真面目なキッカケ
でも、よく考えなくても改めて認識するべきだったのだ。
彼――新谷薫は、こんな感じだけど、基本スペックは女の子に好かれるビジュアルと性格であるということに。
大学で仲良くしている友人の間でも、新谷氏はよく知られていた。むしろ、私が周囲の情報に疎いだけかもしれないけど……そこで聞いたのが、こんな、噂。
噂1:高校生の頃は女教師と付き合っていたらしい。(しかも教師から告白してきた)
噂2:珍しいほど優しく実直な性格で、困った人は見過ごせない。
噂3:大学に入学してから二桁を超える告白を受けている。(全て断っている)
噂4:実は彼女がいる。遠距離恋愛中でメール交換をマメに行っているらしい。
噂5:実は女に興味がないらしい。
「さぁ、真実はどれなの新谷氏?」
「……そんな噂、本人に向かって聞かないでくれ」
学園ゲームで裏ルートの担任教師エンディングを見終わった余韻に浸りつつ(いい仕事してました)、教師繋がりってことでそんな噂を思い出した私は、不意に聞いてみる。
私が聞いたことを正直に伝えると、最初は自分の世界から出てこなかった彼も……うんざりした表情で私のほうを見上げた。
そんなくだらないことで俺の世界を邪魔するな、彼の目が訴えているも、私は別に気にしない。彼の過去にズカズカと土足で侵入、なのである。
……まぁ、そういうネタには興味あるし、正直。
ただ、自分の行動にも少し気をつけなきゃいけないかな、と、思い始めていた。私がギャルゲー目的とはいえ、彼の部屋に入り浸っていることは事実なのだ。変に「付き合ってる」なんて噂が流れたら、間違いなく彼に大きな迷惑がかかってしまうから。
だからこそ、今、もしも「付き合ってる人がいる」なんてことだったら……私はこの部屋のパソコンをどうやって自室に持ち込むかを検討しなければならなくなってくるのである。まぁ、そんな噂は聞いていないから大丈夫だと思いたいけれど。
「じゃあ、全部本当なの? 高校生の頃に女教師と付き合ってたのも、実はやっぱりガチムチ兄貴にしか興味がないっていうのも本当?」
「……付き合ってない。断った。そして俺は兄貴に興味は……な、ない」
口ごもりながらも白状する新谷氏。
ってヲイ、後半はあえて何も言わないが告白されたのは本当なのかよ!
思わず絶句しつつ、ふと、先ほどのゲームの内容が頭の中でリフレイン。私が思う「女教師」の基本スペックを並べてみる。
「ねぇ、どんな先生だったのか聞いていい? やっぱりツリ目の美人教師でタイトスカート、ストッキングは必須アイテム?」
ステレオタイプで申し訳ないが、私が思い描く「女教師」を単語にして並べると、新谷氏が完全に呆れた表情で首を振った。
「俺が男子校だったからかもしれないけど……あまり生徒を刺激するなってことで、そこまで露骨な教師はいなかったよ。まぁ……例外もいたけど」
「でも、新谷氏に言い寄ってきたのは、それこそ若くて美人だったんでしょう?」
「……そりゃあ、まぁ」
「スタイル抜群で、胸なんかグラビアアイドル並みで、でもしっかりウエスト締まってて、ストッキングが……」
「ストッキング好きだな沢城」
「当たり前でしょう!? ストッキングをはいてない女教師なんか認めないわ!」
そう、女教師にストッキングがないなんて邪道よっ!
そんな私の叫びを苦笑で受け止めた彼は、床からベッドに座り直すと……私と目線を合わせて、
「まぁ、沢城は何か別の印象を持ってるかもしれないけど……俺はあの先生のおかげで女性が怖くなったんだよな……ストーカーみたいで、参ったよ」
何か思い出したのだろう。表情が渋くなる。
その言葉を聞いた瞬間、頭の中で散々美化していた女教師の図(実際は顔も名前も知らないけど)に、ビシっと亀裂が入った。
うーん、いくらなんでも教え子をストーキングしちゃダメでしょ大人なんだから。
「それはちょっとねぇ……そんな教師に個人レッスンされても嬉しくないわ」
「全くだよ。おかげで今も「女性」は怖いんだよなぁ……」
しみじみ呟いた彼に、一瞬、目が離せなくなる。
同時に前々から思ってはいたのだが、改めて確信することが一つ。
新谷氏、奴は私を女だと思ってないな。今更だけど。
でも、本人は気がついていないのかもしれない。その無駄に爽やかで無防備な笑顔が、ギャルゲーの主人公になれる素質のひとつなんだってことに。
そうか、だからヒロインはみんな主人公に好意を寄せるのかな。
「……鈍感だね、新谷氏は」
「?」
ほらね、絶対気がついてない。
キミは多分、自分が思っている以上に異性を引き寄せてしまうんだよ。不本意かもしれないけれど。
名付けて、ギャルゲー主人公体質。主人公スペック装備でもいいや。
「気がついてないならいいよ、大したことじゃないし。さて、とりあえずこのゲームはフルコンプしたから……次は久しぶりにシリアスかハードなやつやりたいなぁ。ホラーか陵辱か、あ、あんまし触手は好きじゃないからソッチ系は勘弁してもらいたいんだけど」
さり気なく次回作をリクエストする私。彼は苦笑で「分かった」と了承し、ふと、
「そういえば……どうして沢城はギャルゲーが好きなんだ? 世の中には乙女ゲーもあるっていうのに」
新谷氏の何気ない、それでいてもっともな質問は、過去、綾美に興味本位で借りたとあるゲームを思い出させた。ちなみに乙女ゲーとは、主人公が女の子で、男の子と親睦を深めているゲームである。ア○ジェリークや金○のコルダなどなど。
まぁ、綾美にしてみれば……乙女ゲーはキャラクターやネタの宝庫である。だからわざわざ持ってるんだろうけど。
「うーん……乙女ゲーは嫌いじゃないの。むしろネオ○マンスとかキャラ萌えよ? 声聞いただけで、ボタン押すたびに画面の向こうで悶えてたわよ」
フルボイスのゲームに慣れていなかった頃は、逐一喋ってくれるサービス満点のゲームに、一人、そりゃあもう興奮していた頃もある。今でも多分同じ反応だと思うけど。
「ただ、前に綾美にゲームを借りたんだけどね……10時間頑張ってフラグ立てて親近感アップさせても、どこをどう間違ったのか全然違うキャラのエンディング(しかもそのキャラは個人的にどーでもよかった)になりそうになったとき、一気に冷めちゃったのよね。今までのラブラブ寸止めイベントは何だったんだ! って、思っちゃって」
まぁ、攻略本を頑なに拒否した私にも非はあるのだが……あの時の悔しさは、まだしばらく忘れられない。こういうのを「トラウマ」と呼んでいいのかどうか迷うところだが、私にしてみれば立派なトラウマだ。
「で、改めて気付いたのよ。私、沢城都は基本的にイラストは可愛い女の子が好きだなって。ギャルゲーならよほどのことがない限り目当てのヒロインにたどり着けるし、イベントも豊富だし、何より最近はシナリオ重視だけじゃなくてグラフィック綺麗だし。特別男の人に興味がないし、こういう性格だから……二次元で可愛い女の子を口説けることが楽しいなぁ、とね」
最近は、ギャルゲーの原画を女性が描くことも多くなっている。私が好きな原画家も、半分以上女性だ。
女の子だって……可愛い女の子は好きなんだよ? 女性の原画家にしか描けない繊細なキャラクターイラストに、どうしても賛同してしまう。
世の中の女の子はあんなに細くもないしボインでもないし、毛が……ダメダメ自主規制。何でもないですよ、ええ、何でもありませんとも。
私がゲームに求めているのはリアルじゃないんだ。「好き」って言葉に込められているのは、リアルな願望だけじゃない。
そして、私が求めているのは、そんなリアルじゃない。
「本気で女の子と恋人になりたいなんて思ってないわ。ただ、そんなにリアルばっかり追いかけたって疲れちゃうよ。私の場合、現実逃避の方法がギャルゲーで、それが自分に合ってたってだけだと思う。世の中にはアイドルを追っかける人も大勢いるわけだしね。私みたいな亜種が生まれたって、現代日本の風潮を考慮すれば、可能性はゼロにならないと思うけど。それに……だったら新谷氏だって同じでしょ?」
ゲームに明確な性別はないと思ってる。面白いと、好きだと思った人間が楽しめばいい。
空想でいいんだ。架空でいいんだ。むしろ……その方が、いいんだ。
現実ばかり見ると疲れてしまうから。逃げ場のない人生なんて、両脇から壁が迫ってくる日々。ただ潰されるのを待つだけなんて冗談じゃない。私はその壁に穴をあけて、たまに抜け出している、多分そういうことなんだと思う。
そして、穴を開けた先にあった世界がギャルゲーの世界だった。そういうことなんだろう。
そういうことにしておこう。
そういうことにさせてください。
椅子の上に胡坐をかいて返答した私に、彼はしばしぽかんとした表情を向け……そして、
「はぁ……やっぱ、カッコいいよ、沢城は」
大袈裟に息をつきながら、しみじみと呟く。
言われた私は、目を丸くして聞き返した。
「そう?」
「自分の意見を隠さずはっきり言うって、なかなか出来ないと思うんだ。そりゃあ、俺はある意味沢城の仲間だから、遠慮する必要もないけど……でもやっぱ、カッコいいよ。うん、俺はそう思う」
どうやら今、彼から褒められているらしい。予想外の展開に、私は気恥ずかしくて言葉が続かなくなり……適当な受け言葉で話を切り替えようとした。
ただ、次の瞬間。
このギャルゲー主人公体質の新谷薫は、笑顔でこう言ったのである。
「沢城が彼女だったら……少しは俺も変われるかもな」
――どういうこと、だろう。
「なーにを血迷った発言しちゃってるんだか。それに、新谷氏はすっごく可愛い女の子を連れて、私の目を楽しませてくれなきゃつまんないじゃない」
言い返してはみたものの、鼓動が、早くなる。
何だろう、これ。フラグ立てられた? それともミスリード?
彼の言葉……深読みしても、いい?
都の言っていることは私の実体験でもあります……遙か……。