good night[2]
――あの頃は、キミとずっとに一緒にいられるって……そんな御伽噺を、本気で信じていたんだ。
「俺と杏奈が別れた原因は、都も知ってると思う」
ベッドの上で私の横に転がり、薫が静かに語り始める。
寄り添うように彼にくっついた。彼の心臓の音が聞こえる。乱れていた私の気持ちを完全に落ち着かせてくれる。
「俺が先生を襲ったって噂は、俺の学校じゃすぐに沈静化したんだ。大樹や……クラスの奴らが俺の潔白を証明してくれたから、学校もすぐに対応してくれた。
だけど、それ以外の場所じゃ……どんな釈明も言い訳にしか聞こえなかったんだろうな」
――世界がどれだけ、俺を否定しても。
――キミだけは、俺の味方でいてくれるって……根拠もなく信じられたのに。
「俺は、杏奈なら俺の言うことを信じてくれるって思ってた。だけど……その時、杏奈の気持ちは俺の予想よりずっと遠くにあったんだよ。
元々俺から告白したから、俺が頑張って彼女をつなぎとめればよかった、って……そんなこと思っても遅かった、遅すぎたんだ」
――聞きたくなかった。
「もう、無理だよ……私、このまま薫と一緒にいても疲れるだけなの」
――キミから否定された世界は、俺から色を奪う。
「杏奈から「一緒にいると疲れる」って言われたのが、予想以上にショックだったみたいでさ……自分はゲームばっかり見ていたくせに、俺とそこまで一緒にいなかったくせに、って、正直思った。
俺は自分のことしか考えてない女と別れて正解だったんだって、自分にずっとフォローしてさ……そうやって考えないと、押し潰されそうだった」
――色のない世界を見つめることに、何の価値があるだろう?
「だから俺は、ゲームに逃避するなんて考えられなかった。でも、心のよりどころが欲しくて……結局、杏奈みたいに夢中になれる何かが欲しくて……紆余曲折を経た結果、偶然、大樹が持っていた綾美さんの同人誌を読んだんだ」
――抵抗がなかったといえば、嘘になるけど。
――でも正直、本の中にいる彼らが羨ましかった。
――互いに想いあっている姿に、憧れたんだ。
「……辛いこと、思いださせちゃったよね」
何度聞いても覆らない現実、消えない傷痕。
知ることは私が望んだことなのに、残ったのは罪悪感。
薫は「いいや、大丈夫」と呟いて、ギュッと、私を抱きしめた。
「聞いてほしかったから。いつか、自分の口で話せたら……俺はちゃんと、都と向き合ったことになるかな、って、思ってたから。都がいてくれて、俺と向き合ってくれて……よかった」
やば……また泣きそうだ。
誰かに必要とされることがこんなに嬉しいなんて知らなかったから。
「……都?」
「よか、った……私、諦めなくて……よかった」
涙をこらえているのが一発で分かる声音で呟くと、不意に、薫は私の眼鏡を外して、
「やっぱ可愛いよ、都は」
まじまじと覗き込む。いくら視力が人並み以下とはいえ、至近距離では彼の顔もはっきり見える。私を見つめる大きな瞳を直視できなくて、思わず顔を横に背けてしまった。
「い、いきなり何? っていうか、薫……いつから言葉攻めのキャラになったの」
「攻めだなんて滅相もない。俺はいつだって受けキャラのつもりだけど?」
さらりと言い放つ彼の言葉を、私は信じられずにジト目を向けた。
だってそうでしょ? 受け専門キャラだったらとりあえず攻め好きの私と位置変わりなさい(=薫が下になれ)ってのよ。
その視線に気がついた彼も、「いつだって、っていうのは嘘かな」と、少し顔を赤くしながら訂正して、
「都の前だと、ブレーキきかなくなるから」
それは、私に対する褒め言葉なのだろうか。
「褒めてるよ」
顔で語ってしまったらしい。また言葉を返せなくてそっぽを向く私の顔を、彼がぐいと正面へ戻して、
「ねぇ、都……その……」
「?」
何だろう。
自分で私を正面に向かせたくせに、口ごもってしまう薫。
私がきょとんとした表情で見つめると、意を決した彼が……それでもためらいがちに、こんなことを言った。
「…………襲っても、いい?」
これだけ状況作っておきながら、まだ私に確認するのかこの男は。もしかして、そういうプレイ?
こういうときは……私も薫のこと好きって言ったんだからこの状況だって同意してるの。がばっとやっちゃえばいいのよ、がばぁっと。
ただ、私のこと、大切に思ってくれてるんだよね? 今だって、私がこの状況をどう思ってるのか……正直、不安なんでしょ?
その不安、取り除いてあげるよ。
とっておきの言葉で。
私は残った涙を拭うと、口元ににやりと笑みを浮かべて、言った。
「よし、やっちゃえ☆」
薫の思いを書きながら……彼って純粋な人だなぁとしみじみ思いました。