被ったままの私は、多分、危険を察知してくれた新谷氏に助けられたのだろう。まぁ、構図的に抱きしめられてるような姿勢なのはしょうがない……前が見えないからそんな構図かどうかは分からないけど……でも、力強い腕の感覚は、事実。

 初めての体験に状況把握能力が追い付かず、頭が真っ白になった私は、

「い、いきなりバスタオルで視界を塞がないでよ! せめて何か一言何か言ってほしいなぁっ!」

 声が、不自然に上ずった。


「ゴメン。結構濡れてるみたいだったから……」


 新谷氏の声が、今までで最も近くから聞こえてくる。

 冷たかったはずの体が、妙な熱を帯び始めているのを感じる。

 悟られたくない、心が疼いて……鼓動が、速くなる。


「ありがと。とりあえずもう大丈夫だから、離して――」

 私は彼から離れようと、軽く身をよじらせた。


 だけど。


「あ、れ……?」


 腕の拘束から逃れられない。何が起こっているのか、全く、分からない。

 彼の顔を見て表情を確認したいけど……何も、見えないから。

 どうして?

 新谷氏、どうして?


「沢城が彼女だったら……少しは俺も変われるかもな」


 刹那、いつかの言葉が頭の中でリフレインした。でも、彼は素でさらりとああいうことを言ってしまうタイプだ。そう自分に言い聞かせて……深読みしないようにしてきたのに。

 新谷氏が、見えない。

 分からないよ、君のことが。


「ねぇ、どうしたの? 一体何が……」


「――ゴメン。少し、黙って」


 刹那、再び耳元で低い声が響いた。反射的に身をすくめる。同時に、今まで感じたことのない彼に……首を、かしげる。

「新谷氏……?」

 彼が震えているのが、バスタオル越しにはっきりと伝わってきた。


ライバルがロリなのは大自然の定理です。

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