第6話 煙と名前
疲労でふらつく体を焚火の前に下ろし、荒い息を整える。憔悴した表情のまま煙草を咥え、シロウは旨そうに煙を吸い込んだ。そして重たい息を吐きながら瞼を閉じる。
体中に痛みが走り、先程の戦闘で背中がずきずきと疼く。冷たい夜風が煙草の煙を遠くへと連れ去っていく様子が、生死を分ける戦いの終焉を告げていた。
ぼんやりとした橙色の火が煙草の先端を照らし、先がじわりと灰になって尽きていく。
「やれやれ……今日は災難だな。あんな熊みたいな奴を相手にするとは」
もう一度煙草を深く吸い込んだ。吸い込むたびに微かに体が重さから解き放たれるような気がした。体の隅々まで沁み込むように広がるニコチンが、疲れた筋肉と神経に貴重な休息を与えている。
何も考えず、何も語らず、ただ味と香りに意識を預け、静かな時間を噛み締める。ただ黙って煙草を吸い続けた。
すると、少女が隣に座って来る。行儀よく背筋を伸ばすと慎重に尋ねた。
「……あの、わたしの存在を忘れてないですよね?」
「あ、あぁ……大丈夫。ちょっと煙休みしてただけだ。お前も一本吸うか?」
柔い煙草の箱を指で軽く叩いて一本取り出すと、少女に向ける。
「えっと、吸ったことない……と、思うので、遠慮します」
少女は煙草の先端から立ち上る煙を見ながら、鼻先を汚れと穴だらけの衣服の袖で覆う。嗅いだことのない灰の臭いは、視界に映る状況を現実と認識させる。
焚火に照らされたならず者たちの死体。硝煙と血痕がここではただの日常なのだと感じさせた。
生きるために戦い、暴力を振るう。この世界に強者は存在せず、生存のために弱者が、より弱者の全てを奪い取る。
「わたしに名前をください」
何かを決意した少女は、この世界で生きるため、生き残るために、まずは自身の名前を得ることから始めた。
目の前の男性だけが唯一頼れる人物で、生きる機会を与えてくれたからだ。
シロウはニコチンで満たされた肺で満足げに息を吐き、自身の咥えていた煙草を眺めてゆっくりと呟いた。
「セブンスターだから、ナナホシ……長いな。今日からお前はナナだ」
そこまで深く考えていない二文字の名前を、少女は……ナナは大切そうに呟いた。
「……ナナ。今日からわたしはナナです」
柔らかい笑みを浮かべる双眸は煌めいていた。
「ナナ、お前を預かってやれるのは次の街までだ。街に到着したら組合を紹介してやるから、そこで良くしてもらえ」
「本当に、ありがとうございます!」
ナナはシロウのぶっきら棒ではあるが、打算のない優しさに改めて感謝を示した。
頬を撫でる夜風が冷たさを帯びて通り過ぎてゆく。煙草の火が指先にまで達すると、シロウは指先で弾くように焚火へと煙草を投じた。
「さて、相棒が犬肉を担いで晩飯を用意する前に、後処理をしないとな」
「わたしに何かできることはありますか?」
ナナの質問に対して、軽く手を振るとシロウは立ち上がり、ナナに背中を向けて歩き出した。
「戦利品の回収だ。ガソリン、銃、弾薬、装備は資金源だからな。お前はゆっくり休んでな」
ナナは頷いてシロウを見送ると、緊張の糸が切れたように瞼を閉じた。
焚火の暖かな橙色の光が少女の銀髪を照らし、淡く柔らかな影を作る。火の暖かさが夜の冷気を和らげ、ナナはまるで守られているように少しずつ眠りについた。




