女同士で隠す気のない話
「あははっ! 普段は受けなのに、アルコール入ったら鬼畜キャラ!? 都、それってかなり貴重よ、最高じゃない! その彼、やっぱり一度あたしに会わせなさいってば」
昼間のカフェでそんなこと大声で言わないでください綾美さん。ちなみに私、鬼畜とまで言ってませんから。
授業の合間をぬって集合した私たちは、おなじみの場所で向かい合わせに座り、相変わらずのトークを繰り広げているのである。
まぁ、話は私と新谷氏のことばかりなのだが……彼から言付かった綾美本(と、命名しておこう)の感想を彼女に告げると、「そう、そうなのよ! 最近はホストやセレブがもてはやされてるけど……でも、あたしは社長と秘書がいいの!」と、何度も何度も頷きながら力説する。
やめい。アンタ、恥じらいがなさすぎるんぢゃ。
私がメニューで彼女の頭を叩き、ようやく沈黙。しかし、にゅっと鞄から取り出した次の本をちゃっかり私に手渡すのは忘れない。
「でも、都に彼氏が出来るとはねぇ」
彼女が昼食のパスタをすすりながら、よーやく女子大生らしい(まぁ、実際綾美は専門学生だから、女子大生じゃないんだけど、細かいことは気にしないことにしてね)言葉を呟き、私を見つめた。
彼女の綺麗な瞳にストレートで見つめられ、思わずドキっとする。
「な、何よいきなり。人をまじまじと見つめたりして……」
「だって、今まで全然そういう気配がなかったと思えば、いきなりパーフェクトスペックの彼氏を一本釣りでしょう? まぁ、都は性格いいし、着やせするタイプだから……彼、えっと、新谷君だっけ? そりゃーもう嬉しかったでしょうねぇ」
着やせするタイプ、それ、この間も言われたけど……。
「嬉しかったって……ど、どうしてそうなるかな?」
「じゃあ聞くけど。沢城都、上からスリーサイズ言ってみなさい?」
え? っていうかコレってセクハラ発言じゃないんですか先生!
露骨な質問に、私はふいと顔をそらして無視。トイレに行こう(逃げよう)と思って立ち上がったのだが、
「うーん……見た感じ、上から88・62・89ってところかしら? 正直、胸があたしより大きいのは悔しいのよね」
「ぃっ!?」
リアルセクハラ発言です!
っていうか……さすが親友というべきか。そりゃあ確かに、互いの家に泊まったことはあるけど、ココまで的確に言い当てられると、コメントに困るというか……少し誤差はあるけど、その誤差が少ししかないことの方が驚きで。
私は彼女に反論できないまま、逃げるように移動する。
あの時のことを思い出して高潮した頬を隠すように、少し、うつむいた体勢で。
それから、私たちは場所を移動。互いに欲しい本やCDがあったので、足は自然と「いつもの場所」へ向かっていた。
いつもの場所、それは……具体的な店名出していいのかな……えぇっと、私たちが住んでいる町にあるのは、ポイントカードが青いあのお店。アキバも乙女ロードの首都圏のお話だ。某虎さんや緑の野菜さんの店はないので、この町で同じような趣味の人間が集まる場所はこのお店になってしまう。
うん……駅ビルの中にある、ってことを除けば、最高の空間なんだけど。(入るとき、どうしても周囲を気にして挙動不審になってしまう私はまだまだ小心者)
私と綾美は読むジャンルが違うので、店に入った瞬間無言で別れる。本日の私は新刊コーナーのライトノベルを適当に物色し、気になった本の後書きだけ読みながら(本文より後書きが好きなのさ)、面白い出会いを期待する。
特に今日は自分好みの作品が見当たらなかったので……フラフラと店内を徘徊。
途中、BL小説がずらりと並ぶ棚の前で、思わず足を止めてしまう自分がいる。
棚の前に並べられた本の表紙は……うーん、コメントし難いというか、表紙からキラキラしているというか、何というか。
その中のいくつかを手に取り、勇気を出して裏に書かれたあらすじを読んでみる。
なになに……
『祖父の命令で屋敷に戻った主人公を冷たく迎える使用人。主人公はそんな彼 の挑発的な誘いにのってしまい……』
『編集者の主人公は、BL漫画家(♂)の担当を命じられる、彼からのアプローチにタジタジの主人公。そこへアシスタントも加わってきて……』
『一般人である主人公の恋人はアラブ石油王の孫息子で……美形のホストを助けたのはヤクザの兄ちゃんで……』
……あぁ。
そうだよね、こういう世界なんだ。
美しいよ、色々美しいんだけど……眩しすぎて、今の私には無理です。
手に取った本をそっと元の場所に戻し、人知れずため息。
「都も読んでみればいいのにー」
いつの間にか私の後ろにいた綾美が、グッズや漫画の画材を大量に入れたカゴを片手に呟く。
私は肩越しに振り向きながら、苦笑いで返答した。
「うーん……やっぱ、私には無理だよ。美少女が出てくるノーマルが一番」
逃げるようにその売り場から離れる私の後ろから、彼女は物騒な言葉を呟いた。
「都をコッチに引き込むためには、その新谷君に協力してもらうしかないわね……」
うん、絶対会わせられない。
私は改めて誓ったのだった。
事件が起こったのは、その後。私たちがそれぞれに買い物をして、その店を出た瞬間である。
「――ぁっ!」
近くで誰かが息をのんで言葉を失ったような、そんな声が聞こえて。
何かあったのかと思って周囲を見渡してみると……向かい側にある洋服屋から出てきた女の子が、私たち――というよりも私を、その見開いた目で見つめていたのだ。
視線が、交錯する。それはほんの一瞬。
長い髪の毛に、可愛らしいパステルピンクのワンピースが似合う彼女は……私を思いっきり差別的な目で見つめると、スタスタとどこかへ歩いて行ってしまう。
一度も振り返らず、まるで汚いものから逃げるようにスタスタと。
正直私は、誰だか分からなかった。でも、すぐに思い当たる人物が一人。
あの美少女は、そう簡単に忘れられない。ファーストインパクトも強かったから尚更。
「どしたの都。知り合い?」
「んー……ちょっと、ね」
会話を交わしたわけじゃないから確信できないけど……あの態度、完全に軽蔑されたというか、何というか。
きっと、こういう趣味を持っているタイプは好きじゃないんだろうな……さっきの彼女――新谷氏の後輩である林檎ちゃんが私に向けた視線を思い出し、再度、でも違う意味でため息をついてしまう自分がいた。
作中に出てきたBL本のあらすじは、私の勝手な妄想です。イメージです。