第17話 修羅場
地平線の彼方にキャラバン隊の姿が霞んでゆく。
その背を見送りながらシロウたち一同は、街へと歩み進める準備を始めていた。
「収穫もあったし、運がよかったな」
シロウは煙草を手に入れて、ご満悦で笑った。
「美人の大きな胸も眺められたしね」
バイクに跨るレッドは、微笑みとは裏腹に皮肉で返事をする。
荒野のうんざりするほどの熱せられた風が、彼女の赤い髪を揺らしていた。
「あんなに遠くで、そこまで見てたのか」
不意を突かれたシロウはビクリと気圧される。
「あんな人が好みなのね。綺麗でミステリアスな、大人の女性ってやつかしら?」
追撃の手を緩めないレッドの微笑みは表情筋が僅かに震えていた。瞳は全く光を宿していない。
「いやいや、あれは安全か見極めるための装備の確認で──」
「流行りのナンパの手口? 良かったわね、お尻も大きくて。本当に運がよろしいこと」
「ナナ、助けてくれ。こいつは何か様子がおかしい」
助け船を求めるシロウに対して、沈没船のようにナナの見当違いな質問が投げ返ってきた。
「どうすれば、あんなに豊満な体つきになれるんですか?」
いよいよ収まりがつかない状況に傾きつつあった。
少女の純粋無垢な問いの後ろでは、赤鬼のように般若の形相を貼り付けたレッドがシロウの視界に映り込んでいる。もはや喜怒哀楽の枠組みからはみ出した表情を、シロウは直視できなかった。
額を伝う汗が暑さとは別で滴り始め、シロウは苦い顔で誤魔化す。
「ま、街で美味いもんを食おうぜ。ナナ、栄養をしっかり取れば、きっと成長するはずだ」
「シロウさん! わたしも成長すれば胸とか大きくなりますか?」
やや食い気味にナナは言葉を被せた。シロウは冷や汗を拭うように、言葉を必死に選ばなければならなかった。ナナの背後に潜む鬼に怯えて。
「そ、それは、お前さんの努力次第だな……」
煽るようにエンジンを強烈に吹かし、移動の準備を急かすレッドは凄まじかった。
視線を合わせないように、シロウは駆け足で準備を済ませるとバイクに跨る。すると後部座席のナナに話しかけられた。
「街までどれくらいで到着するんですか?」
「本来は五時間くらいだが……ご機嫌斜めのレッドの姿を見る限り、三時間で着きそうだ。しっかり掴まるんだぞ。特別急行だ」
シロウは苦笑して返事をする。
街までの道程は、荒涼と広がる枯渇した大地を轟々に突っ走る旅路だ。
本来は慎重に公道を路面沿いに走るべきだが、レッドの眼差しは最速で街への門に叩き乗り込み、酒場の度数の高いスピリタスを飲み干すだろう。
もはや薄い淡紅色の舌は、陰りを知らない炎天下のアスファルトの路上で、二本目のボトルを選び始めている。
エンジン音が荒野の静寂を切り裂き、二台のバイクが砂煙を後方に残しながら走り出した。
まだ遠くには街の影すら見えない。シロウは先導する暴風のように荒ぶるレッドに怖気づくと、しばらくはミラとの再会がないことを深く祈った。
背中のトレンチコートにしっかりと掴まるナナは、独り言のように小さな声を漏らす。
「……わたしもいつか、シロウさん好みの女性になれるのかな」
小声で呟く。その言葉は砂塵とともに舞い上がると、空中で消えていった。




