若者の歯車
「おい、君達。夏の長期休暇の予定はあるか?!」ミグは、扉を勢いよく開け、偉そうにふんぞり返りながら部屋に入ってきた。「なんだ、いきなり。」セドは短剣を磨きながら、ミグを見る。「俺は、領地帰って、親父の手伝いだ。」「俺も。国境付近の見回りに加わるぞ。」ジルは何やらゼンマイやバネなど、バラバラにしたものをこちょこちょと弄っていて、ガインはそれを横から覗いている。「俺も家で仕事だよ。書類が溜まってるって連絡が来た。」マルは、読んでいる本から顔も上げずに応える。「かぁーっ!つまらんっ!なんだい、君達はっ!」ミグは大袈裟に嘆く素振りをする。「あと二年しか、我々には残されていないのだぞ?今、しっかりと自由を味合わなくてなんとする!」「いや、卒業までは二年と半年」「馬鹿やろう!!最終学年の半分は、ほぼ実務経験で遊ぶ暇などないだろうがっ!」セドの言いかけた言葉を遮って、ミグは怒鳴る。「…どこに腹を立ててんだよ。」ジルは眉を寄せ、手元の小箱に金属片を嵌め込んでいく。「なんだ?ミグ。休暇に何かあるのか?」ガインは、あっけらかんとたずねる。「ふふん。よくぞ聞いてくれた。」ミグは、今まで握りしめていた手紙を、バンっと皆に見えるように開く。「…シワシワで読みにくい。」マルが目を細めて手紙を見る。「あ、しまった。ちょっと待て。」ミグは慌てて手紙を机に広げ、文鎮でシワを伸ばす。「これでどうだ。」「何々、『招待状』?『…我がポルタ国第二王女ティタニア,ポルテッシオ、及びリブリア国第三王子アークボルト,リブリーガル、両名の婚約式に参列されたし…。』あぁ、あの姫さんか。」読み上げたセドは、思い当たる人物に興味を示す事なく、短剣磨きに戻る。「いいじゃないか。行って来いよ。」ガインも興味を示さず、ジルの手元に視線を落とす。「俺たちゃ、領地で待ってるからさ…。おし、完成!」「おぉ、出来たか?やってみせてくれ。」ガインは子供のようにはしゃぎ、ジルは小箱の蓋を開く。中から優しい音色が流れてくる。「助かった!これで妹に土産が出来た。」ガインは喜んでジルから小箱を受け取る。「ちゃんと金を貯めて、新品を買ってやれよ。中古品じゃなくてさ。」マルが本を閉じて、無骨なガインの手のひらで音を奏でる小箱を覗く。「仕方ないだろ?新品なんて、俺みたいな学生にゃ逆立ちしても買えん。」「中の部分だけでなく、箱の細工が高いんだよ。」ジルは、工具を片付けながら「ほら、螺鈿が使われてるだろ?それに、中に貼られている布はビロードだ。新品だと、俺達の小遣い三ヶ月分でも足りないぜ?」と、指差しながら説明する。「そうなのか。うーん、俺はこういった物に明るくないからな。すまない、ガイン。」「マルでも知らねぇ事があるんだな。」マルの謝罪に、ガインはニカッと笑みで返す。「あの、ちょっと…。」「しかし、良い音色だな。なんの曲だ?」セドが短剣を鞘に戻し、話に加わる。「俺、解んない。」「箱の裏に書いてんじゃないか?」ジルは箱の裏を覗く。「多分“スミレの瞳”じゃないか?モンターギュの。」「おお、さすがマル。やっぱり詳しいな。」セドはマルを誉めた。「ちょっと話を」「あとは、母さんに買う土産だな。」「俺は“エッグバッグ”の焼き菓子にしたぞ。日持ちするし。」とジル。「“アンテノール”の陶器も、ご婦人に人気だと聞いたな。」「セド、誰情報だ?それ。」「…以前、リリアに。」「話を聞いて」「お前、まだ未練があんのか?」「いや、もうきっぱり無い」「はーなーしーをー!きーいーてー!」ミグは、精一杯大きな声で、彼らの話を中断する。「…嫌だ。」「NO!」「知らん。」「断る。」四人は、ミグを見つめ拒否の言葉を述べる。「俺、まだなんにも言ってないぞ?」ミグがへの字眉になる。「言わなくても解る。」「お前に付き合うとろくな事にならん。」「もう、帰郷の準備したし。」「暇じゃないしな。」散々な言われようだ。「…俺は、そんな人望がなかったのか。」ミグは、ヨヨヨと机に寄りかかる。「在ると思っていたのか。」「おこがましいな。」「セド!ジル!お前ら、5才の時からの仲じゃないか!酷いぞ!」ミグは、半泣きで二人を責めるが、「俺、お前に壊された誕生日プレゼント、まだ許してねぇもん。」「おねしょの犯人、擦り付けられた事、覚えてるぞ?めっちゃアリアに叱られたんだからな。」「…ぐう…。」ミグは、まさしくぐうの音も出ない。「ガイン!マル!お前達は」「だから、帰るって。」「俺も、実家の仕事を手伝わないと。家族が飢える。」こう言われては、なんとも言い返せない。ミグは、しばらく苦悶に満ちた顔で押し黙ったあと、絞り出した声で「…頼む、必要経費は俺が出す。だから、付いてきてぇ…。」と、近くにいたセドの袖に縋る。「…だから、聞きたくなかったんだ。」嫌そうな顔でセドは、袖を振る。「…はぁ。ったく、厄介ばかり。」ジルは、やれやれと頭を振る。「なぁ、俺、めっちゃ食うぞ?それも、お前持ちな。」ガインは、小箱を革袋にしまいながら話す。「日給か?それとも時給?」と、マル。
「うぅ…俺の友達が、酷い…。」ミグは、涙目でその場に崩れ落ちる。「いや、それだけの事、お前、してきてるから。」「一度や二度じゃねえだろ。」「大きいのから小さいのまで数えだしたら、キリがない。」「あー楽しみだなあ。どんな料理が食えんだろ?」
哀しきかな、長年貯めたミグの小遣いが、一瞬で無くなるのは確定となった。




