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第16話 天秤の取引

 一同は先頭の改造車のトラック付近に集まり、具体的な取引が始まろうとしていた。


 陽射しは強まる一方だった。砂漠の向こうには、遠方に聳え立つ荒廃したビル群が長い影を伸ばしている。

 アスファルトの大地は熱を次第に帯び、快適とは無縁の環境が広がっていた。


「改めまして、わたくしはライホウ商会長の、ミラと申します」


 全員が揃う場で、商会長であるミラは自己紹介をする。場違いな上品さと整った身だしなみに、レッドとナナは眩い輝きを目撃したように目を凝らしていた。


「シロウさん! 物凄く綺麗な女性がいます」


 ナナは驚愕した様子でシロウに話しかける。


「あぁ、いろいろと驚いてる。俺には役不足だ。手に負えそうにないぜ」


 苦笑するシロウは、同じく逞しい女性であるレッドへ一縷の望みをかけて交渉を託した。


「食料は必要ないわ。街では数日滞在する予定だし、雑貨などはそこらで購入できるから。代わりにこの子に衣服。それと、ぼろぼろのコートを羽織ったあいつには、変わりのコートがあれば見繕ってあげて」


 レッドは豊かな胸前で腕を組み、ミラに堂々と要求する。


「俺のコートはまだ着れるぞ」


 シロウが口元を尖らせるが、それを遮るようにレッドは腕を振るう。


「あんたつい最近、人形みたいに地面に何回も打ち付けられてたでしょ? コートの後ろは穴だらけよ。良い機会だから買い替えなさい」


 促すようにシロウを睨みつけると、付け加えるようにレッドはミラに交渉する。


「貴重で滅多に出回らないスケルガーの素材よ。鮮度も高いから、それ相応の性能が高いので頼むわよ」


「畏まりました。当商会の所持してる高品質な商品をご用意致します」


 ミラは護衛の一人に指示を出す。しばらくして、アタッシュケースと木箱を用意した護衛達が戻ってきた。


「まずはそちらのお嬢さんへのお衣装をご提案致します」


 ミラは用意されたアタッシュケースの一つを、護衛に命令してロックを解除させる。

 広げられたケースの中からは白銀のローブが丁寧に折り畳まれていた。


 ミラは両手でその衣を掴むと、ゆっくりと広げて見せる。


「レベル2の変異性生物『ミラージュヴォイド』の素材を一部使用して、銀嶺花の柔らかく靭やかな茎を、薄く糸状に加工して編んだ品でございます」


 ナナの白銀の髪に似合う白と銀が布地に縫いこまれた品は、衣服のサイズも丁度良く、淡い花の香りがした。


「軽度な刺突では穴が空かない強靭さと、日中の陽射しを浴びたローブは、夜間に装備者の存在感を薄くする効果があります」


 ミラは衣服の生地を優しく伸ばすと伸縮性を確かめ、そばで控えている護衛から短剣を受け取ると、深々と突いてみせた。


 ナナは傷一つ残らない生地の張りに驚愕して目を見開く。


「一般的な護身用装備としては最高級の品でございます。よければ清潔な肌着と手頃なブーツもお付け致しますがどうでしょうか?」


 ミラは一通り説明を終えると、レッドから視線を移してナナに伺った。

 取引の経験がないナナは不安で泳ぐ視線を、助け船を求めるようにレッドに向けた。


「良い品だと思うわ。あとはナナちゃん、あなたが決めるのよ」


 レッドは優しく言葉を投げかけると、一歩後ろに引いてナナに判断を委ねた。


 燦々とした陽射しが頭上から眩く照らしている。それを遮るように日傘の大きな影から自身を見据えるミラの表情は読めない。ナナは一度視線を落として考え込む。


 そして自身の直感を信じて、再び顔を上げる。今度はミラへとしっかり視線を交わした。


「これが良いです」


 ミラに堂々と伝えるナナは、決心した面持ちで答えた。


「あなた……生きてれば、将来良い商人になれそうね。ふふ」


 覗き込むようにナナの瞳を凝視するミラは妖艶に頬を広げると、くすりと笑った。


 護衛に用意された折り畳み式の広々としたテーブルに、ナナの新しい衣服などが置かれると、次のアタッシュケースが開けられる。


「シロウ様には替えのコートとして、こちらをご用意致しました」


 ミラはアタッシュケースの中身を広げて見せる。そこには黒々と厚みのあるトレンチコートが静かに収められていた。

 長い裾が僅かに揺れ、見た目の重厚さに反して軽やかな印象を与える。シロウの膝下まで届くそのコートは、商人としての目利きの確かさを物語っていた。


 きめ細やかな白い腕でコートを持ち上げると、ミラは丁寧に説明を始めた。


「こちらは戦闘を本職とする傭兵のために、特別に製作された貴重品です。レベル2変異性生物『ダイナ』の耐熱、防弾性能が優れている厚皮を鞣して加工したもので、コート裏生地には刃を防ぐ超高分子量ポリエチレンを複合材に使用しています。軽量で柔軟性があり、耐切断性、耐衝撃性に優れた素材です」


 ミラはシロウに羽織るように促すと、高品質に仕立てられたトレンチコートを手渡した。


 シロウは使い古したロングコートを脱ぎ捨て、新品のトレンチコートに袖を通す。指先から伝わる滑らかさと、呼吸を合わせたようなストレスのない伸縮性に思わず破顔した。

 取引において、感情を表に出すのは致命的なミスではあったが、荒涼とした文明崩壊後の世界で、これほど質の良い衣服を羽織ったことはない。


 肩に取り付けたエポレットやアームベルト、全てのボタンは反射するほど磨かれた狼の装飾が施されている。闇のように黒々としたトレンチコートには威厳が宿っていた。


「シロウ様にはこちらもご用意させて頂きました」


 ミラは木箱をシロウ自身に開けるように促す。衣類で既に表情をほころばせていたシロウは、続く木箱に興味津々だった。


「──こいつはッ!」


 木箱を開き、箱の中身を凝視してシロウは息を呑む。それは、鈍い鋼鉄の光を宿した一丁の銃器が収まっていた。


 彫刻のように装飾された銃身の冷たさが指先に伝わる。握りの良い木製グリップはバンテージが巻かれ、吸い込まれるように良く馴染んだ。

 短く切り詰められた銃身からは冷酷な暴力性を感じさせる。死を孕んだ水平二連式の銃口が異彩を放つほどの得物だった。


「こちらのソードオフ・ダブルバレルショットガンは、砂の都市で製作された一品です。従来の銃器を改造したのではなく、特注品として一から製造されており、耐久性、携行性、取り回しを向上させてあります」


 ミラの説明を聞きながらシロウは銃器に見惚れていた。

 しかし、そばで話を窺っていたレッドは真反対の反応を示し、しわを刻むように眉間を歪めている。深く吐き出した言葉には、冷気すら感じさせる声色が帯びていた。


「……このアホは手のひらの上で踊らせても、あたしを欺くことはできないわよ」


 レッドの一言から、露骨な殺気が滲み出た。緊張感が先程までの和やかさを一気に吹き飛ばす。


 急転直下の険しい空気の落差に、ミラの護衛たちの指先が、緊張でピクリと揺れたのをナナは察知した。


 視線は全て、浴びるようにレッドに集中している。


「天秤が大きく傾いてるわ。これでもあたしはベテランよ? 取引は等しく公平。一端の皿にだけ重みが増えれば、思惑が隠されているのは必然。太っ腹すぎて怖いくらいにね」


 鋭い剣幕で見据えるレッドの形相は完全に、鞘から抜き放たれた刀身のような危険性を孕んでいる。

 指先はナナを優しく撫でて包み込むためではなく、今は一瞬の躊躇もなくTRR8マグナムの引き金を絞るために存在した。


「嬢ちゃん……気を荒立てるな。誰も得をしない」


 ミラを庇うように熟練の傭兵ビルは語り掛けるように近付こうとする。しかし、レッドはそれを静止するように鋭い視線を刺す。


「吹けば消えるくらい、安上がりな命が転がってるわよ。試してみる?」


 挑発的な警告に、サングラスで隠されたビルの表情が曇った。

 きっと誰かが張り詰めた線を撫でただけで、壮絶な結末になることを、この場の全員が等しく理解していた。


「ビル。よしなさい。」


 爆弾処理班のように、緊迫とした空気を制したのはミラだった。


 ゆっくりと艶やかな歩みで護衛やビルの前を通り過ぎると、狙撃手であるレッドにとっては、即死圏内である眼前へと毅然に立つ。


「いつでもわたくしを射抜ける距離です。警戒を解いてはくれませんか?」


「あら、そっちの誤解を解く方が先じゃない? まだ天秤が傾いた思惑を聞けていないわ」


 互いの錯綜する思考は、重く沈んだ空気を、より一層に緊迫感を駆け巡らせる。


「こちらの戦力はあなた方を優に超えています。おかしなことはよしてください」


「どうかしら。それならいっそ、コインの裏表がどちらに転ぶか見届けてみる?」


 両者の視線は冷たく交差していた。


 火花が弾ける音が、幻聴で聞こえるような緊迫とした静寂は、行末を見守る者たちの息を呑む音すら、騒音として響きそうだった。


「──誤解を生み、申し訳ございません。確かにあなたの指摘通り、思惑……お願いが一つだけあります」


 先に折れたのはミラだった。謝罪の言葉を並べると深々と頭を下げる。


「組合を通さずに、一つだけ依頼を受けて頂きたいのです」


 シロウたち一同にそう告げるミラの面持ちは真剣だった。


 本来、組合に登録をした冒険者は、外部からの不正規な依頼を禁止されている。発覚すれば資格の剥奪、街への出入りは縛り首に処される。


 それほどの禁忌に触れる行いを、商会長のミラは頼み込んでいた。


 発覚すれば互いにこの世界で生き残る手段が制限される。ならず者に成り下がる者の一部は、こういった裏仕事に手を染めて罰された過去などもあった。


 レッドは疑問を抱いた。ミラの容姿は整い過ぎてるくらいで、武装や護衛の戦力から考慮しても、私生活と商売が滞っているようには見受けられない。


 思考しても埒が明かないと判断すると、率直に依頼の内容を確認することにする。


「話してみなさい。けど、あたしの温情はナナちゃんで売り切れよ。泣き落としは期待しないことね」


 辛辣な言葉を投げるレッドは、滅亡した秩序無き世界の理を理解していた。


 冒険者が己の武力で生計を立てるように、商人は言葉巧みに心象で人心掌握をする。利を語り、恐喝、時には情に訴えて拝み倒すことすら業務の一環として行う。


 これまでの経験上、禁忌を破った同業者たちの多くは行方をくらませていた。


 ミラは怪訝な表情のレッドが抱いた懸念を、理解した様子で語る。


「ある一本の貴重な日本刀を探しています」


 黒髪が熱風に吹かれて乱れても、意にしないミラは真剣な口調で説明する。


「古の時代から本家で所持していた、玉鋼で鍛え上げられた業物が奪われてしまいました」


「しっかり保管しないのが悪いんじゃない?」


 レッドが茶々を入れてもミラは話を続ける。


「特別な刀で、我がライホウ商会の威厳に関わります。どうか、見つけて頂ければ報酬をお約束致しますので、お引き受け願います」


 ミラは丁寧に頭を下げた。


「東洋の神秘を求めて、トレジャーハンターに転職するつもりはないわよ」


「構いません。ただ万が一、見つけて頂ければ、レッドホルン街に店舗を開いています。『万屋』までお越しください」


 ミラはそう告げると、コート裏の懐から純白の装飾が施された手拭いを手渡した。


「こちらを店主にお見せください。特別なご待遇でご案内します」


「あたしは引き受けるとはまだ言ってないわよ」


「それであれば、これらの商品は全て、プレゼントとして贈りましょう」


 ミラは含みのある笑みを浮かべる。その視線の先には満足げに既にトレンチコートを羽織っているシロウの姿が映っていた。


 呆れた様子でレッドはため息を吐くと、留飲を下げるほかなかった。


「……わかったわ。けど取引は等しく公平よ。こちらは変異性生物『スケルガー』の上腕四本を渡す。それで衣服類と、日本刀と交換予定の、散弾銃を前借りさせて頂くわ」


「そう言ってもらえて何よりです」


 ミラは満面の笑顔を浮かべて、レッドに交渉成立の握手を求めた。


 差し出された掌を粗暴に握るレッドは同じく、満面の笑みを張り付けている。


「……裏切りを察知したら射抜くから」


 耳元で物凄まじい、情け容赦ない言葉を囁く。


「運命共同体みたいで情緒的ですね。今後の協力関係の強化にも繋がるので嬉しいです」


 脅しのような警告に対して、一切崩れない淫靡な笑みを浮かべるミラの面は分厚かった。

 レッドは眼前に立つ女の美貌の内側に潜む、強靭な精神力に深く頭を抱え込みたくなった。


 交渉は無事成立して、互いの物品を交換した一同は各々の道へと歩み出す。


 シロウは新しく入手したトレンチコートのおまけとして、革のホルスターを背中に吊るし、ソードオフを収めている。


 いまだに容赦のない陽射しが一同を照り付けてはいたが、清潔で品質の良いローブと肌着を着込んだナナは、着心地の良さから頬を緩めていた。


「それではわたくしたちは先を急ぎますので、これで失礼致します」


 ミラは別れの挨拶を告げると、護衛たちも後を着くようにキャラバン隊に合流していく。


 キャラバン隊の連なりはゆっくりとシロウたち一同とは反対の方面へ、公道をざわめきとともに進む。

 シロウはその姿を見据え、煙草を一本吸おうと胸ポケットに手を伸ばした。そして、ある重大な過ちを犯したことに気が付く。


「……煙草を手に入れるの忘れてた」


 公道のど真ん中で天を仰ぎ、敬虔な信者のように熱されたアスファルトに膝を突いたシロウは、もぬけの殻のような面持ちで呟いた。


「ニコチンで脳みそまで黒く染めたの? 中毒者は哀れねぇ」


 慈悲のない辛辣な言葉を吐き捨てるレッドに反応を示さず、悄然としたシロウは遠ざかっていくキャラバン隊を哀愁を帯びた表情で見つめた。


 すると、先導する改造トラックの天井部から人影が現れた。


 それはルーフへとよじ登ったビルの姿だった。投球動作が窺えると、強肩で『何か』をシロウたち一同の方へ放物線を描いて投じる。


「若造に餞別だ!」


 公道を転がる『何か』の元へ駆け寄るシロウはそれを拾い取ると、そこには愛用銘柄の『セブンスター』と、その箱の中には煙草の他に、年季が感じられる錆び付いたオイルライターが収まっていた。


「ありがてぇ!」


 受け取った品を今日一番の勢いでシロウは高々に掲げると、屈託のない笑みを浮かべてキャラバン隊を見送った。

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