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第18話 文明の門

 炎天下の荒野を抜けて、遠景から窺える街の影が姿を現したのは、夕陽が下り始めた頃だった。


 地平線から覗く青みを残した橙色の夕陽は、いまだギラギラとした熱を帯びて街の輪郭を照らしている。


 暴風のような走りを見せていたレッドはハンドルを緩めると、減速して街道へとバイクを走らせた。

 唇は乾燥でひび割れ、渇きを訴える舌を湿らせるために、唇を押し付けるように舐める。


 茜色の夕焼けが辺りを包み込むまでは、もう少しばかり時間が必要だ。


 休憩を挟まずに急いだ結果であり、ようやくレッドホルン街が一同の視界に映り込んでいた。


「そろそろ到着だな。今日はゆっくり休みたいもんだ」


 並走するようにバイクを運転するシロウは、疲労を感じる浅い欠伸をすると、後部座席に乗るナナもつられて欠伸をする。


「二人とも急いで悪かったわね。報酬を頂いたら美味しい食事をして、宿でゆっくり休みましょう」


 レッドの労いの言葉を聞いた二人は期待を膨らませると、嬉々とした表情を浮かべて、街への到着を待ち望んだ。


 広大な荒野に深く巨大な影が伸びていた。

 円形に囲まれた何層ものバリケードや鉄板、廃材やコンテナで覆われた巨大な街の眼前に、一同は遂に辿り着いた。


 荒野を抜け、街道沿いに砂埃が吹く先には、堅牢で見る者を畏怖させる巨大な門が、侵入者を阻むようにそびえている。


 街への入場を管理する査問官が幾人かの門兵を統率して佇み、入場で列を成す旅人や傭兵、キャラバン隊の審査をしていた。


「さて、行くか」


 バイクのエンジンを切ると、シロウはナナと共に列の最後尾に着いた。


「……大きい門ですね」


 堅牢な門を見上げるナナは、怖気付く様子でシロウに着いていく。


 地平線の向こうまで荒野に覆われた険しい環境では、街は本来人々のオアシスだ。最低限の秩序があり、稀有な文明の残り火がそこには確かに存在した。

 しかし、この世界を生きる者の全てが文明人ではない。秩序を維持するためには、混沌を上回る遥かな力が必要だった。


 視界に映る光景は初めて街を訪れる者に対して、明確な物体で意思表示を示していた。

 それは生新しい傷が彫られ、街を彩る装飾品の一つのように吊るされた死体だった。


 体中は拷問にあったように痣だらけで、皮膚は青紫に変色している。それが体の大部分を占めていた。

 鮮血が水滴のように地面に落ち、荒れた大地に赤黒く吸い込まれていく。


 腐敗臭に群がる死鳥がまだ姿を現さないことから、真新しい死体が吊り上げられたとシロウは推測した。


「今は無理して見なくてもいい」


 シロウは自身のトレンチコートの裾を掴み、必死に後を着いてくるナナを不器用な手つきで頭を撫でる。


「……どうして吊るしているんですか?」


 列は順調に進む。ナナは俯きながらシロウに尋ねた。


「ここではルール違反のお説教は、鉛玉か縛り首って相場が決まってる」


「そ、そんな」


 ナナは呆然とした表情で口元を押さえた。


「新規入場者様へのありがたい忠告さ。違反者に容赦はしないってな。そこまでやらなければ安全地帯なんて維持できねぇよ」


 少しの沈黙の後、シロウはナナに言葉を続けた。


「全員が善人とは決して思うなよ? 詰めの甘さで死んでいった同業の奴らを沢山見てきた」


「……注意します」


 ナナは自分がいつか、皆に迷惑をかけるのではないかと表情を曇らせた。

 その感情の起伏に気づいたシロウは明るい口調で話す。


「まぁ気休めで悪いが、住めば都だ。飯は美味いし、酒もそれなりにある。それに路上じゃなく、張りの良いベットがある宿にも泊まれる。……全部硬貨が必要だがな」


 シロウの言葉の末尾に、含みが残る発言の直後──張り裂けるような割れたスピーカー音が周囲を響かせた。


『現在! 商人または組合に登録された冒険者以外の入場は制限されている! 該当外の者は即刻に退場せよ!!』


 中央に取り付けられた分厚い観音開きの扉の前には、監視用のタワーが増設されている。その上から幾人かの監視兵たちが、銃口を入場を待つ列に対して構えていた。


 列を成す人々の反応は様々で、行列から解放されたとばかりに喜ぶ商人や、苦情を吐き捨てる旅人、辺りを観察するように静観する冒険者も居合わせた。シロウたち一同もその内だ。


「俺はここで五時間も並んでたんだぞ! いまさら規制なんておかしいだろ!」


 一人の旅人が査問官に声を荒げて詰め寄った。

 餓えで痩せこけた、みすぼらしい格好の男は続けて叫ぶ。


 周囲の人々は、これから起きる出来事に慣れた様子で男から距離を空ける。


「ほう……新規入場者様かな。失礼だが、街には何ようかな? 見た限り君は、あまり物資を持ち合わせていないように見受けるが」


 査問官の氷山のように冷たく佇む姿は、一切の感情を感じさせない。無機質な鋭い視線で相手を捉えている。


「そ、それは、これから這い上がって、組合に登録し──」


 男の言葉を遮るように右手を上げると、査問官は口元を吊り上げた。


「這い上がる? 組合に登録する? それまでに十分な資金を持ち合わせていない者は、街で窃盗や略奪行為を犯すでしょう。よって、危険分子と見做し、判決『外部勢力』に対しての即時射撃に該当します」


 査問官は旅人に対して、ゆっくりと自身の上げていた右腕を降ろす。


 死刑判決のように複数人の門兵が構え、アサルトライフルが轟音とともに弾丸の雨で男を過剰に貫いた。


 耳を劈くような銃声がけたたましく響き渡る。

 旅人は弾丸の衝撃に打ちのめされ、倒れることも許されない。射撃音が止み、男の体はまるで壊れた操り人形のように、ぎこちなく倒れた。


 辺りが静まり返る。火薬の臭いと血飛沫で広がった鉄臭さが、銃口から立ち昇る硝煙と混ざり合い、ナナは吐きそうになるのを必死に堪えた。


「これで二人目だな。袋に詰めて吊るしておけ! 今日は新記録が出せるかもしれんぞ!」


 査問官と門兵たちが談笑のように笑い合い、何事も無かった様子で冷酷な声を響かせる。


「次! 列の順で進め!」


 その光景は日常の一部のように、至極当たり前に行われた。


 順調に入場の審査は進む。帳簿を片手に相手の動向を観察する査問官の姿は、相手に緊張と静寂を強制するようだった。

 前列が動き、遂にシロウたち一同は列の最前列に立つ。


 シロウは首元に下げた認識票を提示する。

 査問官はつま先から頭部までじっくりと凝視する。その視線は獲物を舌なめずりする獰猛な爬虫類によく似ていた。


「しばらく帰って来ないから、既に亡くなったと思ってましたよ」


「それは残念だったな。俺も相棒も元気過ぎて困ってるよ」


 皮肉を込めた軽口に査問官は付き合わず、同じくレッドの首元に下げた認識票を淡々と確認して業務をこなしていた。


「おや? 君は誰かな? お嬢さん」


 帳簿を書き留め、シロウとレッドの身なりを確認し終えた査問官は、トレンチコートの裾を掴んだナナに視線が止まった。


「こいつは組合の依頼で拾ったんだ。詳しくは組合に話を通すぜ」


 遮るようにシロウが査問官に対して発言した。しかし、ナナを観察する査問官は蛇のように冷笑する。


「残念ながら現在、商人と組合に登録された冒険者以外の者は入場を制限されているんだ」


 申し訳なさそうに断る査問官の声音は、実に愉快そうに弾んでいた。


「……クソかよ。組合の依頼だぞ」


 こめかみに青筋を立てたシロウは、睨み付けるように言葉を吐き捨てる。


 門兵たちが囲むように動き、緊迫とした空気に染まり始めていた。


「この現場はわたしが一任された、わたしの領域だ。つまり、わたしが法律だ」


「あら、それならあたしが絶対のルールを教えてあげるわ」


 辺りの雑音を掻き消すような力強い言葉が発された。それはシロウの隣で静観していたレッドの言葉である。


「ほう……レディ、それは何かな?」


 興味深そうに査問官はレッドに視線を移した。

 レッドは深緑色のジャケットのポケットから、丈夫そうな小袋を取り出す。その中から銀貨を数枚指で査問官へと弾いた。


 受け取った銀貨を指で擦る査問官は、意地の悪い表情で呟く。その笑みは崩れない。


「おやおや、この程度の枚数では通行の許可は厳しいですね。わたしにも責任があるので」


「これで全部よ」


 レッドは丈夫そうな小袋を査問官の足元へ投げ捨てると、袋が地面へ打ちつけられる衝撃で中身が散らばる。


 その様子を満足気に喜ぶ査問官は、憎たらしい笑みを浮かべて称賛の拍手を送った。


「素晴らしい! 実によくルールを理解しているレディだ。さぁどうぞ。ごゆっくり寛いでお過ごしください」


 錆び付いた要塞のようにそびえ立つ観音扉が、ひび割れた音を鳴り響かせて開門すると、場内に一同を出迎えた。


 一同はゆっくりと進む。別れ際、査問官は囁いた。


「歓迎しますよ。ただし、次回はもっと大きな小袋を、ご用意して頂けると良いですね」


 その査問官の発言に、いよいよ忍耐の限界に達したシロウは、勢いよく殴り掛かろうとした──しかし、その腕を掴み、レッドはある言葉でシロウを制止させた。


 反応を示さず黙々と進むシロウたち一同を、つまらなさそうに査問官は一瞥すると、門は再び重く閉ざされた。


 シロウは内心煮えくり返る思いではあったが、レッドの制止した際の言葉を思い出す。


「なぁ、本当にあれでよかったのかよ」


 疑問を投げかけるシロウに対して、不敵な笑みで返すレッドの右手には、先程よりも大きい小袋が握られていた。


「あの小袋は“二重構造”表は銀貨が数枚だけよ。後ろは、薬莢やネジがたんまり詰まってるの」


 したたかに笑うレッドは言葉を続ける。


「それと、唐辛子の種をすり潰した粉末を硬貨に混ぜているから……後のお楽しみね」


 そう呟き、含みのある笑みを浮かべたレッドは、バイクを押しながら愉快に歩いて行く。


「お前は本当に怖い奴だよ」


 その後ろ姿を眺めるシロウは、心底楽しそうに言った。

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